第26話 法令になる一歩前(前編)
お待たせしました。お仕事回です。
続きます。
※ルビのミスを見つけたので直しました。
「はぁぁ。このシーズンが来たねぇ…」
「来ましたねぇ…」
PC画面を見ながら木村と鳥越がぼやく。年が明けてしばし。国会が始まる頃から、法令協議の連絡が増える。
法令協議とは、各省が法律や政令の改正を行う際に、他の省や省内の他部局に「これでいいですか?」と照会をかけるものをいう役所用語で、別名、各省協議ともいう。ちなみに法律案に関しては閣議決定で国会に提出、政令だと閣議決定することで内容が決定するので各省協議が必要だが、省令以下だと大臣がOKすれば出せるので省内だけでよく、法律案や政令ほどかちっとした手続きは不要である。
「面倒くさそうな顔ですね…」
苦笑して遥は声をかけた。木村も鳥越も、台詞もだが顔に「うんざり」と書いてある。
「だいたい、揉めるのはたちが悪いのが多いからね…」
「…そうなんですか?」
「そもそも、普通は揉めそうなものならこんなぎりぎりまで引っ張らないで事前に処理するー」
「なるほど…」
あからさまに関係のありそうな場合、たとえば地域のナンタラ協議会の設置を義務付けて、別の省の機関(たとえば警察署長)や所管業者(たとえば商工会議所)などに出席を求める場合などは、基本的にもっと前の条文を検討している段階で、お知らせと「これでいい?」という確認が来るらしい。
ただ、条文検討段階では、こういった確認と並行して、省内や法令を審査する内閣法制局でも条文の精査を行っている。よって、事前に確認が来た文章から数日置いただけでも書き方が大幅に変わり得ることとなり、結果的に一月前に来た照会時と最終的な法令協議で配布された条文が全然違うなどということは日常茶飯事らしい。
「大抵は、『この程度の改変なら問題ないッスー』とか、場合によって『この条文は、○○という趣旨か。当方は余計な義務を負わないと解してよろしいか。』とか確認して終わるんだよね。」
「確認して、っていうのは…」
「これは一応正規の手続きだから、ちゃんと右肩にクレジットつけて正式文書でやりとりするよ。」
「なるほど。」
電話やメールでは重みが足りない、ということらしい。
「ただ、法令協議って基本的に閣議決定まで時間がない状態でやるから、揉めたときが悲惨でね。」
「そういうこと、あるんですか?」
「たまにねー。」
あっさり言いつつ、苦い顔をする木村。
「揉めるのはだいたい2パターンあるのね。もともと話を持っていってたけど、法令協議までに話がつかなかったやつか、見逃したり敢えて無視してたりして事前の相談をしてなかったけど実は致命的だったパターンと。」
「…どっちもすごいことになりそうですね。」
「だいたいは担当者レベルで終わるんだけど、知ってるケースでは最高で副大臣まで行ったかなー。」
「わぁ…」
「んで、今揉めそうなのはコレ。」
木村が、各省が提出予定の法律案の名前を、それぞれ三行ほどの解説とともに表形式にまとめたものをぺいっと遥に見せた。一つの法律案の欄にマーカーが引いてある。
「…あるんですね。」
「あるんですわー。」
お互いに苦っぽい顔で曖昧に笑うしかなく、遥は口に出さずにやれやれ、と呟くのであった。
***
件の法律案は、中身としてはそう複雑なものではない。
他省の所管法の1つを改正する法律案で、大臣が国全体の計画を作り、それに従って都道府県が都道府県計画を、市町村が市町村計画を作った上で、会社を含めた民間が市町村計画に適合するように申請をし、認定が得られたら補助金が出たり、法律の特例が得られたり、というメリットがある、というパターンの、木村に言わせればよくある法律とのことだ。
「よくある、ってーか、市町村もナンタラ計画ばっか作らされて大変よねー。」
「…木村さん、なんかいつも以上にいきいきしてません?」
聞いてもないのに嬉々として解説してくる木村に、遥は思わず突っ込んだ。そもそも、こういったときに解説するのは鳥越が多く、木村はいつもはコメントを挟む程度だ。
