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ようこそ、ゴーストシアターへ!  作者: 乙葉


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恋劇

 ただ、何も考えずに歩いていた。

 いや、考えられないが正解だと思う。

「もう、別れよう。」

 この一言で、すべての思考が失われた。

 そこから、どう歩いてきたのか分からない。

 気が付いた時には、知らない場所にいた。


「ここはどこ?」

 のどに突く痛みを感じるほどの埃っぽい香りがする。

 周りを見渡すと、いつの時代か分からないポスターが規則正しく並んでいる。

 時系列はバラバラだが、色味が全くないものから、最新の鮮やかな配色のものまで様々だ。

 床は、赤い絨毯が隅から隅まで敷かれている。

 そのおかげか、立っている感覚を鈍らせる。

 そして、大きく重厚感のある扉が1つ。

 私は、ただ立ち尽くすしかなかった。


「ようこそ、お越しくださいました。伊藤 歩実(いとう あゆみ)様。」

 突然、背後から話しかけられて思わず振り向く。

 すると、そこには燕尾服をビシッと決めた胡散臭そうな男性が立っていた。

 顔立ちが整っており、不思議なオーラを身にまとっている。

 モノクルのせいか、この世ならざる感を彷彿とさせる。


「あの、ここは?」

 私は恐る恐る尋ねる。

 すると、軽やかかつ紳士的に、燕尾服の男が案内を始めた。


「はい、少し変わった映画館というのが分かりやすいでしょうか?あなたが望む作品を1度だけ堪能することができる場所です。1日1回。貸し切り上映。もし、どなたかとご覧になりたい場合は、おひとりだけお連れ様をご指名できます。いろいろと条件はありますが、後悔はさせません。良かったら、1本いかがでしょうか?といっても、人生で1度きりですが。」

 なんだそれは。

 何も考えられずにふらふら歩いていたら、気づいた時にはここにいたのだ。

 意味が分からない。

 背筋が凍った。

 「おや?もしかして警戒されていらっしゃいますね。そんな、怖がらず。あ!申し遅れました。私は今宵の案内人を務めます。そうですね……。まぁ、お好きにお呼びください。」

「いや、余計に怪しいから。」

 やっと出た言葉は、ツッコミだった。だが、私の反応は予想していたのか、手を叩きながら称賛し始める。

「お見事!素敵なお返事をありがとうございます!」

 いや、本当になんだこれは?私は、呆気に取られてしまった。

 そんな反応をお構いなしに、案内人は、そうだと思い出したような表情を見せる。そして、出た言葉は信じることができない内容だった。


「あなたのご様子を見ると、状況を読み込めないという感じですね。では、ご説明しましょうか。あなたがなぜここに来たのか。それは……。」


「あなたは、先ほど亡くなられました。」


「え……。」

 どういうことだ。さっぱり分からない。亡くなったって、死んだということか?

「やはり、気づいておられなかったようですね。今から2時間前のことです。交通事故で。」

 案内人が、頭を下げる。

「大変悲しいですが。」

「いや、ちょっと待って。本当に意味が分からないんだけど。」 私は、思わず声を荒げる。

 だって、さっきまで彼と会っていて。それで、別れ話になって。そして。そし……て。

 「嘘でしょ?」

 「申し訳ございませんが、事実です。」

 頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。何を言っているの?思わず天井を見上げる。すると、ライトの光が目に飛び込み思わず目をそらした。その瞬間、頭痛と共にある記憶がフラッシュバックする。


 彼、河野 誠(こうの まこと)とのデート。お互い仕事が忙しいあまりに、だんだんすれ違いが起きるようになっていた。それが原因だろうか。誠から別れ話を切り出されたのだ。


歩実(あゆみ)。本当にすまない。別れよう。」

 確かに、あなたに会う時間より、仕事を優先していたことは否定できない。

 それでも、週に1回。

 一緒に夜ご飯を食べる時間が楽しみで、頑張ってきた。

 どうして?


