第27話 決断の重さとは(前編)
なんとか今週は二回更新できましたー!!
(ちょっと短いけど)
また前後編になりそうです。
その日、出勤してきた遥は、妙に省周辺のマスコミが多いことに気づいた。
なんだかんだで役所はニュースになりやすい。世間で関心が高い法案やその他の閣議決定を出した場合はもとより、会議の開催、不祥事、キャンペーンやイベント等、けっこう頻繁にビルがニュースに映る。その度に正面玄関にスタンバっているテレビカメラを見るたび、「省の看板と建物、毎回撮り直してるのかな?」と疑問に思うが、席につく頃には忘れてしまい、誰かに聞いたことはない。
しかし、今日のマスコミの配置はそんなレベルではない。明らかにいつもの10倍くらいおり、更にいつもはかなり静かに撮っているが、今日はレポーターまで出てきている。
首をかしげたまま自分のロッカーに荷物を置くと、お茶コーナーの横の洗いものかごを手に取る。昨日出た洗いものが中に入っており、給湯室が混み始める前に行く方が後がスムーズに進む。ちなみに、昔は各机に残っているカップを回収して回っていたらしいが、今やっているという話は聞いたことがない。ついでに、お客さん以外のお茶出しもやらない。
「おはようございまーす。」
誰かのいる気配に声をかけて給湯室に入ると、向井が洗い物をしていた。婚約したばかりの彼女は今日もご機嫌である。遥も並んで洗い物を始める。
「あ、遥さんおはよー。」
「おはよう。」
「今日、楽しみだね!」
「ねぇねぇ、何があったの?外もマスコミめっちゃ来てたけど。」
「え、聞いてない?」
「昨日は行くところあって、早めに帰っちゃったから……」
「スマイルが来るらしいの、今日。」
スマイル、とは、5人組の国民的男性アイドルグループだ。10代半ばでデビューした彼らももう30代半ば、油の乗りきった時期である。先日一人が結婚したが、人気が衰えることはなく、日本の芸能界に不動の人気を誇っている。遥も中学高校時代にはブロマイドの一枚も持って、何クンがいいとか、いや何クンだとかなんとか、友人とキャーキャーやったものだ。
「え、嘘?」
「噂なんだけど。午前中らしいよ。うちの省のナントカ大使に任命されたんだって。表敬訪問なんだって。」
「えー、ほんと?みたいみたい!!」
「どこに行くかとか時間とかわかんないから、張り込んどくしかないみたい。それにすごい人出だろうから、けっこう早い時間から場所取りが必要なんじゃないかって。……私はいいかな。」
「ってか、勤務時間中よね?」
「それは言っちゃダメなんじゃない?」
まぁ、そうかもしれない。
「えー、でも見たいな。なんか新しい情報があったら教えてね!」
「うん、了解!」
そんな会話を交わし、洗い物を終えて戻り、室内の雑務を終え、一息ついてしばし。正職員が通勤してくる。
「はるちゃんおはよー。」
「おはようございまーす。」
「今日ね、スマイルくるよー。」
「向井ちゃんに聞きました!いつどこに来るか分かんないから、張り込みと場所取りが必要だって。向井ちゃんは自分はいいかな、って言ってましたけど……」
二人より少し年下の向井は、スマイル世代バリバリというより、ちょっとお兄さんな立ち位置だろう。10代の頃の二歳差はけっこう大きい。
「柳澤さん、行きたいですか?」
会話の途中で出勤してきていた桝谷が口を挟む。
「え?あ、はい。」
「桝谷くん、私も!ジャスト世代!!」
戸惑った遥と、間髪入れずに乗った木村に、桝谷はサムズアップしてみせる。
「ここの前の課で一緒で仲良くしてた人が、今広報課にいるんです。ちょっと、来るときに近くで見れないか聞いてみます。」
「ほんとですか?すごい、嬉しい!」
「たくさん見たい人いるはずなので、期待しないでくださいね。」
ちょっと苦笑しつつ、受話器を上げる桝谷。少し話して、礼を言って受話器を置く。
「やっぱり、特別扱いはできないそうです。」
「ま、そだよね。ありがとう。」
残念そうに礼を言う木村。それに対して、にやっと笑って桝谷が言葉を足した。
「ただ、詳しい情報は貰ったんです。今日の表敬は大臣対応で、時間は今のところ11時20分に大臣室。F号館の中庭に車がつくのが11時15分くらいの予定でで、省幹部コーナーは立ち入り禁止にするそうです。」
「おー、すごい!それだけわかれば対応できる!」
「桝谷、お前出来る男だな!知ってたけどな!」
何故か喬木まで桝谷を絶賛し、桝谷がドヤ顔を披露する。ここまでわかれば、車がつく中庭側の入り口か、省幹部の個室が並ぶコーナーの警備エリアより手前で11時過ぎから待ち伏せれば良く、大幅に時間と場所が絞れたわけだ。
「じゃ、11時くらいから30分くらい、私とはるちゃんは居ません。」
「いいけど、見れたら帰ってこいよ。」
「「はーい。」」
***
スマイルが見れるかもしれない。
田舎ゆえもあり、ファンクラブに入ったり、コンサートに行ったり等はなかったが、それでも青春時代、ドラマは全部追っていたし、購読していた雑誌に載っていたら写真を切り抜いて眺めてはにやけていた。修学旅行で生写真を買ったこともある。そんなことを思い出して、遥は若干ふわふわしながら仕事を続けた。
「はるちゃん、ちょっといい?」
木村に声をかけられたのは、10時過ぎだった。見ると、鳥越も何か紙を持ってスタンバっている。
「はい。……?」
「ちょっと別室ー。」