「…法律がらみは一応私のフィールドなもんで。」
「補佐、マニアですよねぇ…この手の話になると目が違いますもんね。俺、意味わかりませんもん。どこが楽しいのやら…」
「いや、マニアってのはもっとディープな人をいう。私はただの下手の横好き。」
「…ええぇ。」
「ガチのドルヲタと、主要メンの顔と名前が一致する程度の一般人くらい違う。」
「…その例えがまずわからん!」
聞いていた喬木が突っ込む。
「ええぇー。じゃ、プロのオーケストラ団員と吹奏楽部の中学1年生とかですか?」
「…多少分かるようにはなったが。」
そう言う彼は技官なので、木村とは別の場面で、これまた特定分野になるとえらく饒舌になるのは遥も経験している。
「マニアってのは、田原課長みたいな人のことをいうんですよ。若手だと間野さんとか。あの二人、何本法律あげたかで勝った負けたとかやってるんですから。」
「なんだ、そりゃ…」
「彼ら、更に法制局だ官房だで審査しまくってますからね。」
法制局は政府提出の法律案や政令を審査する組織であり、官房はそれの省内でのお世話や相談受け付けと、省令の審査を行う。いずれも法令に無性に詳しくなるのは間違いない。
「でも、お前も官房にいたろ?」
「私、行革やってたんで、あの頃ほとんど法令触ってないんですよ。法律がっつりやったのも二本くらいだし。」
「…なんか、私みたいな一般人からみたら大して違いが分かりませんが。」
「ですよね。俺にもよくわかりません。」
木村の強弁を、遥と鳥越がぶった切る。正直、二本だろうが十本だろうが、とにかくよくわからないことが仕上げられる人、ということには変わらない。
「…そう?」
「役所の方って、たまにそういうよくわからない違いを熱く語りますよね…」
「…いや、内部的に違いは大きいんだけどね。」
部下二人にあっさり否定されて若干気勢が削がれる木村。遥は少し可哀想になって、話を元に戻す。
「で、どこが揉めそうなんですか?」
「市町村が計画作るときに配慮するべき事項が一部抜けてるー。」
「そもそも、うちの関係の配慮するべき事項っていうのを、他省で条文書くのがなんか変なような」
縄張り意識の強い役所仕事で、自分の所管と関係ないところまで手を出そうとしたら猛反発が来るのは目に見えている。別に役所に個人的に縄張り意識の強い人間だけが集まっているという訳ではなく、担当者のうしろには上司はもちろん、場合によっては業界団体やら政治家やらがついていて、法令に限らず、下手を打つとあちこちに偉い人があたまを下げに行ったり火消しをしたり、最悪議員に頭を下げて国会レベルでの修正をお願いしたりと、大問題が発生するのだ。
「普通はそうだよねー。今回は違うらしい。」
「…普通ではないと。」
「なんでか向こうで書いてて、なんでか原課で折り合いがつかなくてねー。よくわからんよねー。」
本件は、政策推進室は応援部隊あり、直接担当している原課は別にいる。ただ、原課の法令担当が別件で取られているため、木村と鳥越が代わりに原課の意見を聞きながら調整をするということだ。
「まぁ、もう少し時間あるし、ちっと勉強しとくー」
そう言うと、六法と新旧対照表を引き寄せてぶつぶつ呟きながら悩み始める木村。久しぶりに見た真剣な顔に、そういえばこの人ただのボケキャラじゃなかったんだった、と改めて思い出す遥であった。
***
数日後。
省の掲示板を確認していた鳥越が、「例の、来ましたよ」と声をかける。
「はいなー。とりあえず、原課に送りましょー」
「CCに補佐入れますね。」
「はーい、お願いしまーす。〆切いつー?」
「質問が明後日のお昼ですね。」
「じゃ、こっちの〆は明日の午後3時。」
案外穏やかな滑り出しに、若干拍子抜けする遥。
「割とのんびりなんですね。」
「最初はね。それで少なくとも質問の8割は落ちるし。でも、昔はもっとショートだったり、仲悪いとこどうしだと100問とか爆撃したりとかいろいろあったらしいよー」
