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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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その日の夕刻。 役所の一角で、数人の役人が帳簿を前に顔を寄せていた。

「……聞いたか」

一人が、声を落として言った。

「ああ」

別の男が、筆を置く。

「レオンハルト殿下の言葉だろう」

小さく息を吐く。

「許可証だの、記録だの……」

「手間が増えるな」

「今までは、来た客からその場で取って終わりだった」

「名前まで書けとはな……」

別の者が、帳簿をめくりながら言った。

「しかも日数ごとだ。間違えれば、こちらの責任になる」

沈黙。やがて、年嵩の役人が低く言った。

「……だが、抜けは減る」

誰もすぐには答えなかった。

「今までは、見逃しもあった。払わずに帰る者もな」

「……それを、逃がすな、と来たか」

小さく笑う者がいた。

「厄介な殿下だ」

だが、その声に強い否定はなかった。

誰かが呟く。

「……だが、理屈は通っている」

再び沈黙が落ちた。



一方、宿の裏手。

数人の主人が、桶を脇に置いて腰を下ろしていた。

「聞いたか」

太った男が顔をしかめる。

「許可証がないと泊めるな、だとよ」

「面倒なことになったな」

別の男が肩をすくめた。

「客にいちいち見せろと言うのか」

「見せなければ泊めるな、だ」

「そんなことをすれば、他へ流れるぞ」

誰かが吐き捨てるように言った。だが、端に座っていた年配の主人が、静かに口を開いた。

「……流れんさ」

視線が集まる。

「兵が立つ。門も見張る。どこへ行っても、同じになる」

一拍。

「なら、従うしかない」

誰も反論しなかった。

やがて、別の男が小さく言う。

「……だが、客は減る」

年配の主人は、首を振った。



村外れの小屋。

粗末な机を囲み、数人の男が顔を寄せていた。

「医官の許し、だとよ」

一人が舌打ちする。

「誰がそんなものを取る」

「取らなければ、追い出される」

別の男が低く言う。

「……締め付けか」

やがて、痩せた男が笑った。

「なら、場所を変えるだけだ」

「どこへ?」

「決まっている」

男は肩をすくめる。

「見えないところだ」

だが、その笑いは長く続かなかった。

「……いや」

別の者が呟く。

「今回は違う。兵が回る。門も押さえられる。逃げ場がない」

空気が重くなる。

「……嫌な領主が来たな」

誰も否定しなかった。



石造りの聖堂の奥。

厚い壁に囲まれた小部屋には、昼でも薄い影が落ちていた。窓は細く、差し込む光は弱い。机の上には蝋燭が灯り、羊皮紙と印章が並んでいる。

数人の聖職者が、無言で席についていた。

やがて、一人が口を開いた。

「……聞いたか」

低く、押し殺した声だった。

「これまで、直接入っていた金が……入らなくなる」

沈黙が落ちる。

別の男が、ゆっくりと指を組む。

「温泉の湯銭。宿からの上納。巡礼者の寄進……」

一つ一つ、確認するように言う。

「すべて、あの王子の手に移った」

「第三王子、か」

誰かが吐き捨てるように言った。

「忌々しい」

短い言葉だったが、室内の空気がわずかに揺れた。だが、すぐに別の聖職者が静かに口を開く。

「……力づくではない」

視線が集まる。

「王命の形を取っている。名目も整っている。……表向きは、“管理”だ」

苦い顔が並ぶ。

「管理、か」

先ほどの男が鼻で笑った。

「言葉を変えただけだ。やっていることは、奪取だ」

誰も否定しなかった。やがて、年嵩の司祭がゆっくりと口を開く。

「問題は、金ではない」

静かな声だった。

「……人の流れが、変わる」

低い声が落ちる。

「これまでは、この地に来た者は、まず教会に来た。祈りを捧げ、寄進をし、許しを得る」

静かに続ける。

「だが、これからは違う。門で止められ、名を書かされ、そのまま中へ通される」

わずかな間。

「――我らを通らずに、だ」

声が一段と低くなる。

「金の問題ではない」

ゆっくりと言う。

「人が、我らを通らなくなる。それが、問題なのだ」

誰もが、その意味を理解していた。

それは、金以上に重い。信仰の導線が、断たれるということだからだ。

沈黙が、重く落ちた。やがて、誰かが呟く。

「……放っておくのか」

年嵩の司祭は、すぐには答えなかった。しばらくしてから、静かに言う。

「いや」

