表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/30

第1話(4)







瑠は、適量の水をやかんに注ぐとそれを火にかけた。

数分後…

「ピ・・・・・」

やかんが微かに音をたてる。

瑠は、大きな音が響く前に素早く火を止めた。そして、二つのマグカップにカフェオレの粉をいれる。次に、やかんのお湯を注げば、カフェオレはほぼ完成だ。

「・・・・よし」

瑠はスプーンでそれをかき混ぜた後、そう呟いた。

・・・瑠がその言葉を発したのは、カフェオレが完成したからではない。

本当の理由は・・・・・

(これでやっと仕事ができる・・・)

「トイロ・・・鎌は使えるよな。そろそろやるぞ」

瑠は前を見たまま、後ろに立っているトイロに出来るだけ小声でそう言った。

「・・・・うん」

トイロの声が聞こえた次の瞬間に、彼女の気配は消えた。

瑠はゆっくりと後に振り返る。

すでに、ソファに座っている朝菜の目の前に、トイロの姿があった。

朝菜はトイロのことに気づく様子もなく(当たり前だが)、暇を潰すため自分の指をいじくっている。

その時、トイロの手の中に白く輝く大きな鎌が現れた。

(トイロっ・・・やれ!)

トイロは、瑠のことを一瞥し頷くと、鎌を大きく振り上げた。そして、大きく朝菜の体を切り裂いた。

それと同時に、朝菜の体からたくさんの光の粒があふれ出す。

(・・・・よしっ!)

その光の粒は、次々とトイロの体の中へと消えていく。

トイロは満足げに微笑んだ。

「朝菜ちゃんの“気”ってすごく美味しいんだね」

トイロは朝菜の隣に腰を下ろしてそう言ったが、彼女からは何の反応もない。

朝菜の手の動きは既に止まっており、彼女のまぶたはゆっくりと閉じていった。

「・・・また朝菜ちゃんの気もらっていいかなぁ」

トイロはそう呟く。

「トイロ。また、なんて無いかもしれないぞ」

「!・・・・」

瑠は、トイロの隣で小さな寝息をたてている朝菜にゆっくりと近づいた。そして、ソファの背もたれに手を置く。

「俺が我慢できずに・・・朝菜の記憶をすべて夢に変えたら・・・・この朝菜は“朝菜”じゃなくなるからな・・」

瑠は朝菜を見下ろすと、口元に不気味な笑みを浮かべた。


♪ピロピロピン~ピロロ~♪


とその時、朝菜の携帯が鳴った。

朝菜のバッグの中から聞こえる。

「トイロ。もっと朝菜の気をとるんだ」

瑠はトイロに早口でそう言うと、朝菜のバッグを何の躊躇いもなく開けた。

トイロは立ち上がると、手に持っていた鎌で朝菜の体を切り裂く。

そこからまた、光の粒が溢れだした。

朝菜は「・・・んー・・」と声を漏らしただけで、起きるということはしなかった。

瑠は、朝菜のバッグから鳴りっぱなしの携帯を取り出すと、それをひらく。

「!・・・」

ディスプレイには《着信中―― 兄 ――》という文字が映っていた。

「――・・・」

瑠はそれを見ると、鼻で笑い、携帯の着信を切る。

「朝菜の夢は俺がもらいますよ・・・」

瑠はそう呟くと、携帯を朝菜のバッグに戻した。



「何ででないんだよ・・・」

翼は眉間にしわを寄せ、携帯を閉じる。

いつもならとっくに帰ってる時間なのに、朝菜はまだ学校から帰っていなかった。

また本屋にでも寄っているのだろうか。

翼は、あいつのこともあり、朝菜に出来るだけ早く帰ってきてほしかった。

それに、明も既に家に帰ってきている(今日は、早めに仕事が終わったらしい)。

翼は、携帯をポーンとベッドの上に投げると、仰向けでベッドに倒れる。

もう外は夜に近づき始めている。

空の大半は闇色に染まり、翼の部屋も薄暗かった。

《早く契約しないと死にますよ。平野センパイ》

「!・・・」

ふと、西園寺の言葉が頭に浮かんだ。

・・・そう。俺たち“スイマ”は人間の“気”を生きる源としている。

しかし、人間の気をとることは決してよいことではない。むしろ“悪いこと”だ。・・・たとえそのことが、生きる源だとしても。

人間の気をとることは、その人間の行動を制限することになってしまう。つまり一時的にでも、その人間の行動を操れるということだ。

しかし“ムマ”と契約することで、それは許される。

ムマは、気をとられた人間の中にしか侵入できない。

そして、ムマの力は人間にとっては必要不可欠な力だ。・・・ムマが仕事をしないと人間は、破れる。

つまり、スイマはムマに協力することによって、その行動が許されている、ということだ。

(でも・・・俺は・・・)

