表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/98

33

条約が結ばれてから、半年が過ぎた。

私は、かの鉱山を訪れていた。

かつては細い荷車道しかなかった山道は、いまや石を敷き詰めた街道へと変わり、大型の荷馬車が行き交っている。道の脇には、新しい宿屋と倉庫が並び、見慣れぬ数の人影があった。

鉱山長が、深々と頭を下げる。

「殿下。お陰で、山が生き返りました」

私は、崖を削るように作られた採掘場を見下ろした。規則正しく組まれた足場。増設された巻き上げ機。

「巻き上げ機が、新しくなっているな」

「はい。隣国から技術者が参りまして。採掘効率が二割ほど向上しております」

私は、わずかに目を細めた。足場の上で、見慣れぬ滑車が静かに回っている。

そのとき、鉱山長が小さく笑った。

「……とは申しますが、始めは、ひどいものでしたな」

私は視線を向ける。鉱山長は、作業の指揮を執っていた一人の男に声をかけた。

「お前、殿下に申し上げてみよ。最初にこの仕組みを見たとき、何と言ったか」

呼ばれた男はゆっくりと振り向いた。

日に焼けた肌。鋭い顎の線。無駄のない体躯。山の風に削られたような、精悍な顔立ちだった。

私の前まで歩み寄り、静かに一礼する。

「……失礼ながら、『こんなもの、使えるか』と」

低く、よく通る声だった。周囲に小さな笑いが起きる。

「歯車ばかり多く、構造は複雑。壊れれば山を止める。見慣れぬ技術に、人の命は預けられぬと考えました」

言い訳はしない。ただ事実を述べる。

「余所者のやり方に従うくらいなら、旧式で十分だ、と」

私は静かに問う。

「だが、今は違うのだな」

男は背後の巻き上げ機を振り返る。

規則正しく回る滑車。軽い力で引き上げられる鉱石。

「……力は半分で済みます。綱の断裂も減った。若い者でも扱える」

短く、きっぱりと。

「悔しいが、良い仕組みです」

その言葉に、現場を預かる者の誇りが滲んでいた。鉱山長が続ける。

「三日三晩、技術者と言い争っておりましたがな」

男はわずかに眉を寄せる。

「山を預かる以上、軽々しくは受け入れられぬ。しかし――条約がある以上、向こうも本気で技術を差し出している。我らが拒めば、約を軽んじることになる」

私は静かに息を吐いた。

恐れは、国境だけにあったのではない。未知への警戒もまた、守るための本能だ。だが守るために、変わる覚悟をした。

条文は鉄の価格を定めただけではない。人の意地と誇りにも、静かに触れていた。

巻き上げ機は、今日も揺るぎなく回り続けている。


働く人間の数も、明らかに増えていた。

「人手が増えたな」

「はい。周辺の村から若者が戻ってまいりました。賃金が安定すると聞きつけて。逃げるように出ていった者たちが、今は自ら帰ってきます」

私は、ゆっくり頷いた。

鉄の価格が条約によって固定され、さらに最低供給量が保証されたことで、鉱山の収入は安定した。

安定は、投資を生む。投資は、雇用を生む。

そして雇用は、人を呼び戻す。

「宿屋も新しく建ちました。鍛冶屋も、食料商も、皆この道沿いに店を出しております」

鉱山長は、ふと思い出したように続けた。

「……そうそう。殿下にお伝えせよと、頼まれておりましたことがございます」

私は視線を向ける。

「何だ」

「かつては出稼ぎで山に来ていた者たちが……いまは家族を呼び寄せております」

私は、わずかに目を細めた。

「呼び寄せた、か」

「ええ。賃金が安定し、通年で働けるようになりましたゆえ」

少し考え、鉱山長は言った。

「……ひとり、呼びましょうか」

私は小さく頷いた。

若い男が、落ち着かぬ様子で駆け寄る。

「あの……俺、嫁と、赤ん坊がいるんでさ」

帽子を握りしめながら続ける。

「今は、一緒に暮らせていて……」

深く頭を下げた。

「ありがとう、ごぜえました」

私は静かに言った。

「山を支えているのは、お前たちだ。家族と暮らせるのは、当然のことだ」

若者は顔を上げ、目を見開く。

私は遠くの集落へ視線を向けた。

屋根が増え、煙が上がり、子どもが走っている。

鉄は、国境を越えた。だがそれ以上に――

暮らしが、この山に戻ってきた。

かつてこの地は、「鉄は出るが、人は減る土地」と呼ばれていた。

今は違う。鉄を運ぶ道が、そのまま人を運ぶ道になっている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
山を支えているのは、お前たちだ。家族と暮らせるのは、当然のことだ いい言葉です。経営者は肝に銘じるべき言葉ですね。
ラピュタの鉱山みたいな
大航海時代ぐらいなら実際そんなもん。 鉱山とか奴隷使い潰しが多いし。 それはそうと滑車か。 非常にいいと思った。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