 そこからは、何を話していたのか分からない。

 正確には、話が入って来なかった。


 私は、何も考えられないままふらふらと歩き。そして。

 ふと1歩踏み出した瞬間だった。

 急に甲高いキューという耳の痛くなる音と同時に、真っ白な光に包まれる。


 気づいた時には、この場所だった。


「私、何に……」

「横断歩道が赤だったにも関わらず。トラックは、急ブレーキをかけたようですが間に合わなかったようです。」

 案内人は、スラスラと状況を端的に説明していく。

 要するにこうだ。

 私は、失恋のショックで、周りを見ずにふらふら。

 警戒心が欠如していたことで、信号の色にも気づかず道路に出て轢かれたらしい。

 これは、完全に私が悪い。

 思わず頭を抱えてしまった。

「最悪だ。これで、終わりって……。」

 目の前にいる男性は、こう言った。

 死んだと。ということは、私の人生これで終了だ。

 こんな終わり方ってありなのか。

 いや、ダメでしょ!


 私が狼狽える姿を見て、案内人は穏やかに笑みを浮かべている。

 なぜ、そんなに落ち着いていられるのか。

 薄気味悪く感じた。


「ご自身に起きた状況を思い出したようで、安心しました。中には、思い出せないままという方もいらっしゃるので。」

 アハハ……。思い出せないのではなく、たぶん信じたくないのだ。

 だって、あまりにも突然すぎるから。

 私は、なんとか保ちながら、案内人に向きなおす。


 すると、笑みを浮かべたまま案内人が映画館の続きを話し始めた。


「ここは、人生で1度だけ訪れることができる映画館。別名、ゴーストシアター。なぜ、そう呼ばれているのか。それは、お客様が亡くなられた方だからでございます。ここでご覧になれるのは、あなたが人生で一番良い思い出。残念ながら、何年もというわけにはいきませんので、ぎゅっと凝縮し30分~1時間ほどとなります。いわば、巷でいう走馬灯と呼ばれるものでしょうか。ですが、当館はここが違います。実は、現在、ご生存の方をお一人、ご招待することができます。もし、どなたかと一緒に、ご覧になりたい方がいらっしゃいましたら、ご案内いたします。いかがでしょうか?」