ゆっくりと顔を上げる。

「交渉する。あるいは――」

言葉を切る。

「別の形で、関わる」

蝋燭の火が、小さく揺れた。



夜、再び宿の裏手。

昼間と同じ顔ぶれが、また集まっていた。

「結局、どうなる」

若い主人が苛立った声で言う。

「許可証だの、記録だの……やれるのか、あれは」

「やるしかあるまい」

年配の主人が静かに返す。

「兵が立つ。門も見張る。従わなければ、客を入れられん」

沈黙。やがて、端に座っていた痩せた男が口を開いた。 それまで一言も話していなかった男だった。

「……違うな」

視線が集まる。男は、ゆっくりと言った。

「あの方は、締めたいんじゃない」

一拍。

「儲ける気だ」

誰もすぐには言葉を返せなかった。

「客を選び、流れを絞る。金を持つ者だけを残す」

静かに続ける。

「そして、逃がさず、取る」

火が小さくはぜた。

「荒らす連中を追い出して、場を整える。そうすれば、金は自然と集まる」

痩せた男の目は、底の見えない光を宿していた。やがて、誰かが低く呟いた。

「……そこまで、考えているのか」

痩せた男は肩をすくめた。

「さあな」

だが、その目は笑っていなかった。



数日後。

門の前には、朝から人が並んでいた。

「次!」

役人が声を張る。 机の上には、木札と羊皮紙。 そして、色の違う細い紐。それは許可証に合わせた色をしていた。

「名は。どこから来た。何日滞在する」

矢継ぎ早に問われ、旅人が戸惑う。

「……そんなもの、今までなかったぞ」

苛立った声が上がる。

「新しい決まりだ」

役人は顔を上げない。

「答えろ」

後ろの列がざわつく。

「早くしろ」

「いつまで待たせる」

別の場所では、宿の前で押し問答が起きていた。

「許可証がないと泊められん」

主人が腕を組む。

「昨日は泊めたじゃないか!」

旅人が声を荒げる。

「昨日までの話だ」

言い切る。

「今は違う」

男は舌打ちしたが、周囲を見て黙った。 門にも、通りにも、兵が立っている。

逃げ場はない。

やがて、渋々と門の列へ戻っていった。

……混乱は、各所で起きていた。

記録の抜け。 日数の数え違い。 色の渡し間違い。役人たちの額には汗が滲む。

「違う、それは三日の色だ!」

「昨日の分が抜けている!」

怒号が飛ぶ。

だが、列は止まらない。止めれば、溢れる。

回し続けるしかなかった。



その日の午後。

騒ぎは、湯殿の入口で起きた。

「止まれ」

低い声が落ちる。

男が、足を止めた。 腕に巻かれた紐は――ない。

「許可証は」

兵が問う。

「……持っている」

男は即座に答えた。

「けど、宿に置いてきた」

「なら、取りに戻れ」

短い返答。男は舌打ちした。

「一度くらい、いいだろう」

一歩、前へ出る。その瞬間だった。兵が、槍の柄で道を塞ぐ。

「通すな」

空気が変わる。周囲の視線が集まる。

男は顔を歪めた。

「大げさだな……」

だが、その足は止まっている。兵は動かない。やがて、別の兵が口を開いた。

「記録を見ろ」

役人が駆け寄り、帳簿をめくる。

「……該当なし」

短い報告。

「では――」

兵は一歩踏み出した。

「規則に従えぬ者は、出て行け」

静かな声だった。男の顔が強張る。

「……ふざけるな」

だが、その声に力はない。

周囲の視線が、すべて自分に向いている。

逃げ場は、ない。兵が腕を取る。抵抗は、できなかった。

そのまま、門の外へと連れ出される。

誰も、止めなかった。誰も、口を出さなかった。ただ、見ていた。

やがて、誰かが小さく呟く。

「……本当にやるのか」


湯殿の前に、静けさが戻る。

だがそれは、先ほどまでとは、違う静けさだった。



新しい執務室にて。

様々な報告が、次々と私のもとに届いた。

混乱も、反発も、当然だ。


だが、根本は曲げられない。……決して。

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― 新着の感想 ―
新しい事は混乱も反発も当然ありますよね。 揺らがない男、レオンハルト!どう切り拓いて行くか 楽しみにしておりまさす!!
日本も近代式温泉街に変革される時に相当ヤバかったからなぁ こちらは王命という絶対的な御旗があるからゴリ押せるけど
いくらこれまで利益を得られてたとはいえ、仮にも王族である以上なあなあで済ませるわけにはいかないのよね。 下手に金の流れを歪めると、王家や国への背信行為と取られかねないし。
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