太平の落日
天は運良く学校に残っていた。そのためすぐに学校のシェルター――といっても、普通の建物より少し耐久が高い程度の体育館へ逃げ込むことが出来た。
天は八年前のある出来事を思い出していた。天の父――海谷星斗がこの世から去ったあの事件。まだ八歳だったが鮮明に出来事は鮮明に覚えていた。
あの日も今日と同じように避難命令が出されシェルターへ逃げ込んだ。ただ一つ違うのは今そばに月と空人がいないことだけだった。たったそれだけだったが、天にとってその差はとても大きかった。自分の目で家族を確認できないということは、かつての父を彷彿とさせるものがあったからだ。
星斗はそのようにして死んでいった。何も告げず、ただひっそりと真っ暗な闇の中へ消えていった。
天はそれが怖くて仕方なかったのかもしれない。
それから数時間、何をして何を考えていたのか何も覚えていなかった。
数日が過ぎると、天はようやく月に会うことが出来た。
幸いなことに月はすぐに近所の避難出来たようで、怪我もほとんどなかった。
天と月は数日ぶりの再開を分かち合い、互いの存在を確かめるように抱きしめ合った。
少し落ち着くと、天は尋ねた。
「ねぇ、お兄ちゃんどこにいるか知らない? いろいろな避難所回ってみたんだけどいないの……」
天はこの数日間、近くの避難所を回って兄の行方を捜していた。月とはすぐに連絡が取れたが、兄の行方は分かっていない。
すると、月は俯いた。
そうして今度は肩をふるわせ始め、ポタポタと雫を垂らし、声を震わせながら何かをつぶやいた。
「空……人は…………んだ………の」
垂れる雫を見つめながら天は何度も何度もつぶやかれるその言葉を聞いた。
そしてようやく聞き取ることが出来た。いや、出来てしまったというべきか。
「空……人は……死…んだ………の。火事に巻き込まれて……。死んだのよ! もういないの!」
まただ。また天の周りから一人、人が消えた。
「……なんでよ。なんでお兄ちゃんまで取っちゃうの?」
不思議と涙は出なかった。
頭が追いつかなかったのだろう。
だから天の思考はある地点にまで到達したのだ。
「もう……生きたくない」