そう、自分はまだ、パートナーのムマを見つけていない。

いや・・・見つけたくない。と言うほうが、今の自分には合っているかもしれない。

自分は完全なスイマになることを恐れている。

もし、契約したムマが西園寺みたいなやつだったらどうする?

一回契約すれば、そのムマが死ぬまでその契約は解くことができない。つまり、そのムマが好き勝手やってまた、大切な誰かを失うようなことになっても、そのムマに協力し続けなければならないのだ。

それは裏切りになってしまう気がする。

記憶を失った母への、そしてそのことによって苦しんでいる父への。

朝菜はもちろん、そのことを知らない。いや、知ってはいけない。

こっちの世界のことを知ってしまったら朝菜は“ある運命”から逃げられなくなってしまう。・・・何も知らないほうが幸せだ。

翼は大きなため息をつくと、ゆっくりとベッドから体を起こした。そして、洋服のそでを捲くる。

そこの腕にはツタに似た模様が、肩から手首にかけて刻み込まれている。

これはスイマだという証。

逃げられない証。

そして・・・自分にとってこの印は、呪いの印でしかなかった。

「翼。朝菜はまだ帰ってこないのか?」

「!」

驚いて声の方を見ると、部屋の入り口の前に明の姿があった。

「・・・あぁ。本屋にでも寄ってるんじゃねぇーの」

「・・・そうか。夕食の用意ができたんだが・・・」

「・・・」

少しの間のあと、また明が重々しく口を開いた。

「翼・・・。夜はムマとスイマが支配する時間だ。もうすぐ夜はやってくる。・・・・本当に朝菜は無事なのか・・・?」

「!・・・・・・」

(もしかしたら・・・・!)

翼の心臓の鼓動が一気に早くなる。そして、最悪な考えが頭を過ぎった。

・・・朝菜は西園寺と同じクラスだ。

西園寺は朝菜の夢を狙っている。

もし西園寺が「漫画貸すから」などと言えば、漫画好きの朝菜は「やったー」などと言って、何の疑いもなく西園寺の家にでも行ってしまうだろう。

そう。翼たちの手の届きにくいところへ朝菜は誘い込まれてしまう。

翼は勢い良くベッドから立ち上がり、歪んだ瞳で明を見た。

「朝菜が危ないかもしれないっ・・・」



「さてと・・・」

瑠がそう呟くのと同時に、彼の髪がみるみるうちに銀色に染まり、そしてその瞳も銀に染まっていった。

瑠は“ムマ”の姿になったのだ。

「じゃ・・・行ってくるからな」

瑠は後ろに立っているトイロにそう言うと、ソファで眠っている朝菜に目線を落とす。

「・・・うん」

「朝菜が起きそうになったら・・・頼んだぞ」

「・・・分かった」

トイロの声とほぼ同時に、瑠はその姿をかき消した。



朝菜は、長い列の一番後ろに並んでいた。

周りには何もなく、ただ白い空間が支配している。

朝菜の前に並んでいる人々は、大人や子供、いろいろな人がいるようだ。

「・・・・?」

朝菜はおかしな点に気づいた。

この場所にはあるものがなかった。それは・・・・音だ。

こんなに多くの人がいるのに、話し声さえ少しも聞こえない。

まるで、この白い空間が全ての音を吸収してしまったかのようだ。

(・・・皆、何のために並んでるんだろ)

朝菜は“音がない”ということより、そっちのほうが気がかりだった。

朝菜は思い切って、前の人の背中に声をかける。

(あのっ・・・)

しかし、声がだせない。・・・いや。口が開かない。というか・・・・。

(口ってどうやったら開くんだっけ・・・?)

