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第3話 (3)






 朝菜と翼と明は、自宅へ戻ってきていた。

 どうやら夏枝は、病院の精神科に入院しているらしい。

 母は一部の記憶を失った。そして今も、その状態が続いている。

 朝菜は雨の降る音を聞きながら、自室のカーテンを閉めた。

(瑠は・・・どこにいるんだろ・・・)

 朝菜はふと、そんなことを頭の隅で考えた。

 朝菜が目を覚ましたとき、瑠のアパートにいるにも関わらず、彼はそこにいなかった。

 瑠はこんな雨の中、行かなくてならない場所でもあったというのだろうか。

「朝菜!行くぞ!」

 一階から、翼がそう怒鳴った。

「分かった!」

 朝菜はそう返事をすると、カーディガンを制服の上からはおり、自室を後にした。




「朝菜、これしてろ!」

 明の運転する車に乗り込み、車が大通りに入ったところで、隣に座っている翼が朝菜にそう言った。

「・・・え、何?」

 朝菜は、翼の手に握られているものに目線を落とす。

 そこにはサングラスが握られていた。

「ほら・・・まだ、夜中ってわけじゃないしその瞳の色、他の奴に見られたらやっかいだろー?」

「え!?・・・私の目の色って、金色になったの?」

 朝菜は思いもしなかったことに驚いた。

 そういえば、一端、家に帰ったときも、鏡なんて一度も見なかった。

「なんだ。気付いてなかったのか!?朝菜もムマになったんだしな!その瞳の色なんだよ。そんなことにも気付かないなんて、やっぱ朝菜は朝菜だな~」

 翼は、にやりと笑う。

「・・・は!?そんなこと、お兄ちゃんに言われたくないし・・・」

 朝菜はルームミラーにゆっくりと目線を移した。

 ・・・そこに映ったのは、金の瞳を金の髪を持った朝菜だ。

「・・・って言うか、お兄ちゃん・・・用意いいね」

 朝菜はルームミラーから目線を外し、翼からサングラスを受け取る。

「まぁな!」

 しかし、朝菜はサングラスを手に持ったままその動きを止めた。

(・・・って言うか・・・金髪にサングラスって余計怪しい気がするけど・・・)

 と言っても、金の瞳もやっかいはやっかいだ。だって金の瞳なんて、普通では絶対にありえない。

「ねぇ・・・金髪にサングラスもある意味あやしくない?」

 朝菜は翼の方を見る。

 翼は期待に満ちた表情を、はっとして悩んでいそうな表情に変えた。

「あっ・・・怪しくなんかねぇーよ。大丈夫だって!ほらっ・・・スパイみたいでかっこいいじゃないか。そうだよ。うん!」

「・・・・」

 朝菜はむっとして翼を見た。翼は・・・間違いなく、スパイみたいな朝菜を見て楽しもとしている。

 朝菜は沈黙だけを翼に返すと、明の背中に向かって声をかけた。

「・・・お父さんはどう思う?」

 明は運転をしながら、それに答える。

「・・・まぁ、大丈夫だろ」

「─・・・」

(何か、間があったんだけど・・・)

 明の答えを聞いても、朝菜の不安は解消されなかった。いや・・・むしろ、不安は大きくなった。

「ねぇ!お父さん、他になんかいい方法ないの?」

 サングラスのことはひとまず置いといて、朝菜は明に続けてそう質問した。

「瞳の色を変えておけるムマもいるみたいだが・・・」

「!・・・それ、どうやるの?」

「・・・そこまでは知らないな」

「・・・そうかー」

 朝菜は肩を落とす。

 そして、焦っていた。このままでは本当に怪しげな格好をしたくてはいけなくなる。

「それじゃ、仕方ないな」

 隣の翼が、黙っている朝菜に向かっていかにも残念そうにそう言う。

「・・・・」

 朝菜は翼の言葉を聞き流そうと努力した。

 だって、翼の心の中は見え見えだ。

(黒になれ・・・黒になれ・・)

