第1話(3)
「朝菜ー。今日の放課後、暇?」
遥香がバドミントンのネット越しに、朝菜に話しかけてきた。
遥香はそれと同時に、ハネを朝菜のほうへ飛ばす。
ハネは、大きな半円を描いてネットの上を通り過ぎた。
「あ・・・暇だよ」
朝菜はそう言うのと同時に、遥香へハネを打ち返した。
「悪いんだけどさ、買いたいCDがあるの!付き合って?」
「うん。OK」
朝菜は即答した。
恐らく、遥香の言っている店は近くの本屋だ。
その本屋は、CDはもちろん売ってるし、ビデオレンタルやCDレンタルもやっている。そして、漫画も売っている。
朝菜は、遥香の付き添いついでに、漫画コーナーも覗いてみようと思った。もしかしたら、面白い漫画が見つかるかもしれない。
「あ」
打ち返そうとしたハネが、鈍い音をたて、ラケットの端に当たった。そのハネは、なすすべなくネットに引っ掛かり、床に落ちる。
「ごめんっ」
朝菜がそう言うと、ネット越しの遥香は苦笑していた。
朝菜は早足で落ちているハネのところまで行くと、それを拾うためしゃがみ込む。
「あれ?西園寺君、今来たみたい!」
「!」
朝菜は立ち上がると、体育館の入口に目をやった。
丁度、瑠が体育館に入ろうとしている姿が目に入った。
(ほんとだ・・・)
朝菜は瑠が体育館に来ないわけは、さぼりの可能性が高いと思っていたので、そのことが意外に感じられた。
瑠が、体育館に入るや否や、先生は瑠に歩み寄った。そして、二人は立ち止って、何か話をしているようだった。
もちろん、その会話の内容は、ここからでは聞き取れない。
おそらく、遅れた理由を聞かれているのだろう。
(・・・どうでもいいや)
「遥香ー。続きやろう?」
朝菜はハネを拾い上げた。
「そうだね」
朝菜は、適度な距離まで後に下がると、勢いよくハネをうつ。
そして朝菜は気づかなかった。
瑠が朝菜のことを見て、不気味笑みを浮かべていることに。
そして放課後・・・・
朝菜は、遥香と一緒に昇降口からでた。
今日は、7時限目まであったので、今の時刻は約5時。
そして、季節は冬なので、日の入りは早く、もう辺りは薄暗くなっていた。
「さっさと行って、ちゃちゃっと買うから!」
遥香はそう言うと、歩調を速めた。
「うんー」
朝菜も遥香に追いつくため、歩調を速める。
「あ!!自転車で来たんだ。今日」
朝菜は重大なことを思い出し、立ち止まった。
遥香は、振り返ると、曖昧に微笑んで言う。
「ん~それじゃ~自転車とってきちゃえば?待ってるからー」
「うん。分かった」
朝菜はその言葉を残して、早足で駐輪場へ向かった。
朝菜は、遥香のところまで来ると、自転車からおりた。
遥香は電車通学なので、自転車には乗らないからだ。
「ごめん、遥香」
「大丈夫だよ!・・・それじゃー行くか!」
「うん」
朝菜はそのまま自転車をおしながら、遥香の隣を歩く。
「朝菜!」
「!」
丁度、校門を出たところで、誰かに呼びとめられた。
振り返るとそこに、瑠がいた。
「朝菜、今日、暇?」
「・・・あー・・・」
朝菜は、突然の瑠の登場に、内心かなり焦っていた。
今は、はっきり言うと、瑠と会話をしたくない。
一人の時ならまだいいが、自分の隣には遥香がいるし、丁度、下校時の校門に自分はいる。もちろん、人の数は、多い。
もし、この光景を千絵やクラスの人に見られたら、また嫌なことを言われるかもしれない。
(それも、瑠は私のこと呼びつけで呼ぶし・・)
