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第1話(2)





朝菜は目を覚ました。

部屋の中は薄暗い。

朝菜は、枕もとに置いてある時計に手を伸ばした。

・・・布団からだした手が寒い。今日はとても冷え込んでいる。

朝菜は、その時計を顔の前まで持ってきた。

6時32分。

(起きなくちゃ・・・)

今日はよく眠れた気がする。変な夢もみなかった。

昨日、結局は徹夜をしてゲームをやってしまったせいだろうか。

朝菜は、まだベッドの中でゴロゴロしていたいという欲求をなんとか抑えて、ベッドから体を起こした。



朝菜が一通りの用を済ませて、居間に入ると、翼が席について朝食をとっていた。

「おはー。朝菜」

「・・・おはよう」

翼は、いつものように朝からテンションが高い。

翼は朝菜と違い、朝が弱いということはないようだ。

明はすでに仕事に出かけてしまっていて、家にはいない。

朝菜は、翼の前に置いてあるビニール袋に手を伸ばした。

その中には、買いだめされたパンが何個か入っている。

平野家の朝食はパン。

・・・このことは、だいぶ前から決まっていることだった。

朝菜はその中の「焼きそばパン」を手にとって、翼の隣の席に腰をおろした。

「あ!俺も、焼きそばパンだった!やっぱり兄弟だな~」

「・・・・」

朝菜は黙って、翼のほうを見た。

翼は既にパンを食べ終えていたが、翼の前には焼きそばパンのパッケージのはいった袋がある。

「そっか」

朝菜は素気なくそう言うと、自分の手に持っている焼きそばパンに目を移す。

「なんだよ~。つまらないなー。まっ、朝だし、朝菜だし仕方ないか」

「・・・・は」

朝菜は(心の中で)ため息をついた。

(・・・朝からテンション高すぎ・・・)

翼は、カップに入っている暖かそうな飲み物(多分、ココアだ)をグイッと飲み干すと、席を立った。

「じゃ、俺は補習あるから先に、学校行くな。

ちゃんと鍵、かけておけよ」

「うん」

翼はその後、慌ただしく居間を後にした。



朝菜はコートを着て、マフラーを巻いて、手袋をはめると自転車にまたがった。

12月の朝はとても冷える。それに加えて、自転車を走らせているときの頬に当たる風は、冷たいと言うより痛い。

それでも、朝菜の家から学校までそう遠くないということが唯一の助けだった。



朝菜は自転車で校門を通過すると、そのまま駐輪場へ向かった。

チャイムが鳴るギリギリのこともあり、駐輪場には多くの自転車がとめてある。

朝菜はその隙間に器用に自転車をとめると、バッグを自転車のかごから取り出した。

そして、急いで、人気のない駐輪場を後にすると、昇降口に向かう生徒の集団に加わった。

(・・・今日もあの人と会わないといけないのか・・)

もう、関わりたくないと思っても同じ高校、同じクラスといったら関わらなく済むはずがない。

朝菜はローファーをげた箱に入れると、上履きに履き替えた。

「おはよ。朝菜」

「おは・・・」

朝菜はそこで言葉を詰まらせた。

朝菜の目の前に立っていた人物は、今、まさに登校しました、という格好をした西園寺 瑠だった。

瑠は、親しみやすそうな笑みを浮かべている。

「・・・・」

朝菜はこの場を誤魔化すため、微笑んだ。そして、瑠と目が合わないようにして、彼の横を通り過ぎる。

朝菜は早足で教室に向かった。

チャイムが鳴る前に、教室に入りたいという理由と、瑠から逃げたいという理由があるからだ。

朝菜は、教室の前の廊下に入ったところで歩調を緩めた。

(・・・悪いことしたかも・・・)

驚いたからと言って、ろくに挨拶もしないでここまで逃げてきてしまった。

朝菜は浅くため息をついた。

・・・だからと言って、瑠と普通の人と同じように会話することは、朝菜にとって難しいことだ。

朝菜が瑠のことを全く知らないのに対し、瑠は朝菜のことを、全て見透かしているように感じる。

あくまでも、そういう感じがするだけなのだが。どうも、そのような雰囲気が朝菜にとって嫌だった。

その雰囲気は直接本人に聞けば(恐らく)解消するはずだ。

しかし、その勇気が朝菜にはまだない。

朝菜は教室のドアの前で、現在の瑠の位置を確認するため、後ろを振り返った。

「!!」

朝菜は悲鳴をあげそうになった。

瑠は朝菜から、3メートルぐらいしか離れていない位置に立っていた。

「・・・何で避けるの?」

瑠は、昇降口で見た時より明らかに機嫌が悪そうだ。

「・・・ごめん」

朝菜は目を伏せて、正直に言った。

「気になってることがあるんだろ?聞かないの?」

朝菜はどきりとした。今が聞くのに、最初で最後のチャンスかもしれない。

「・・・・」

朝菜はドアの前から離れて、瑠の前に立った。

ドアの前だと、人が出入りするのに邪魔になる。重要なことを聞き逃してしまうかもしれない。

「西園寺君は・・・・普通の人じゃないよね・・・?」

朝菜は瑠の顔を見た。

瑠の表情に特別な変化は見られない。

「もちろん。普通ではないね。・・・見ただろ。あの時」

「・・・・」

朝菜の頭に、銀色の髪と銀の瞳の瑠が浮かんだ。

・・・・もちろん普通ではない。

確かめたいことは確認できた。

朝菜が次の質問をしようと、口を開いたとき、瑠が突然言った。

「朝菜さぁ。俺が呼び捨てで呼んでんだから、朝菜も俺のこと呼び捨てで呼んでよ」

「・・・・・」

朝菜は思わぬ言葉に顔をしかめる。

(そんなこと・・・・自分の勝手じゃん)

