読切短編 正直者の値段
田中誠一は、生まれつき嘘がつけない。医学的な診断名はないが、本人曰く「口が勝手に正しいことを言う」。
面接室の椅子は、背もたれが微妙に斜めだった。
「弱点を教えてください」
「嘘がつけないことです」
面接官が笑みを固めた。想定内の謙遜と思ったのだろう。
「では、長所は?」
「今言ったことだけです」
採用された。理由は後で知った。「ユニークな回答」と評価欄に書いてあったと、総務の女性が教えてくれた。
最初の一年、田中は使えないと思われていた。同期との昼食にも、次第に誘われなくなった。冗談に愛想笑いを返せない男は、扱いづらかった。
企画会議で「この案は市場に刺さりません」と言い、朝礼で「この目標値、誰も達成できると思っていないと思います」と言い、飲み会で「部長の話は三回目です」と言った。その日以降、部長は田中の隣に座らなくなった。
全部、本当のことだった。 誰も言わなかっただけで。 だから後になって、全部その通りになった。
二年目、田中はチームリーダーになった。部下たちは最初こそ戸惑ったが、すぐに気づいた。田中の言葉には、社内政治も忖度も混じっていない。忖度のない言葉は、結局いちばん信用できた。
「正直に言います。あなたは向いていない。ただし、この職種なら違う」
異動を提案された部下たちは、驚くほど次の部署で結果を出した。
課長になった。部長になった。
役員会で田中が「この投資判断は五年後に後悔します」と言うと、会長が笑って「根拠は?」と返した。田中は三十分かけて、数字と構造を説明した。
否決された。二年後、競合他社が同じ判断をして損失を出した。
田中は専務になった。気づけば、社内で田中に逆らう人間はいなくなっていた。 そして五十一歳で、社長になった。
就任会見で記者に聞かれた。「経営哲学は?」
「正直であること」田中は、それ以外の生き方を知らなかった。
笑いが起きた。みんな洒落だと思った。
株主総会。第三十七回。いつしか社内では、「田中がそう言うなら」が判断基準になっていた。
議長席に座る田中の前に、七百人の株主がいる。
「今後三年間の業績見通しについて、社長のご見解を」
田中は、マイクを持った。
いつもなら口が動く。 わからない時でさえ、何かを答えてしまっていた。
沈黙が三秒続いた。
五秒になった。
株主席がざわつき始めたとき、田中はマイクをそっとテーブルに置いた。
わからない、ということが——初めてわかった。それでも、誰も田中の代わりに答えられなかった。