朝菜が口を開こうとしても、その口は軽く閉じられたままだ。

・・・まるでこれでは“口を開く意志”がないみたいではないか。

「・・・・」

朝菜は口を動かすために、わざと笑ってみようと試みた。

(何これ・・・)

口が動かない。動かし方が分からない。

朝菜は恐ろしくなった。

このままずっと、口が開かなかったらどうしよう。

朝菜はどうにかして、口の動かし方を思い出そうとした。

・・・やっぱり動かない。

どうしようもないので、朝菜は他の人々の様子をうかがい見ることにした。

・・・人々に怪しまれないように、列に沿ってゆっくりと歩きながら、後ろにそっと振り返る。

「!!・・・」

朝菜はその光景に凍りついた。

列に並んでる人々は皆、同じ表情を浮かべていた。・・・すべての人々が無表情だった。

そして朝菜は気づいてしまった。自分も無表情だったことに。

いくら驚いても、自分の表情が動いた感じがしない。

・・・まるでこれでは“全く驚いてない”ようにしか見えないではないか。

人々の表情がないと、余計に分からない。・・・この列の先に何があるのか。

「!!」

朝菜は隣に人が立っていることに気づき、驚いてその人の顔を見た(相手から見たら、まったく驚いていないように見えるだろう)。

彼は美しい銀の髪を持っており、そしてその瞳も美しい銀色だ。しかも、彼の右腕にはツタの模様のような印が刻み込まれている。

そして、彼は間違いなく・・・・瑠だった。

瑠は朝菜のことを見て、微笑む。

(・・・瑠?)

そして、瑠は手に持っていたあるものを朝菜に差し出した。それは・・・レバーだった。

四角いコンクリートに、レバーだけがついている。

(・・・何でレバー・・・?)

レバーと言えば、機械などを動かす時に、押したり引いたりするものだ。

こんなコンクリートにレバーだけがついたものが、何の役に立つというのだろう。

「・・・・」

朝菜は疑いの眼差しで、瑠を見た。

瑠は相変わらず微笑んでおり、何を考えているかは分らない。

「はい。これ」

瑠はその怪しげなレバーを、手に取るよう朝菜に促す。

「・・・・」

朝菜は促されるまま、そのレバーを手に取った。

そのレバーは、ずっしりと重かった。

「それ、引いてみてよ」

「・・・・」

朝菜はほとんど迷うことなく、レバーの取っ手に手をかける。

このレバーを引いたらどうなるんだろう・・・。好奇心が止まらなかった。それに、このレバーはただのレバーではない。そんな感じがした。

(きっと・・・何かが起こる・・!)

朝菜はレバーの取っ手を強く握りしめると、思い切り自分の方へ引いた。

ガシャン!!

「!!」

つぎの瞬間、周りの景色が一変した。

朝菜は暗闇の中、一人で立っていた。

いや、正確に言えば、ただの暗闇ではない。朝菜の頭上に広がるのは夜空だ。しかし、月や星はでていなかった。

そして、朝菜の目の前には、大きな背の高い建物がそびえ立っていた。

それは全身、暗い色の木で造られており、何となく全体の作りは学校に似ていた。

その建物の次に朝菜の目にとまったのは、森だ。その建物と、朝菜を取り囲むようにして、夜の色で染められたその森はそこにあった。

「何・・・ここ?」

朝菜は辺りをぐるりと見渡しながら呟いた。

どうやら声はでるらしい。

そして、顔の感覚も普通に戻っていた。しかし、朝菜は怖かった。ここにいることが。

電気の燈っていない建物。そして真っ暗な森。ここには光がなかった。

しかし、光がないはずなのに、朝菜はそれを認識することができる。

さっきの空間といい、ここの空間といい、何かがいつもと違う。

ここは・・・きっと現実ではない。

「朝菜。gameの始まりだよ」

「!!」

気が付くと、建物の入口にある柱に寄り掛かっている瑠が、こちらを見ていた。

朝菜は瑠の銀の髪と瞳を見て、一瞬ドキリとする。

「ここ・・・どこなの?それに・・・瑠は一体・・・」

「話をしている暇はないよ。朝菜。

もうゲームは始まったんだ。楽しい楽しいゲームがね・・・」

「は・・・!?」

朝菜は顔をしかめる。

瑠は不気味な笑みを浮かべて、朝菜に近づいてきた。

「これは俺と朝菜のゲームだよ。

朝菜はさっきと同じレバーを“ここ”で見つければいい。たったそれだけ。

でも、できるだけ早くね。早くしないと、俺が朝菜の大切なものを全部奪っちゃうから。

全てを奪われる前に、朝菜がそのレバーを見つけ、レバーの取っ手をもとに戻せば朝菜の勝ちだよ」

瑠は朝菜の前で歩みを止めた。

「じゃ・・・ゲームを始めようか」

瑠はその言葉を残して、瞬時に姿をかき消した。

「・・・消えちゃったし・・・」

朝菜は茫然と立ち尽くしてした。

(大切なものって・・・いったい何?)