朝菜は、遥香の顔を盗み見た。
遥香の表情には、明らかに驚きが混じっているように見える。
「ねぇ。今日、暇なの?」
「あっ・・・今日は、遥香と買い物に行くんだけど・・・」
朝菜は、同じ質問を繰り返す瑠の言葉に、ドギマギしならがら答えた。
「西園寺君、別に私は大丈夫だよ。明日でも行けるし。だから、朝菜は今日、暇だよ~」
「え・・・」
陽気にそう言う遥香に、朝菜はショックを受けた。
せっかく、瑠の用事を断る口実があると思ったのに。
「ありがとう。神月さん」
瑠は、満面の笑みで遥香にお礼を言った。
「どういたしまして!じゃね、朝菜!」
遥香はそう言うと、可愛らしく手を振って朝菜に背を向ける。
「・・じゃーね・・・」
朝菜は、遥香を呼びとめることもできずに、彼女の後ろ姿を見送った。
遥香が去ってから、瑠はすぐに口を開いた。
「今日、俺の家に遊びに来ない?」
「えっ・・・」
朝菜は言葉を詰まらせる。
そんなこと、男子に言われたのは初めてだ。
「・・・でも、何して遊ぶの?
もう五時だし・・・。あまり時間ない感じがするけど・・・」
そのことが理由で、遊ばなくてすむかもしれないと思いながら、朝菜は言った。
(うちら友だちって感じの関係じゃないし・・・遊んだとしても、微妙なあたりになりそう・・・)
それなら、遊ぶのはごめんだと思った。
「俺と一緒に遊んだら、俺の秘密が分かるかもよ?」
「!・・・」
朝菜は、瑠の表情を伺った。彼は、口元に薄い笑いを浮かべている。
何を考えているかは分からない。
「・・・・・・」
(簡単には、教えてくれなそうだけど・・・)
「あっ、それと漫画貸してあげるよ。俺、たくさん持ってるから」
「!・・・」
(・・・・やった)
悪い話ではないかもしれない、と朝菜は思った。
もしかしたら、瑠の秘密が分かるかもしれないし、漫画も貸してもらえる。
「ありがとう・・・。それじゃ、瑠の家行くから・・・」
「OK」
瑠は、先頭を切って歩き出した。
朝菜もそれに続く。
「どのくらいかかるの?」
朝菜は、瑠の後頭部を見ながら言った。
「あと少しだから」
瑠は肩越しに振り返って、そう言う。
「そうかー」
「・・・朝菜はどうして、俺の隣に並ばないの?そんなに俺のこと嫌い?」
瑠は立ち止まると、朝菜の方に振り向き、不機嫌な顔で言った。
「べっ別に嫌なわけじゃないよ。・・・だって、自転車あるし・・・並んだら歩きずらいかなって思ったんだよ・・・」
「・・・・」
朝菜は、無理のある言い訳だと思いながらも、言わずにはいられなかった。
人を傷つけるのは、悪いことだと思うからだ。
瑠はやっぱり、不機嫌な顔で朝菜を見ている。
「ちょっと貸して」
瑠はそう言いながら、自転車のハンドルに手を伸ばしてきた。
「!・・・」
朝菜はすぐさま手を引っ込めて、瑠にハンドルを譲る。
そして瑠は、何のためらいもなく自転車にまたがった。
「!?」
「朝菜、後ろに乗れば?これなら歩きずらくないし、速く家に着けるし、一石二鳥だろ」
瑠はそう言って、学生鞄を前かごに入れる。
「・・・・」
(それはそうなんだけど・・・)
確かに、歩きずらいと言ったのは確かに朝菜だ。それに、ここで断れば、また「嫌いなの?」などと言われるのは目に見えている。
幸い、周りには学校の生徒はいないようだ。
「・・・それじゃ、お願いしますっ」
朝菜はぎこちなく、自転車の荷台にまたがる。
「つかまってれば?落ちるよ」
「・・・あっ・・・」
