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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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32

開墾の進み具合は、日ごとに変わった。

石の量。起こせた深さ。水路の流量。

芽の出るまでの日数。枯れた苗の数。

それらを、リディアは一つひとつ書き留めた。

夜、燭台の明かりの下で、指先に残る土の感触を思い出しながら、数字と所見を並べていく。

その役目は、本来であれば家宰か書記が担うものだった。だが彼女は、伯爵に願い出た。

「この開墾の記録を、私に任せてください」

伯爵はしばらく娘を見つめ、やがて頷いた。

「最後まで書き通せるのなら、やってみよ」

挫折も、書いた。

水が足りず、苗が倒れた日のこと。農民の間に諦めの声が出たこと。

苦労も、書いた。

石の多さ。水路補強に費やした人手。隣国の道具への反発。

成功も、書いた。

新しい鋤が想定より深く土を返したこと。乾きに強い種が根を張ったこと。半分だけ試した畝が、最後まで立っていたこと。

時には、筆が止まる夜もあった。

――無理なのかもしれない。

そう思う日もあった。そのたびに、机の引き出しから一通の手紙を取り出す。

第三王子からのものだった。飾り気のない文面。短い言葉。

時間を味方につけなさい。


何度も読み返したため、紙は柔らかくなっている。リディアは、そっと息を吐いた。

「私は、まだ、できる」

そう呟き、再び筆を取る。記録は、やがて一冊の報告書となった。

経過。失敗。改良点。費用。収穫量。

感情ではなく、事実として整えられた書面。

それは、領地の宝となった。

その後、他の領地が同じように高台を開こうとしたとき、その報告書が写され、回された。

あの高台の成功は、偶然ではなく、積み重ねであったと示す証。

開墾の実りと、リディアの精密な記録は、やがて他の領地でも役立つことになる。

時間は、確かに味方になっていた。


やがて、その噂は風に乗って広がった。

クロウフォード家の領地の高台で、作物が実った、と。

はじめは誰も信じなかった。あの水の乏しい土地で育つはずがない、と。隣国の技術など、当てになるものか、と。

遊水池を築く話も、水路の補強も、これまでは「余計な手間」と笑われてきた。

長年続いてきたやり方がある。それを守ることこそが、領地を保つ術だと。

だが――実りは、言い訳を許さない。実際に穂を揺らす畑を見れば、疑いは、言葉より先に崩れる。

次の年、隣の領地で遊水池の工事が始まった。そのまた隣では、水路の石積みが組まれ、見慣れぬ種が蒔かれた。人々は、ようやく気づいたのだ。

守ることは、悪くない。だが、それだけでは、前へは進まない。それは保全ではあるが、向上ではなかったのだと。

クロウフォード家の高台の畑は、いつしか一つの証となっていた。

変わることは、失うことではない。

選び直すことは、裏切りではない。

実りは、静かに、だが確かに、周囲の領地の心を動かしていった。


やがて、その名もまた囁かれるようになった。

第三王子。

はじめは、若さゆえの思いつきだと笑う者もいた。隣国と手を結ぶなど、弱みを見せることだと眉をひそめる者もいた。

だが、クロウフォード家の高台に実った穂は、その声を少しずつ静めていった。

「結果を出した」

それ以上に強い言葉はない。

宮廷でも、風向きが変わった。

派手な戦功もない。華やかな武勲もない。

だが、穀物は増えた。飢えの不安が、わずかに遠のいた。

誰もが、ようやく理解し始める。国を強くするとは、剣を振るうことだけではないのだと。

第三王子の名は、いつしか「無能」ではなくなった。

目立たぬが、確実に積み上げる者。

声高に誇らぬが、形にしてみせる者。

クロウフォード家の高台の穂は、王子の評価をも、静かに押し上げていた。

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― 新着の感想 ―
 これからゆっくり全部読む予定です。そのため、この後の展開は分からないのですが、改革したものの結果が伴わない話も読みたいです。  この作者が挫折や失敗とどう向き合うのかを知りたいです。 とっても面白…
この主人公は何がしたいのだろう。 そこそこに生きたいのであればそれ相応に適当にできたはずだ。 改善や改革は痛みを伴い、恨まれる。 別にだから主人公に歴史改変や戦記並みに改革しろとは言う気もないし今…
これは5~8年単位の話でしょうか?
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