 案内人は、スラスラと説明していく。

 まるで、言い慣れた定型文だ。

 だが、それがありがたいことに、少しずつ思考を整えてくれる。

 さすがプロだ。

 こういう場面にいくつも遭遇しているからだろう。

 言葉のテンポ、抑揚で落ち着かせるのだ。

 私は、なんとか状況を理解しようともがきながら思考を巡らせた。

 そして、ある答えを導き出す。


「あの、1人だけ連れてくることができるって、誰でもですか?」

「はい、あなたが出会った方であれば誰でも。しかし、幾つか条件はありますが。一緒にご覧になりたい方はいらっしゃいますか?」

 あまりにも優しいトーンに少し、泣きそうになる。

 私は、もう1つの疑問が解消したら招待客をあの人にしようと決意した。

「その人を教える前に、もう1つだけ良いですか?」

「はい、ご不明点は全て解消してからが良いでしょうから。何なりと。」

「観終わったあと、その人と会話は出来ますか?」

「はい、もちろん可能です。あまり長くはありませんが、最期の場でもありますから。」

 そうか、ならば。

 私は、右手を握りしめながら一人の名を出した。


「河野 誠。この人と。」

 私をふったあの人と。

 ある思いを胸にその名を放った。

「かしこまりました。では、こちらへ。」

 案内人は、私を大きな扉の前に案内する。

「あなたが、最期に観たい思い出を呼び起こして下さい。そして、扉を開ける瞬間に、その人の名を。」

「はい、分かりました。」


 不思議と、受け入れている自分がいる。

 もしかしたら、あることを決めたからかもしれない。

 私は、大きく深呼吸をしたのち、扉の取っ手を両手で握りしめる。

 そして、ある記憶を頭で思い描きながら、名をつぶやいた。

「河野 誠。」

 思いっきり、引っ張り開ける。

 ギシギシと重い扉を開けると、そこには丁度中心席に見覚えのある後姿が座っていた。

 「ほ、本当に。」

 魔法のような状況に、驚きを隠せない。

 衝撃のあまり、固まっていると案内人が私の肩に手を置いた。

「さぁ、始まります。では、ごゆっくり。」

 そっと押し出されると気づいた時には扉が閉まっていた。


 部屋が、暗くなる。

 階段に気を付けつつ、慌てて彼の隣に座った。

「え、歩実?」

 誠は、何が起きたのか理解が追いついていないようだ。

 だが、そんなことは関係ない。

 私は、目で合図を送る。

 とにかくまずは、黙って観ろと。

 彼は、空気を読むのは上手い。

 察して、静かにスクリーンに目を向けた。


 ―――――――――――――――――


 それは、私が大学時代のこと。

 彼との出会いの場所だ。

 私は、田舎から上京してきたことで一人寂しい大学生活を送っていた。

 人見知りを発揮したことで、なかなか友達もできなかった。

 そんなときだった。

「ねぇ、映画に興味ない?」

 グレーのパーカーを着た男性が、1枚のチラシを手渡してきた。

「映画?」

「そう、映画。僕、映画サークルに所属していて。今度、みんなで作った映画の上映会をするんだけど。もしよかったら来てほしいな!」

 私は、恐る恐る手をのばす。

 受け取ると、花が咲くようにパッと笑顔になった。

「ありがとう!待ってるね。」

 その人は、颯爽と立ち去って行った。

 これが、私と誠の出会いだった。


 上映会に参加したときの感想は……。

 よく分からないだった。

 何が面白いのか分からず。

 内容はこうだ。


 学校に迷い込んだ友達3人が、実験室で眠っていたゾンビ?が起きて、追いかけまわされるという内容だ。

 あまり、良さが分からなかった。


 上映後に、彼が私を見つけて急ぎ向かってきた。

「来てくれて、本当にありがとう!感想を教えてほしいな。」

 私は、なんといっていいか分からず、思わず素直に思ったことを話していた。

「よく、分からなかった……です。」

 予想外の反応だったのか、ポカンと口を開けている。

 あぁ、やっちゃったかな。

「失礼します!」

 私は、逃げるように立ち去ろうとした。

 しかし、右腕をつかまれ引き留められる。

「待って!」

 想像していなかったため、思わず委縮してしまう。

 どうしよう。

 怒っているだろうか。

 だが、全然違っていた。

「そういう素直な感想が欲しかったんだ。もっと聞かせて。」


 それから、私は定期的に映画サークルに顔を出すようになり、新作ができるたびに感想を求められた。

 最初は、面倒だと思っていた。

 でも、あまりにキラキラした目で映画を作る彼を見て、私まで気づくと楽しんでいた。

 彼と仲良くなるのに、時間はかからなかった。


 半年後のある日。

 彼に、誘われて上映部屋に入る。

 そこには、いつもなら一緒にいるサークル仲間がいない。