「・・・・・――瑠は何者なの?」

瑠はにやりと笑った。

待ってましたと言わんばかりの顔だ。

沈黙・・・

教室に入っていく人たちに、ちらちら見られている感じがする。

確かに、何も知らない人たちからみれば、珍しい二人の2ショットだ。

そして、瑠が口を開いた。

「それを言っちゃったら、つまらなくなっちゃうんだよな」

「!!」

朝菜は眉を寄せた。

(なにそれ・・・)

勇気を振り絞って聞いたのに、返ってきたのはふざけているとしか思えない回答だ。

朝菜はそう思いながらも、続いて口を開いた。

「・・・なんでっ・・・私だけに・・・そのっ・・あの姿を見せたの?」

「俺にとって朝菜が“大切な存在”だからだよ」

「・・・・」

朝菜はそれ以上、口を開くことができなかった。

(・・・それはどういう意味で・・・?)

瑠に質問をすればするほど、謎が深まっていく気がした。

瑠は、朝菜が期待しているような答えを口にするつもりはないようだ。

「全てはそのうち分かるよ」

「!?」

瑠はその言葉を呟くように言うと、教室の中に姿を消してしまった。

(・・・そのうちって・・・)

朝菜がその場で固まっていると、突然、瑠が教室のドアから顔だけをだした。

「チャイム鳴る前に、教室に入んないと遅刻になっちゃうと思うけど」

瑠は早口でそう言うと、すぐさま顔を引っ込めた。

「・・・・・・」



担任の先生は、チャイムとほぼ同時に教室に入ってきた。

朝菜もチャイムとほぼ同時に席に着いた。

朝菜はSHRの間中、机に額をつけていた。

担任の話は、耳から耳へと抜けていく・・・。

朝菜は落ち込んでいた。

結局、瑠のことについては、何も分からなかった。

逆に、分らないことが多くなった気がする。

(でも・・・思ったよりは、普通の人間らしいかも)

今朝の会話のお陰で、少しは話しやすくなった・・・かもしれない。

何も分からなかったが、収穫があったとすれば、そのことぐらいだった。

周りが騒がしくなった。SHRが終わったんだろう。

今日の1時限目は・・・・

「朝菜!更衣室いこ」

「・・・うん」

朝菜は、頭を机から離しながら、遥香に返事を返した。

「あー、朝から体育かぁ・・・」

席から立ち上がった朝菜の声は、明らかにだるそうだ。

「そうそう・・・。

朝菜っ速く!早く行かないと、いい場所なくなっちゃうよ!」

遥香は朝菜のことをせかすように、そう言う。

「うん・・・」

朝菜は、廊下にある自分のロッカーから、ジャージを引っ張りだすと、遥香と共に更衣室へ向かった。



「ねぇ。平野ちゃん」

「!」

ジャージに着替え中、朝菜の左隣で着替えていた同じクラスの内野 千絵が、朝菜に声をかけた(右隣は遥香だ)。

千絵は、遥香ほどは仲良くないが、クラスの中では仲のいい友だちにはいる。

「今朝、西園寺君と何話してたの?」

「・・・え・・」

朝菜は言葉に詰まった。

どうやら千絵は、瑠のことが気になっているらしい。彼女の目の輝きを見ればわかる。

「・・はは。どうでもいいことだよ・・」

「えー!どうでもいい事なら教えてよー!」

「そういえば朝菜って、西園寺君と仲よさげ?だよね」

遥香が、自然に会話に加わってきた。

しかも瑠のことで・・・。

「確かに!この前の家庭科のときも、ほぼ同時に教室に入ってきたし・・・。それに、今朝も!」

千絵はとても楽しそうに、朝菜越しの遥香の発言に乗った。

(・・このままじゃヤバイ・・・)

と朝菜は思った。

「今朝は・・・りゅ・・西園寺君が、ただ私に絡んできただけで・・・私は話したくなかったんだけど・・・」

とその時、授業開始のチャイムが鳴った。

「やばっ!」

千絵は、すぐさまジャージの上着を着ると、「おいていかれた~」と叫びながら、更衣室を後にする。

「・・・・」

朝菜は、内心で安堵のため息をついた。

とっさに嘘をつくことは、どうも苦手だ。

「はやく!朝菜!」

「!」

声のほうを見ると、更衣室の入り口に遥香の姿があった。

遥香には焦りの表情が浮かんでいる。

「あーごめん!」

朝菜は自分の格好が目に入った瞬間、愕然とした。

・・・制服のリボンを外しただけだった。

「先に行ってるから!」

遥香はそう言い残すと、更衣室に朝菜一人を残して、そこから姿を消した。



「遅いぞ!平野!」

体育館に入るなり、体育担当の先生にそう怒鳴られた。

「すみません・・・」

朝菜は先生に軽く頭を下げると、準備体操をしているクラスメイトたちの列に加わる。

(よかった・・・あんまり怒られなくて)