 朝菜は駄目もとで、そう心の中で念じながら目をパチクリさせる。

 すると・・・一瞬、目の前の光景がぶれたように感じた。

「お!?朝菜、瞳の色、黒になったぞ!一体どうやったんだ!?」

「・・・は?」

 朝菜は即座に、ルームミラーに視線を移す。

 ──・・・黒になっていた。

(・・・以外に、できるもんなんだ)

「やった」

 朝菜は思わずそう呟いた。

「よかったな~。誰でもできるもんなんだな!・・・ほら、それは返せよ」

「あ・・・うん」

 朝菜はサングラスを翼に手渡した。

 翼はそれを受け取ると、ズボンのポケットに押し込む。

「せっかく用意してきたのになー」

「・・・ごめん」

「まぁ、朝菜は悪くないけどな!」

「・・・」

 幸い、翼は怒っていないようだ。

 まぁ・・・それだけで怒ったら、ある意味問題だが。

 少なくとも翼は、朝菜のことを考えてサングラスを用意してきてくれたのだろう。

 もちろん、朝菜はそれを知っている。

 しかしそれでも、今の朝菜の心は安心感で満たされていることは間違いなかった。


 明は、市内の大学病院の駐車場に車をとめた。

 そこには人気がなく、明の車以外、数える程度しか車は停まっていない。

 ところどころにポツリと立っている外灯が、その周りだけをほんのり明るく照らししていた。

「よしっ。行くぞ!」

 翼はそう言うと、車のドアを開き、外へ出る。

 朝菜と明もそれに続いた。


病院の待合室まで来たとき、朝菜はピタリと歩みを止めた。

翼と明は「何だ?」という顔をして、朝菜に振り返る。

─朝菜には気になることがあった。

「・・・勝手に病室に入っちゃって怒られない・・・?」

 待合室は電気が消えており、人の気配はしないし、廊下も小さな明かりがついているだけで、ひっそりとしている。

 それに、あと15分ぐらいで午後9時だ。

 たしか朝菜が幼いころ、この病院に入院したときの消灯時間は9時だったはず。

「見つからなければいいことだろ?」

 翼は、眉間にしわをよせそう答えた。

「・・・」

 すると、翼の手の中に白い鎌が音もなく現れる。

「・・・この姿なら、見られることもないしな!」

 翼は鎌を握りしめて、あははと笑った。

「え・・・!」

 すると明も曖昧に笑って、その姿を若く戻す。

「!・・・お父さんまで・・・それじゃ私は・・・どうすればいいの?」

 朝菜は青年の姿になった明に助けを求める。

 きっと明なら、何か考えておいてくれているはずだ。

 しかし、それに答えたのは明ではなく、翼だった。

「まぁ。頑張れ!病院の人に見つかったら、かなり怪しまれると思うから、気をつけるんだな!」

「・・・・最悪」

 朝菜は、ぼそりとそう呟いた。そして、誰かに見つかったときのことを想像する。

 理由を言わない方法といったら、逃げるしかないが、逃げたら逃げたでかなり怪しいだろう。

・・・見つかる前に素早く走って移動するか、見つからないように慎重にゆっくり進むか。

「そんなに心配すんなって。俺が一緒に、母さんの病室まで行くからさ」

「!」

「父さんは先、行ってていいぞ!」

 明は、翼の言葉を聞くと微笑んでこの場で姿を搔き消した。

「・・・・」

(よかった・・・一緒に行ってくれるんだ)

 今思えば、自分は夏枝の病室させ、何処にあるか分からないではないか。

「ありがと、お兄ちゃん」

「何言ってんだよー。こんなのいつものことだろー!?」

「・・・あははは」

 すると、背後の方から、人の話し声が微かに聞えた。

「!」

 ドキリとして振り返ると、曲がり角の方から、二人分の影が歩いてくるのが目に入る。

「・・・やばっ」

「よしっ。走れ!」

「!!・・・」

 翼は先頭を切って走り出した。

 朝菜も彼に続いて走り出す。そして、薄暗い廊下を全力疾走で駆け抜けた。

 階段を必死に駆け上がり、朝菜と翼は広くて長い廊下にでた。

 病室のある廊下は、まだ照明がついており明るい。そして、幸いにも人がいる様子はなかった。

 翼は廊下にでたところで足を止めると、周りをキョロキョロと見渡す。

「よし、ここでいいんだな」

「はぁはぁ・・・」

 ちなみに朝菜は全力疾走したせいで、肩で息をしていた。

 こんなに走ったのは久しぶりだ。

(・・・っていうか、ここ何階?)

