8. 誰でも無い者
身支度を整えて後日、老夫婦に見送られながら旅へと出かけたアリスは、12歳の少女でありながら、逞しく生きて行くことが出来た。
山では弓を使って狩りをして兎や烏などの小動物を獲てそれを調理し、食事を摂り、野山で寝泊まりする時は火を起こし持ち歩いている寝袋で眠り、村へ下っては必要な物資を物々交換で買い足していた。
そして朝、旅に出てから二つ目の山を越えようとして山道を歩いている時だった。
ふと左の茂みの向こうから男が歩いてくるのがアリスには見えた。無骨な格好をした男だった。野山で人と遭遇するのは危険だと思い、回り道して迂回する。
ところが前方にも男がいた。目が合う。しまった、見つかった。そう思い、後ずさると何かとぶつかった。
「よう、嬢ちゃん……」
驚いて振り返るとニヤリと下品な笑みを浮かべてアリスを舐めるように見てくる男がいた。危険だと察知し、距離を取ろうと離れようとすると間髪入れずに大きなサイズのナイフを持った手で後ろから抱きかかえるように拘束され、身動きが取れなくなる。後ろにも男がいた。それも複数。気が付くと何人もの大男がアリスを囲んでいた。
「そんなに暴れるなよ……楽しもうぜ」
助けてと大声で叫ぼうと息を吸うも、すぐに気づかれ口を塞がれる。酒と泥水と汗の匂いがした。木の陰の為、人の目に付かない。もう一人の男がアリスの足を持って大きく開いた。
「楽しむ前に、何か金目の物は持ってないか見ようぜ」
男はアリスの服をまさぐり、何も良い物を持っていないと判断すると、軽く舌打ちをした。
「何も持ってねぇな」
そう言うと、アリスのスカートをたくし上げ、太腿へと手を這わせる。一瞬口を塞いでいた手が離れた隙に、やめて! とアリスは叫んだ。
男は黙れ! と言ってアリスの腹を殴ると、再び太腿を触り、開かせた足の間に入り込んで股へと指を這わせようとした。
アリスは後悔していた。旅に出た事を。殴られた激痛で苦しむ中でそれ以上に湧き上がる悔しさを覚えた。男に力でねじ伏せられると言う屈辱と共に。アリスは朦朧とする意識の中で、微かに義理の兄であるデレクと自分を育ててくれた老夫婦の事を思い出していた。やっぱり年端も行かない女が一人で旅に出るなんて無理があったのか。アリスちゃんなら出来る。生きていけると言って私を信じてくれたおばあさん、ごめんなさい。アリスはそう思い、一筋の涙を流した。そして全てを諦めて力を抜いた、その時だった。
「何している」
声がした。アリスはその声にハッと我に返り、声のした方を振り返った。見ると男がいた。先程の、茂みの向こうにいた無骨な男だった。
状況を確認しようとその男は辺りを見やり、そしてアリスを見つけると、驚きと、その今から行われるであろう行為に対する嫌悪感を表情に全面に出し、男を睨んだ。
「何していると聞いている」
何も言わない男に対してもう一度問いを投げかけた。その大男は口元を紫色の布で覆っていた。くぐもった声でそう言った。男の目には怒りが現れていた。
「楽しもうとしてんだよ」
アリスを抱えている男の方がそう言った。邪魔するなと言わんばかりに、敵意を露にする。
「…………やれ」
大男がそう言うと、はいと言って、その大男の後ろで気配を消し、ずっと黙っていた少年が前に出てくる。アリスはその少年の存在にその時まで気が付かなかった。驚いて視線を投げる。その少年はアリスと同い年ぐらいの白髪で赤い血のような色の目をした少年だった。少年の口元には大男と同じ紫色の布が巻き付けられていた。
一瞬だった。瞬きが出来なかった。アリスは自分を抱えている男が倒れ込んだので、その場に尻もちをついた。アリスの足を持っていた男が後ずさり、恐怖をその顔に浮かべる。
圧倒的な力の差だった。まず最初に3人が同時に倒れた。早すぎてあまり見えなかったが、その少年の拳に付いている爪のような武器で倒したのだろう。3本の切り傷がその男達の体にあった。そして次にアリスを抱えている男が倒れた。首根を切られていた。深く鋭く、早い一撃だった。致命傷だろう。赤黒いぬめっとした血がドクドク溢れている。そして残るは一人__。
最後の一人は逃げようと振り返った。だがそれは叶わなかった。背を向けた瞬間に背中を切りつけられる。背中の傷は恥の証だ。逃げようとした証拠だ。男は倒れ込んだ。
「た、助けてくれぇ……」
男は事もあろうに自らが襲った私に助けを求めてきた。足元に縋り付き、恐怖に染まった顔で私を見て訴えてきた。だがここで助けてやろうとは思わなかった。
男はもう一撃をその背中に受けて、意識を失った。最後の一撃で飛んだ返り血が私の頬に付いた。見ると男はもう死んでいた。
「無事か? 小娘」
無骨な大男がそう私に言葉を投げかけた。はいと言うと何もされていない様子を見て取ったようだった。
「運が良いな。……こいつらが誰か分かるか?」
首を横に振る。大男は口を開いた。
「赤麟族の連中だ。我々盗賊と敵対している、山賊だ」
地面に倒れて血まみれの男達をよく見てみると、アリスの足を持った男の頭には赤い布が巻き付けられていた。アリスを抱えた男の腕にも同じ赤い布が巻かれていた。その他の男達の腰や首などにも、同じ赤い布が巻きつけられていた。
「その名の通り、赤い布を身に纏う」
話によると、山に入った者から金品を奪い、商人が何人も襲われ、殺されたらしい。下へ降りてきては無銭飲食をし、飲んで暴れて女を襲うため、集落の人々は大変迷惑していると言う。
赤い布を身に着けているのが特徴で、相対するように盗賊は紫色の布を身に着けていると言う。
アリスは立ち上がってスカートの泥を払うと、少年にお礼を言った。少年は俯いたままだったが、聞こえているようだった。
「戦えないのか、小娘」
大男の問いに対し、頷く。
「ならなぜ山へ入った。なぜ一人でいる」
「私には旅をする理由があるんです」
「……なら戦いを覚えろ」
少し考えると大男はそう言って背中を向けた。そして少し歩いて立ち止まる。
「どうした? ついてこい。山を抜けるまで同行する」
きっとこの人は優しいんだとアリスは思った。小走りで横へと並ぶと大男は歩き始めた。身長差がかなりあると感じた。少年は足音を立てずにアリスの右隣に連れそう。アリスはお礼を言って名前を尋ねる。男は誰でも無い者だと言う。
一行はそして西へと向かった。
誰でも無い者っていうのはゲームオ〇スローンズの影響だったりします。