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翌日、私はしばらく考えていた。
流れは押さえた。だが、それだけでは足りない。曖昧な徴収を正しても、取りこぼしは出る。人が増えれば、なおさらだ。
私は人を集めた。
「……税を、もう一段触る」
役人たちがわずかに緊張する。
「確実に取れる形にする」
静かに言った。
「湯に入る者、宿に泊まる者。すべてを分けて記録しろ」
一人が恐る恐る口を開く。
「……入湯のたびに、徴収するのですか」
「いや。まとめる」
帳簿を指で叩く。
「滞在ごとに一度、名を記し日数を記録する。つまり、“許可証”を出す」
一瞬、誰も意味を理解できなかった。
「滞在の証だ。持たぬ者は、湯にも宿にも入れない」
ざわめきが広がる。
「……それでは、客が嫌がるのでは」
「逆だ」
私は言い切った。
「出入りが制されていると分かれば、安心する。誰でも入れる場所は、危ない」
言葉を重ねる。
「特に、金を持つ者ほどな」
沈黙。やがて、何人かが視線を落とした。理解したのだろう。
「許可証は日ごとに色を変えろ。偽りはすぐ分かるようにする」
私は続けた。
「記録はすべて残せ。誰が、いつ、どれだけ滞在したか。……逃がすな」
短い言葉だった。
だが、それで十分だった。
「……人が集まれば、必ず混ざる者がいる」
役人たちが顔を上げる。
「病人だけではない。賭け事をする者、身を売る者、薬を騙る者」
誰も否定しない。現に、そうなりつつあるのだ。
「放置すれば、場は荒れる。荒れれば、まともな客は来なくなる」
つまり、金も来なくなる。
「兵を置く」
空気が変わった。
「門と湯殿、宿の周り。巡回させろ。乱暴を働く者は、外へ出せ。繰り返す者は、入れるな」
役人の一人が口を開く。
「……娼婦などは、どういたしましょう」
私はわずかに考えた。
「排除はしない」
意外そうな顔が上がる。
「だが、場所を決める。湯殿に近づけるな。貴族の目に入る場所にも置くな」
短く言い切る。
「秩序の外に置け」
役人は、目を細めた。
「薬売りも同じだ。勝手な効能を語る者は締め出せ。医官の許しを得た者だけにしろ」
やがて、誰かが小さく息を吐いた。
……ただ締め出すのではない。守るべき客と、排すべき者を分けている。
そういうことか――と。
私は最後に言った。
「ここは、癒やしの場だ。そう見えるように整えろ」
ゆっくりと視線を巡らせた。
暫くの沈黙の後、村長が口を開いた。
「……承知、いたしました」
私は、静かに頷いた。
村長視点
村の長は口を閉じたまま、第三王子を見ていた。
――こんな言葉を聞いたのは、初めてだ。
儂がこの村を任されてから、長い。その間にも、何人かの役人がこの地を訪れた。
だが、その誰もが「任せる」と言った。あるいは、「これまで通りでよい」と。
楽だった。揉め事は少なく、変える必要もなかった。細かいことに口を出す者はいても、それはせいぜい、館の内の話だ。
以前、来られた折の殿下も、やはり違った。噂に聞いた。藁を替えろ、床に板を敷け、湯に入る前に身体を流せ、という命令。
正直に言えば、面倒だと思った。
だが、その後、湯は確かに変わった。濁りが減り、匂いも軽くなった。病を訴える者も、幾分か減った。
他にも、聞いた。倒れた旅人と医者を救った、と。単なる偶然ではないのだろうとは、思っていた。
だからこそ、余計に分かる。今回のは、比べ物にならない。
決まりが増え、人を縛り、金の流れを握る。
必ず、揉める。文句は出るし、抜け道を探す者も出るだろう。
儂は、ゆっくりと息を吐いた。
……本当に、できるのか。
この村で、この人数で、このやり方で。
目の前の王子は、何も変わらぬ顔で立っている。声を荒げることもなく、ただ言い切っただけだ。
だがその言葉は、逃げ場を残さない命令だ。
儂は、ゆっくりと頭を下げた。
「……承知いたしました」
声は、わずかにかすれていた。
それが、不安か、ため息か、自分でも分からなかった。