「朝菜、行くぞ!」

 翼は疲れている様子もなく、朝菜をせかしてそう言う。そして、朝菜の意見を訊く前に、走りだそうとした。

「!・・・ちょっと・・・待って・・・」

 朝菜は息を切らしながら、何とか翼を引きとめた。

「なんだ?」

 翼は、本当に何も知らないような顔で朝菜を見る。

「私・・・もうだめ・・息・・・苦しい」

「はー!?こんぐらいでもう疲れたのかよ?」

「・・・」

 そう、朝菜の一番の趣味は漫画を読むことだし、運動なんて体育の授業以外でやったことがない。

 体力がないのは、あたり前だ。

「仕方ねーな。それじゃ、ここからは慎重に歩いて・・・行くぞ!母さんの病室、すぐそこだし」

「・・・うん」

(っていうか・・・最初からそうしてくれ)


 朝菜と翼は明るい廊下を黙々と歩いていた。

 病室の扉が間隔をあけてあり、そこにはまだ照明が灯っている。

 どうやらまだ、寝ている人はいないようだ。

「お兄ちゃん、お母さんの病室ってどこ?」

「一番奥のところ!」

「ふーん」

 窓から見える外の景色はもう真っ暗だ。

 よって、窓ガラスには黙々と歩く自分たちの姿が映しだされている。・・・いや、朝菜の姿だけが映し出されていた。

 そう、翼は人間ではなくスイマなのだ。改めて、そのことを朝菜は実感した。

(一人でいるみたい・・・)

 自分は確かに翼と一緒にいる。しかし、窓ガラスには自分の姿しか映っていない。

 ・・・変な感じだ。

 と、突然、すべての照明が一斉に消えた。

「!!きゃぁぁっ」

 朝菜は突然のことに驚き、翼の腕にしがみつく。

 自分でも恥ずかしいくらい大声をだしてしまった。

「うぉぉ!」

 翼も朝菜に劣らず、驚いたようだ。

「いっいきなり大声出すなよ!!こっちまでびびるだろ!?」

「だって・・・いきなり電気が・・・」

「きっともう、消灯の時間になったんだよっ」

 朝菜は早くなった鼓動を感じながら、翼の腕からゆっくりと離れる。

(そうか・・・もう9時になったんだ)

「どうかしたんですか!?」

「!!」

 突然、後ろから聞こえた声に朝菜はドキリとし振り返る。

 暗闇のせいで、その人の姿は見えなかったが、コツコツとこちらに歩いてくる足音が確かに聞こえてきた。

「大丈夫です!」

 とっさに朝菜の口から出た言葉はそれだった。

「おいおいっ。そんなこと言ってないで、早く逃げるぞ!」

「!・・・」

 翼は焦りの声色でそう言うと、走り出した。

 朝菜も声の主がここに来る前に、走りだす。

 翼は少し走って一番奥の病室の前まで行くと、そこで歩みをとめ、素早くドアを開いた。

 朝菜はその瞬間、一気に緊張に襲われる。

(ここに・・・本当にお母さんがいるんだ)