ショート、とは〆切が短いことをいい、場合によっては発信から30分で〆切が来たりすることもある。ショートノーティスとも言う。「五月雨ですみません」と共に、役所でしか使われないかもしれないローカルなビジネス用語だ。ちなみに「五月雨」とは、同じ案件についてぽつりぽつりと断続的に依頼する場合に使われる。
「…仲悪いって。」
「似たようなことやってるとこは仲いいか仲悪いかどっちかが多いんだよねー。私はアホみたいと思うけど。」
「はぁ…」
「有名なのは、経産省と総務省のインターネット関係とか?正直、普通はほとんど違いがわからんよね。」
「はぁ…」
「自動車業界は経産省で、バス、タクシーや道路は国交省、とかもありますね。」
「そもそも、省庁再編前はバスやタクシーと道路も違う省だったしねー。」
「タテ割りですねぇ…」
「知りあいいるけど、道路の構造とかどこに通すかと、運転手の労務管理とか安全対策とかを同じ部署でできるわけないじゃん、って言われたけどね…」
「…まぁ、そういえばそうですけど、電車とかは同じ会社でやってますよね?」
「内部で別れてるけどね。」
「うーん。」
遥としては、タテ割り感がどうにも納得できないのだが、そうかと言って中の人の話を聞くと仕方ないような気もする。
「それにしても、それで仲悪いから無駄に仕事増やすってのは…」
「ま、今はない、と思う。昔はなんだかんだ余裕あったのよね。子供っぽかったとも言うし。」
「それで仕事しかできない、俺は忙しいんだとか言われても…」
「本人たちは本気でやってたと思うよ?今と価値観が違うから仕方ない。鬼畜米英!って言ってた人に『いやアメリカとは仲良くしないと…』とか言ったって仕方ないし、戦国時代の人に人殺しダメ!って言っても通じないのと一緒だわ。」
「歴史レベルですか。」
「世の中の変化が早いからねー。」
そこまで割り切るには、遥にはもう少し修行が必要そうである。
「それはそうと、やっぱり揉めそうなんですか?」
「うーん、これじゃあね。ことここに及んでは向こうは基本的に修文は受け付けないだろうけど、一応修文意見は出すんだろうな…」
「つまり、揉める訳ですね。」
「…せめて課長クラスで納めたい。」
「…そうですねぇ。はぁー」
鳥越が深いため息をつく。
「原課が法令知らないから、この段階から修文させられると思ってるのが正直辛いよねー…」
「早いとこ補佐か、せめて総務課に相談に来てくれれば良かったんですけどね…」
「まぁ、そういう発想ない人多いよね。技術の人は特に。」
「法令担当が何やってるか分かってる人が少ないですからね…」
結局、法令は日本語なので、経済職だろうが技術職だろうがそれっぽく書くだけなら書けてしまう。故に、「誰でもできることに勿体つけやがって」的な扱いを受けることが割と多い。
多いのだが、法律、政令等々の各種類を使い分け、かつどういった言回しでどこにどのタイミングで何を書くのがいいのか、または消したらいいのかといったことは地味に専門的で、法令に従って仕事をする行政には法令担当がいないと話にならないのだ。
「ま、とりあえず早めに〆切きって、原課の詰まってない質問を法令協議っぽく書き直すとこからだねー」
「あ、それで前日3時なんですね。」
「ほんとは正午って言いたーい。」
「それはさすがに原課に文句言われそうです。3時も怪しいですが。」
「私悪者にしていいから、3時は厳守でお願い。課長に上がってなくていいから。」
「書いときます。」
さくさくとメールを作成して送信する鳥越。次のステージは翌日に持ち越されたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
法令協議はいろいろ前提があるので、それを解説すると一回ぶん(目安4000字台)を消化するという…
次回、揉めてる現場をどう納めるか、とても役所らしい(!)仕事の話になります。




