第3話(4)
時は少しさかのぼり・・・
翼は西園寺瑠を探すため、一端、瑠のアパートに戻ってきていた。
(やっぱり帰ってきてないか・・・)
夏枝は無事、記憶を取り戻すことができた。あとは・・・“このこと”だけだ。
あのスイマ─トイロの言っていたことを自分は最後までやり遂げなくてはいけない。
きっとトイロは・・・自分が消えてまでも瑠のことを守ってやりたいと思っていた。──そして、俺のことを信じて消えて行ったんだ・・・。
「なんで西園寺なんかと・・・」
翼は小さく舌打ちをする。
そう西園寺は、一番憎む相手のはずだ。・・・・いや、憎む相手だったのだ。
なんで自分はこうも必死なのだろう。自分が自分で変に思えた。
・・・西園寺は今、大切な人を失ったんだ。本当に。
・・・今の自分にとって西園寺は、憎む相手ではなくなっていた。
(雨降ってるしっ・・・!あいつ、何処行ったんだよ!)
翼はしんと静まりかえっている瑠の部屋を後にした。
翼は瑠のアパート周辺を探してみることにした。
今はすでに夜で、闇色の空からは冷たい雨が地面を打ち付けるように降っていた。
しかし、いくら雨が激しかろうと、いくら雨が冷たかろうと、今の翼には全く関係ないことだ。
(ほんと・・・こういうときは便利だよな・・・)
翼は一端、大通りにでると、その道を黙々と進み西園寺の姿を探した。
幸い、道を走る車のライトやところどころに立っている街灯の明かりのお陰で、この道はそんなに暗いわけではなかった。
一体どのくらい歩いただろう・・・。
それでも西園寺の姿はどこにも見当たらなかった。
人どおりが多そうな大通りをこれだけ探しても見つからないのだから、それならあいつは一体どこにいるのだろう。
まさか、全く別の方向なのか・・・。
それとも・・・すでに・・・──。
翼は最悪な結果が頭に浮かび、身ぶるいした。そして、自分自身に言い聞かせる。
(あんな生意気なあいつが・・・死ぬわけないよな!)
翼は深い溜息をつくと、身軽にジャンプし、道沿いに立ち並ぶ家の屋根に、ストンと着地する。そして、家々の屋根を飛び移り来た道を引き返した。
(・・・はやく見つけねぇーと)
時間がたつにつれ、西園寺の見つけることのできる可能性は低くなってしまう。
今度、翼は高い位置から辺りを見渡し、進んで行った。
「!・・・」
ふと、家々を挟んだ裏道沿いにある、小さな公園に目がとまった。
木々に囲まれたその公園にあるベンチに人がいたのだ。
(もしかして・・・)
翼はその人影に目を凝らす。しかしここからでは、それが誰なのか確認することができなかった。
「─・・・」
翼は大通りの方ではなく、裏道の方にストンと着地する。そして、その公園に向かい駆けだした。
翼は公園に入り、その人影に近づいた。
公園の中央にはえている大きな木の下にあるベンチに、その人は俯き加減で座っている。
「!・・・」
翼の目に夜の闇に生える、銀色の髪が映った。
・・・案の定、その人影は西園寺だったのだ。
「・・・・」
翼は雨のせいでぬかるんだ地面を、踏みしめるようにして、ゆっくりと西園寺に近づいた。
(って言うか・・・こういう時って、なんて声をかければいいんだ・・・?)
翼は重大なことに気づき、その場にピタリと停止する。
突然、「俺のパートナーになれ!」みたいなことを言っても、おそらく西園寺には通用しないだろう。・・・ここはひとまず、普通に元気づけるか・・・?
(いや・・・でも)
今まで西園寺のことを嫌っていた自分が、「元気だせよ!」みたいなことを言っても、絶対に西園寺は元気にならない。
・・・よし。ひとまず「何でこんなとこにいんだよ?」みたいなことを言って、その後は・・・その後は・・・?