「!」

 朝菜の目に飛び込んできたのは、ベッドに腰を下している夏枝の姿だった。

 彼女は写真の中の夏枝より、歳を重ねた姿で、そしてやはり自分と同じ金髪と金の瞳を持っていた。

 スイマの姿の明は、急いで部屋に入ってきた二人を、驚いた様子で見ており夏枝の傍らに立っている。

 部屋の中は、ベッドの柱についた小さな電球のお陰でほんのりと明るかった。

「お母さん・・・」

 自分の目の前にいる母を見て、朝菜の心には安心感が芽生える。

 本当に本当にお母さんなんだ。写真の中にいたはずの母が確かにそこにいるんだ。

 朝菜は夏枝の方へ歩み寄る。

 すると、次の瞬間、翼が朝菜の肩をグイッと引いた。

「!」

 朝菜は翼のほうに肩越しに振り返った。

 翼は朝菜の瞳を見据えると、静かに首を左右にふる。

「!─・・・」

 心がズキリと痛んだ。

 ・・・分かっている。分かっているはずなのに。

 どうして引きとめるの?そのことは分かっているよ。でも、母の隣に行って母に触れたい。それぐらいはいいでしょ?

 たとえ母が抱きしめてくれなくても、私はお母さんの近くに行きたいんだよ・・・。

「─・・・私・・・やだ・・・」

 朝菜は翼から顔を背けると、翼の手から離れて夏枝のもとに向かう。

 と、その時、あの金髪の女の子が夏枝の隣にすっと姿を現した。

「!」

「これ以上、朝菜を苦しませないよ・・・」

 女の子は金の瞳を歪ませて、ふんわりと笑った。そして彼女は、夏枝の膝の上にそっと掌を乗せる。

 次の瞬間には、女の子の姿は夏枝にゆっくりと重なり消えていた。

「──・・・朝菜、おいで」

「!─・・・・」

 いつの間にか、朝菜の目の前には、両腕を朝菜に向かって広げている夏枝の姿があった。

「っ・・・」

 朝菜は迷うことなく、夏枝の前に歩み寄る。

 近くまで来た朝菜を、夏枝がその手で包み込み、ギュッと抱きしめてくれた。

「お母さんね・・・こんな大きくなった朝菜を、ずっとこうして抱きしめたいって思ってたんだよ・・・」

 夏枝は母親らしい優しい声でそう呟いた。

「っ・・・」

 朝菜は、次から次へと流れ来る涙を止めることができなかった。

 母のぬくもりを感じられた安心感と喜びで胸が一杯だった。

「翼もおいで・・・」

 夏枝のその言葉の後、朝菜の隣に翼のくる気配がした。

 夏枝は片方の腕で、翼の背中を包み込む。

「母・・・さん・・」

 翼には似合わない、弱弱しいその声が朝菜の耳に届いた。

 ・・・翼は朝菜の前では泣いたことがない。

 今の翼はどうなのだろうか・・・。

 朝菜は心の片隅でそんなことを思った。



「私ね、ずっと朝菜のことを見守ってたんだよ」

 朝菜の涙も止まったころ、夏枝はニコッと笑ってそう言った。

 夏枝の隣に腰を下している朝菜は、ドキリとする。

「えっ・・・」

「朝菜は私の“力”を受け継いじゃったでしょ。だから・・・私みたく、あの子に狙われる可能性があったから・・・・」

「・・・・」

(あの子って・・・瑠のことだよね?)