朝菜は戸惑いながらも、瑠の腰辺りに腕をまわした。
そして、自転車はゆっくりと走り出す。
もう辺りはほぼ暗くなっており、車道を走る車のライトも燈っていた。
朝菜は、次々と後に流れていく景色を見ながら思った。
・・・瑠は少なくとも悪い人ではないと。
瑠の家に到着した。
瑠の家は、アパートだった。
瑠は出入り口付近にある小さな駐輪場に、自転車をとめると朝菜のほうに振り返った。
「俺についてきて」
瑠はそう言うと、朝菜に背を向けて歩き出す。
朝菜もそれに従った。
瑠は、アパートの一階の一番奥にあるドアの前まで来ると、歩みを止めた。そして、バッグから鍵らしきものを取り出すと、慣れた手つきで鍵を開ける。
そして、瑠はドアを開けると中に入って行った。
朝菜も小声で「失礼します」と言うと、瑠に続いて部屋の中に足を踏み入れる。
瑠の部屋は、とても片付いているようだった。
壁際にはテレビ、そしてその向かい側には小さなテーブルをはさんで、青色のソファが置いてある。
そのテレビの横にある本棚の中には、漫画らしき本がぎっちりと並べて入っていた。
「そこらへん座ってて」
瑠はそう言うと、リモコンで「ピピッ」と暖房のスイッチを入れる。
「分かった」
朝菜はしょっていたリュックを下ろすと、素直にソファに腰をおろした。
一方、瑠は、部屋のカーテンをサッと閉めると、キッチンに向かう。
(そうだっ・・・)
朝菜は、テレビの上に置いてあるデジタル時計を見た。
PM 5:54
普通なら、今頃は家に帰ってる時間だった。
朝菜はリュックの前ポケットを開け、そこから携帯電話を取り出した。
(一応、家に連絡しておくか・・・。お父さんは今、仕事中かもしれないから・・・お兄ちゃんでいいや)
朝菜は、慣れた指使いで、携帯を操作する。
そして、電話帳の「兄」の覧を開くと、本文に文字を打った。
『
友だちの家に寄ってるから、遅くなる~(>_<)
でもお父さんが帰るまでには、多分帰れると思う!
』
朝菜は、瑠の名前を出す気なんて、さらさらなかった。
男子の家にいくことは、朝菜にとって初めてだし、翼にとってもそのことを聞くことは初めてになるので、翼がどんな反応をするか目に見えている。
間違いなく、からかわれるのがおちだ。
朝菜は、文が打ち終わると、「確定」ボタンをおした。
次に、「送信」ボタンを押そうとしたその時・・・朝菜の手から、携帯を誰かが引き抜いた。
「!」
見上げると、瑠が朝菜の携帯を手に持っていた。
「ちょっと・・・」
瑠は、無表情の顔で携帯のディスプレイを凝視している。
朝菜は瑠から携帯を取り返すべく、慌ててそこに手を伸ばした。
・・・兄に送るメールを見られるなんて、恥ずかしくてたまらない。
瑠はくるりと朝菜に背を向けて、彼女の手から意図も簡単に逃れた。
「あっ・・・」
朝菜の目に映ったのは、本文の内容を取り消した後のディスプレイだった。
瑠は、朝菜の折り畳み式の携帯を閉じると、朝菜の方に向き直る。
「大丈夫だよ。家に連絡しなくても。すぐに帰れるから。・・・そんなに、朝菜のお兄さんは心配症なの?」
瑠は低い声でそう言うと、朝菜に携帯を手渡した。
「・・・んーー・・・まぁ・・・」
朝菜は、瑠の思いがけない行動に驚いた。
しかも何で怒ってる?んだろう。
(・・・っていうか、私にお兄ちゃんがいること知ってたんだ)
瑠は「温かい飲み物作ってあげるから待ってて」と言うと、またキッチンに戻って行った。