命?家族?友だち?

朝菜には、大切なものが確かにある。

瑠は、朝菜の大切なものを本当に奪うつもりなのだろうか?

「・・・・」

朝菜は、それが本当になってしまう気がしてならなかった。

あの銀の瞳を歪ませて、不気味に笑う瑠の姿を見てしまったのだから。

・・・それなら早く、“レバー”を見つけるべきではないだろうか。

しかしそれは、難しいことになりそうだ。

・・・なにしろ、この空間は不気味だ。

うっそうと茂る森。光のない空。そして・・・明かりが燈っていない木の建物。

(怖いっ・・・)

朝菜はその場で固まってしまった。

目の前にある建物の中へと続く入口を見るのでさえ、恐怖を覚える。

木々の葉が風に揺られる。

真っ黒な木々たちが喋り出す。

ザワザワザワ・・・・・

「っ・・・」

朝菜は耳をふさぎたくなった。

まるで、多くの人間たちが囁いているみたいだ。

「これから怖くて恐ろしいことが待ってるよ」と。

(誰かっ・・・助けてっ・・・!)

「らーらー・・・らー・・・♪」

「!?・・・」

(誰か・・・歌ってる・・?)

朝菜は、鼓動が速くなるのを感じながら、その声に耳を澄ました。

「・・・・らー・・・♪」

耳に届く、その微かな歌声は、建物の中から聞こえるようだ。

「中に誰かいるんだ・・・」

朝菜は、呟くようにそう言うと、恐る恐るその扉の前まで歩み寄る。そして、ゆっくりとドアノブに手をかけた。

ギギー・・・

朝菜は丁寧にその扉を押した。

その木の扉は、古めかしい音を出しながら開いていく。

建物の中は、やっぱり暗かった。

まっすぐに続く暗い廊下と、その両側には幾つもの扉が並ぶ。そして、その扉は皆、きっちりと閉まっていた。

朝菜は、廊下の突き当たりに、階段があることに気づいた。まっすぐに続く階段。

しかし、ここからでは二階が見えなかった。

・・・やっぱり不気味だ。

「誰かいないのー!?」

朝菜は怖さを紛らわすためにも、大声で叫んだ。

・・・さっきの歌声は、聞き間違いだったのだろうか。

「わ!!」

「!!!!」

突然、視界の下から女の子が顔をだした。

朝菜は声が出せないほど、驚いた。

「ははっ♪驚いた?」

「!・・・・」

朝菜はその女の子のことを凝視していた。いや、正確には、彼女の髪を凝視していた。

彼女の耳の上で二つに結わえた髪は、自分と同じ金色だった。

この空間では、瑠の銀色以外、明るい色は見たことがなかったのに。

「ねぇ。私の歌が聞こえたから、ここに入ってきたんだよね」

女の子は得意そうに、その瞳を見開いて微笑んだ。

「うん・・・」

朝菜は、戸惑い気味にそう言う。

女の子は朝菜の言葉に、ニッコリと笑った。そして、くるりと身を翻すと軽い足取りで、つき辺りの階段まで足を運ぶ。そして朝菜に振り返った。

離れた場所に立っている女の子の優しい声は、しっかりと朝菜まで届いた。

「楽しい楽しいゲームが始まった。

でも心配御無用。

朝菜は特別。

私も特別。

だって、金の髪と金の瞳の持ち主。

この空間は私たちのもの♪」

「・・・・は?」

女の子は歌うようにそう言うと、その階段を素早く駆け上がった。

そして、彼女の姿はあっという間に見えなくなってしまった。

女の子の言葉は謎めいていた。自分は、金の瞳なんて持っていないのに。

しかし、これだけは分かった。

“心配御無用”

朝菜はゲームに勝つことができる。・・・そういう意味なのだろうか。

(・・・何であの子・・・私の名前、知ってるんだろ・・・)

しかし朝菜はそのことにかんして、あまり気にしないことにした。

だったここは、現実ではない。

・・・現実界の常識で、考えてはいけないんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