 朝菜の脳裏に、銀の瞳を歪ませてニヤリと笑う瑠の姿が浮かんだ。

「で、案の目をつけられたわけだな!朝菜はいい夢をみることが多いから、余計にだよな!」

 朝菜の隣に立っている翼は、あははと笑ってそう言う。

 そんな翼のことを、近くに立っている明が不服そうな表情を浮かべて見た。

「・・・でも、無事で何よりだ」

 だが明は、すぐに表情を和らげ微笑む。

 夏枝は「えぇ」と呟いた。

「ごめんね、朝菜。私、朝菜を“ムマ”にするつもりなんてなかったの。普通の女の子として生きてほしかった・・・」

「だっ大丈夫だよ・・・いろいろ楽しそうだし」

 朝菜は夏枝のさびしげな表情を見ると、とっさにそう言う。

 そう、朝菜は嬉しかったし、わくわくした。

 夏枝にも会うことができたし、瑠の秘密も分かったし、これから自分には新しい生活が待っているんだ。

 そうだ。瑠に「秘密が分かった!」とでも言ってやろう。今まで瑠に負けていた感じがする朝菜だが、それを言うと勝つことができるはずだ。

 夏枝は朝菜の言葉を聞くと、少しばかり表情を和らげ言葉を続けた。

「朝菜がムマだと自覚してくれれば・・・私みたく“逃げる”ことができると思ったの・・・。でも・・・・」

 夏枝は顔を上げ、明を見る。

 明は夏枝の視線を受けとると、一回だけ頷き呟いた。

「スイマの子が・・・助けてくれた」

 翼の表情が微かに歪む。が、次の瞬間には、彼の表情はパッと笑顔に変わった。

「さっさ!今日はもう帰るか!無事、母さんももとに戻ったし。これでもう、退院できるな~。本当によかった!!」

「うんー」

 朝菜も翼と同様、笑顔でうなずく。

 そして翼は「おやすみ」と言うと、一人で病室から出て行った。

「・・・朝菜・・・私たちも帰るぞ」

「あっ・・・うん」

 明は夏枝に軽く別れの言葉を言うと、朝菜の前を通り過ぎ、病室の出口へと向った。

(もうちょっと・・・お母さんと一緒にいたかったけど・・・)

「朝菜はもう少しここにいる?」

「!・・・」

 朝菜はベッドから立ち上がったところで、その動きをとめ、夏枝を見た。

「今日ぐらいはいいんじゃない?ね?」

 夏枝は出入り口付近に立っている明に問いかける。

 明は少しの間の後、微笑んだ。

「まぁ・・・いいんじゃないか」

 ・・・その後、朝菜と夏枝はいろいろな話に花を咲かせた。

 朝菜が中学、高校と過ごしてきた過程・・・お父さんのこと、お兄ちゃんのこと・・・その他、いろいろ。もちろん“ムマ”のことについてもいろいろ聴いた。

 ・・・そして、午後11時。

 朝菜と夏枝は話を切り上げ、病院の出口へと向かった。

「朝菜からいろいろな話を聞けて楽しかった。家に帰ってからも聞かせてもらえる?」

「うんっ」

 朝菜も夏枝を二人きりで話せて、とても満足だった。

 少し前までは、写真の中でしかほとんど母のことを知らなかったのに、今ではまるで違う。

 たくさんたくさん母のことを知ることができた。

 朝菜と夏枝は二人並んで自動ドアを通り、病院の外へでる。

 途端、激しい雨音が朝菜の耳に届いた。

 外は病院内とは違い、とても寒かった。息も、もちろん真っ白だ。

(・・・こんな時期にこんな大雨なんて珍しいかも)

 朝菜はそんなことを思いながら、雨が降る夜の景色をぼーっと眺めていた。

「それじゃ、お父さんに迎えにきてもらうか」

「あっ・・・うん」

 夏枝はカーディガンのポケットから、ケータイを取り出した。

「!」

 と、朝菜の目に人影が写った。

 その人影は病院の敷地内に入る大きな出入り口から、こちらに向かってゆっくりと歩いてきている。

「お兄ちゃん・・・!?」

 そう・・・その人影は翼だった。

 こんな大雨の中、翼は一体何をしてきたんだろう。

 そして、よくよく見ると、翼の背中には誰かがおんぶされているようだった。

 朝菜は普通ではない事態に、落ち着いていられず、雨の中を飛び出した。

「お兄ちゃん・・・一体どうしたの!?」

 朝菜は翼のもとへ駆け寄る。

「!!」

 そして度肝をつかれた。

 翼におんぶされ、目を閉じ、ぐったりとしている彼は・・・瑠だったのだ。

「瑠・・・──!?」

 瑠は雨で全身ずぶ濡れで、その銀の髪も美しい色ではなくなっていた。

「一体どうして・・・」

「朝菜!翼!ひとまずこっちに来なさい!」

 朝菜は夏枝の声に振り返る。

 夏枝は雨のあたらない病院の前で、こちらに向かった手招きしていた。

「お兄ちゃん・・・」

 朝菜は翼の方に振り返り、控えめにそう呟いた。

 翼は一回だけ頷く。

 そして、二人(と一人)は雨の降りしきる中、夏枝のもとへ向かった。


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