「……な、なんですか?」
「それを言ったら別室で話す意味ないじゃない。」
「たしかに。」
穏やかな二人に、悪い話ではないのだろうとは思うものの、別室に呼び出されるという時点でドキドキしながら二人について歩く遥。話題がわかっている二人は、
「やっぱりマスコミ多いねぇ。あと、あの女子たちはどこから沸いてきたんだろ?」
「……うちわ持ってる、明らかに職員じゃない人がいますねぇ……カメラ来てますけどニュースになるんでしょうかね?」
「生中継するほどじゃないし、なっても夕方じゃないかな?」
などとのんきに雑談しているが、遥はそれどころではなかった。
幹部室として用意されたが現在使われていない、という、会議などでは使いづらい別室に入り、お互いソファーに座る。木村と鳥越が並び、遥が相対するこの配置は、飲み会などとは対照的にお互いの立場を強調するもので、いつも彼らと一緒に仕事をしているにもかかわらず、やはり緊張する。
口火を切ったのは、鳥越だった。
「えーっと、年度ごとに契約が更新される、ってのはご存じですよね?」
「あ、はい。」
「なので、この時期に、今年度の総括と、来年度の仕事内容の確認、それからそもそもの更新の意思の確認をします。去年もしましたよね?」
「……あぁ、あった気がします。」
すっかり忘れていたが、たしかにやった気がする。何か問題があって呼び出されたわけではないということがわかり、遥は少し肩の力を抜いた。
「まぁ、基本的にはこれまでと変わらないんだけど、やることになってるのね。それで、今年度の総括ですが、いろいろな面で我々をサポートしていただいて、すごく感謝してます。業務上もコミュニケーション的な面でも、こんなお給料でお願いしているのが申し訳ないくらい。こちらからなにも言うことはありません。」
「ありがとうございます。」
室メンバーが評価してくれているのは雰囲気から感じていても、正面切ってそう言ってもらえると嬉しいものだ。我知らず、頬が緩む。
「えーっと、それから来年の仕事内容ですが、今年をベースにこの紙のように作ってます。何か足し引きするものはありますか?」
差し出された紙にざっと目を通す。だいたい網羅されているようだ。
「大丈夫です。」
返事しながら、何かが引っ掛かる。この手の話で確認しなければいけないことがあったような。
「……あっ。」
「どうしました?」
「……契約の更新の意思って、今言わなきゃですか?」
「「え?」」
全く予期しない発言だったようで、木村と鳥越が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。しばしフリーズしたあと、木村が何かに気づいた。
「……あ、そっか。旦那さんの修行期間が終わるんだ。」
「何ですか?それ。」
そういえば鳥越には話してなかった。
「はるちゃんのご主人、地元支社の所属で、出来すぎて本社にとりあえず2年間の修行に出されたのよね?」
「出来すぎてというか、なんというか……それで、本社に残るか戻るか、そもそもどっちにも選択肢があるのか、細かいことがまだ分からなくて。この職場はすごく居心地よくて、個人的にはまだ続けたいですけれど……」
「そういうことですか……」
やっとフリーズが解除された鳥越が、手持ちの資料をぱらぱらとめくる。
「もし更新しないのであれば、今月中に言っていただけるとありがたいです。こちらも募集とか、採用活動がありますので。」
「……言っても転勤ですから、どうなるか。まだ、夫に意思の確認も来てないはずです。」
「確かに、そうでしょうね。」
役所は、転勤込みの異動は2週間前の通告だ。本人は引っ越せばいいが、振り回される周りはたまったものではない。遥の夫、聡太は公務員ではないが、男性とそれに付随するべき専業主婦と子供たちを前提としているところは、程度の差はあれ似たようなものだ。
「一度持ち帰って相談してみます。ただ、1月中にお返事できるかは……」
「我々の方も、どれくらいまで保留できるのか確認しておきます。」
「ちなみに、喬木さんも鳥越さんも私も去年変わってないから、今年は異動の可能性高いんだよね。」
「そうですね。僕は四月から居ますからそろそろ丸2年になりますし。」
「あ、そっか……」
わいわい楽しくやっている政策推進室も、メンバーはもうすぐ替わる。それを軽いノリながらもきっちり突き付けてくる木村に、少し恨めしい気持ちもわいてくる。
「まぁ、その辺も踏まえて判断をお願い。我々としては、できるだけ希望に添えるようにするから。」
「はい。」
そうは言われても、ことは人生の岐路である。聡太とは、誘われればこのまま東京に残るのか、それとも地元に帰るのかといった話もきっちりとはしていない。
帰って聡太と話をするしかない、とは分かっているものの、執務室に戻っても遥の心は沈んだままだった。前職を辞めたときのことも頭をよぎる。この仕事とメンバーは、そのときにも負けず劣らず、仕事をしていて楽しいメンバーだった。
(ついていくのを決めたのは、私だけど。)
でも、やはり思うものはある。
たった10分にも満たないミーティングだったが、遥にとっては、朝のワクワクした気持ちが吹っ飛ぶには十分な時間だった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は来週前半から半ばです。