体育の先生は、時間にうるさい。必ず、始まりのチャイムと同時に、準備体操の音楽をかける。

みんなの前で、ガミガミ怒られなくて本当によかった。

朝菜は体操をしながら、瑠の方に目を向けた。

出席番号順に並んでいるため、見つけやすい。

(瑠・・・体操着とかどうしてんだろ・・・転校してきたばっかだし・・・)

しかし、そこには瑠の姿はなかった。

瑠がいるはずのスペースだけが、ポッカリとあいている。

(・・・朝はいたのに・・)

具合が悪くなって、保健室にでも行ったのだろうか。・・・いや、もしかしたらサボりかもしれない。

(まぁ・・・見ため的には、体弱そうだけど・・)

「・・・・」

朝菜は自分に呆れた。

関わりたくないと思いながらも、自分は瑠のことを知りたがっている。

瑠のことを気にせずにはいられない自分が、既に出来上がってしまっていたのだ。



時は少し遡り・・・。

翼は一階の廊下の端にある、空き教室にいた。

もちろん一人で。

廊下は、人の通る気配と、人の話し声で騒がしい。

翼の計画だと、この廊下を朝菜のクラスが通るはずだ(体育館に行くため)。

そして、そのなかに西園寺 瑠がいる。

計画はこうだ。

西園寺が、この教室の前を通る時をねらって声をかける。そして、教室の中に引き込む。そこで、朝菜のことを狙わないよう、話し合いで説得させる。

(よしっ・・。完璧だ)

この教室は空き教室なので、誰も入って来ることはない。

翼は、そーっとドアを数センチ開いて、そこから廊下の様子を伺った。

ジャージ姿の一年生が、次から次へと通り過ぎる。

その中に西園寺が・・・・

(いた!!)

翼は、ドアを素早く開いた。

「西園寺!!」

西園寺は、驚いたように目を大きく見開いて立ち止まり、翼の顔を見た。

西園寺以外の人にも見られているような気がするが・・・気にしない。

「誰?」

西園寺は眉間にしわを寄せ、ボソリと言った。

「いいからこっち来い!」

翼は西園寺の腕を掴むと、教室の中に無理やり引き込んだ。

そして、教室のドアをピシャリと素早く閉めた。

「何の用ですか?平野センパイ」

「!!」

翼は、西園寺に名前を呼ばれたことに驚いた。

西園寺は、そんな翼の姿を見てニヤリと笑うと言った。

「朝菜のお兄さんでしょう?顔、似てるから」

「・・・・そうだよ!」

翼は、西園寺に既に先を行かれている気がしてイライラした。・・・・まだ始まってもいないのに。

「俺、次、体育なんで行ってもいいですか?」

「朝菜には絶対に手をだすなよ!」

翼は怖く聞こえるように、出来るだけ声を低くしてそう言った。

西園寺は、顔色を曇らせる。

「大丈夫ですよ。俺、朝菜の彼氏じゃありませんから」

「違う!!」

翼は怒鳴った。

西園寺は明らかに、今の状況を楽しんでいるように見える。

「お前の仕事のターゲットを、朝菜にするなって言ってんだよ!」

「・・・・・へー」

と、その時、西園寺の瞳の色が一瞬だけ銀色に染まった。

翼はドキリとする。

西園寺のその瞳は、間違いなく“ムマ”のものだ。

「何か見覚えあると思ったら・・・センパイ、あの時のスイマだったんだ」

「・・・・・」

「あの人の夢はとてもよかったよ。でも、朝菜のほうが、もっといいかもね」

「ふざけんなよ!今度こそは、お前の思い通りにはさせないからな!」

「・・・・」

西園寺は、翼の言葉にはほとんど表情を変えず、ジャージのポケットから何かとりだした。そして、それを翼に突き出してきた。

「!」

それは、翼が朝菜の“気”をとったときに、彼女の枕元に置いた紙切れだった。

「これはセンパイに返します」

西園寺はその紙切れを、翼に押し付けてくる。

翼はそれを乱暴に受け取った。

「邪魔はさせないから」

西園寺は、刺すような目つきで翼を見ると、教室の扉に手をかけた。

「それと・・・・」

「!」

西園寺は肩越しに振り返って、翼を見る。

「早く契約した方がいいと思うけど。

契約しないまま、人間の気をとってると、分かってると思いますが・・・・死にますよ。平野センパイ」

西園寺はそれだけ言い残すと、教室から姿を消した。

「・・・・・・」

(畜生・・)

翼は強く唇を噛みしめた。

今の翼には西園寺が去った後の扉を、睨んでいることしかできなかった。


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