「あれ?今日はみんなどうしたの?」

 私の問いに、彼は目をそらしながらはぐらかす。

「あれ?ど、どうしたんだろうね?」

 声が上擦っている。

 何かおかしい。

 怪しむ目を向けると、まぁとなだめながら、中央に置かれたパイプ椅子へ案内される。

 座り、スクリーンの方を向くと。

 そこには、私と彼が楽しそうに映画を観ながらはしゃいでいる姿が映し出された。

 そして、小道具で遊んでいる姿や、いたずらするところ。

 どれも輝かしい映像。

 上映が終わると、スクリーンの前に立ち緊張した面持ちの彼が立つ。

 すると、顔を少し赤らめながら、真面目な言葉で伝えてきた。

 「これからも、一緒に楽しい時間をフィルムに残したいと思っています。好きです。僕と付き合ってください!」

 お願いしますと勢いよく頭を下げながら、右手を差し出す。

 私の応えは決まっていた。

 だって、あなたといる私は、今流れた映像の様に笑っていられるから。


「はい、よろしくお願いします。」

 私は、差し出された右手を優しく握りしめた。

 その瞬間、扉が開き見覚えのあるサークル仲間が飛び込んでくる。

 「おめでとう!やったな!」

 皆、静かに見守っていたのだ。

 少し恥ずかしくなる。

 誠は、耳まで赤くしている。

 皆で、この今という瞬間を喜んでいた。


 ―――――――――――――――――――


 ここで、映画が終わる。

 人生で一番いい思い出。

 それは、私が一人ではなくなった瞬間。

 あなたと出会った時間だった。


 ゆっくり明るくなっていく。

 隣に座る、誠の表情を見て寂しい気持ちになる。

 なんで、あなたが泣いているの。

 泣きたいのは、私なのに。


「どう?懐かしいでしょ。私とあなたの出会い。」

 誠は、うんと、無言でうなづく。

 私は、構わず話を続けた。

「最期に観るなら、これかなって。どう?感想を教えてよ。」

 あの頃、あなたが私に質問してきた言葉を返す。

 まさか、口癖か!ってぐらい聞いてきた問いを私が、聞くときが来るとは。

 なるべく笑顔を保ちながら、彼を見る。

 誠は、ボロボロと涙を流していた。

 あぁ、これはもしかしたら。

 もう知っているのかな。

 この身に起きたことを。

 これは言葉にできないのか、私の腕をつかみ項垂れる。

「何か言ってよ。時間、あまりないんだから。」

「だって……。」

 やっぱりか。

 私が死んだこと、彼は知っているんだ。

「僕のせいだよな。あの時、勢いに任せてあんなことを言わなければ。」

「あなたのせいではない。と言いたいところだけど。少しだけ否定できないかな。」

 私はわざと意地悪を伝える。

 これが最期のいたずらだから。

「私、誠と一緒にいるのが一番楽しかった。よく分からない映画の豆知識をキラキラした目で話している姿が好きだったし。でも、もう終わりみたいだね。」

「そんな……。僕は……。」

 彼は、言葉が続かない。こればかりは仕方がない。

 私が逆の立場だったら同じ反応をしたと思うから。

「ねぇ、これは私からの最初で最期の映画作品です。感想を教えて。」

 彼は、私の問いに優しく、そして。

 あの頃と同じ、屈託ない笑顔を見せながら応えた。

 「君は天才だよ。最高の、映画だった。」


 これは、彼に残す最期のプレゼント。

 ある人は、良き糧になるのかな。

 でも、私は違う。

 これは、ある種の呪い。

 私は、彼の笑顔に答えるように笑った。

「そうか。良かった。」


 場内が暗転する。

 次、明るくなった時には誠はいなかった。

 扉の方から、声が聞こえる。

 声の主を見つけると、そこには案内人が立っていた。


「伊藤 歩実様。いかがでしたでしょうか?」

 案内人は、スマートな所作で扉の入り口まで案内する。

 私は、扉の前に立ちこう答えていた。

「なんだかすっきりした。ありがとうございました。」

「おや、最初の頃より無邪気なお返事ですね。」

 彼は、そのまま映画館の入り口まで誘導する。

「まぁ、私を忘れないように残せたと思うから。」

「おやおや。」

 案内人は、面白いという反応をする。

 うん、悪くない。

 最期ぐらい悪女にならないとね。


 案内人は、最後の挨拶に入る。

「では、伊藤様。こちらの扉から出ると旅立つことができます。思い残すことはございませんか?」

 私は、自然と出た表情で伝える。

「はい、本当にありがとうございました。」

 そして、頭を下げた。


 案内人は、優しく穏やかに微笑んでいる。

「それでは、良い旅を。」

 私は、扉を勢いよく開き1歩踏み出した。

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