「なんでこんなところにいるんですか?平野・・・センパイ」
「!」
翼は、はっとして声の方をみる。
翼の目に、銀の瞳を細めてこちらを見ている西園寺の姿が映った。
「まぁ・・・元気だせよ!」
突然の出来事に焦った翼の口からでた言葉は、結局はそれだった。
「・・・」
西園寺はより一層、不審な目つきで翼のことを見た・・・ように見えた。
彼の表情は・・・・悲しみで満ちていた。
「そんなこと・・・センパイが言う必要ないと思うけど?」
翼は西園寺の悲しみにみちた表情は無視するよう努めて、彼の口から発せられた言葉だけを聞くようにしよう・・・そう思った。
「・・・確かにそうかもな!・・・でも、俺はお前のことを助ける必要があるんだよっ・・・」
西園寺はただ黙って、翼に近づいてきた。雨で全身びしょぬれになろうと構わないらしい。そして彼は、翼の前に来たとき口を開いた。
「俺は、センパイに助けてもらう必要なんてないから」
「!・・・」
「よかったね。・・・センパイの望み通り、俺が不幸になって」
西園寺はその言葉を呟いた後、翼の横を通り過ぎ、公園の出口へと向かった。
「っ──・・・」
西園寺のその言葉のせいで、翼の中にあった張りつめていた何かが、プツンと切れた気がした。
(こんな奴と話してられっかよ・・・)
その、この場合“今”、西園寺と話す必要があるわけではない。今じゃなくても、後で、別の場所・・・そう、もっと落ち着いて話せる場所で話せればそれでいいんだ。
翼は少しずつ遠ざかっていく西園寺の背中を見ながら、手の中に白い鎌を現した。
そして、西園寺の背後に素早く移動すると、その鎌を高く振り上げた。
「!!」
翼が鎌を振り下ろした瞬間、こちらに振り返った西園寺がそのえを力強く掴む。
西園寺は冷めきった表情で、翼を見た。
「・・・いいの?条件満たしてないのに鎌なんか使っちゃって」
翼は西園寺の言葉を聞くと、彼の手から鎌を引き離し、言う。
「いいんだよ!・・・契約してないスイマはそんなこと関係ないからな!」
「へー・・・」
翼は次の瞬間、ほとんど迷わず西園寺に鎌を振り下ろした。
西園寺は翼に言い返すわけでもなく、表情を変えずにその体を翼に引き裂かれた。
そして彼の体から多くの光の粒が溢れだす。
その粒が翼の中に流れ込んでくる頃に、西園寺はゆっくりとまぶたを閉じる。
「!・・・・」
翼は西園寺が濡れた地面に倒れる前に、彼の腕を掴みそれを防いだ。
「─・・・」
翼は手から白い鎌を搔き消す。そして西園寺の体を自分に丁寧によりかからせた。
“眠り”は人の心を乱れを、少しだけ和らげる効果がある。そして少しだけ“記憶”から鮮明さを抜き取ってくれる効果がある。
(西園寺が起きたら・・・ちゃんと話そう・・・)
翼はそう、心に決めた。
朝菜と翼は瑠を連れて、自宅へ帰ってきていた(明が車で病院まで迎えに来てくれたのだ。ちなみに夏枝はひとまず病院に残っている)。
明は翼が瑠を連れてきたのを見て、驚いたようだったが、翼が「こいつに話したいことがある」ようなことを言ったら、明は以外にあっさり納得し、瑠を家に入れた。
朝菜も翼から、瑠のことをいろいろ聴いた。
あんな過去あるなんて、朝菜のイメージの中の瑠には似合わないことだ。
そして今の朝菜は・・・翼の部屋にいた。と言っても部屋には翼はいなく、今、部屋にいるのは翼のベッドで眠っている瑠と、手におぼんを持ちただ立ち尽くしている朝菜だけだった。
ちなみに、そのおぼんの上には簡単な夕食がのっている。
明が気を利かせて、瑠のぶんの夕食まで作ってくれたのだ。
そしてその夕食を朝菜は瑠に届けに来た、というわけなのだが・・・
(やっぱり寝てるよね・・・)
明に「持って行ってやれ」と言われ、せっかくだからそうしたのだが、瑠がまだ寝たままでは意味がない。
「瑠・・・起きてるー・・・?」
朝菜は念のため、小声でそう問いかけた。
「・・・」
やっぱり返事はない。
起こす気がない朝菜は、おぼんをベッドのとなりにある勉強机に置いた。
(まぁ・・・そのうち起きるっしょ・・・)
夕食のことはその時に言えばいいことの話だ。
「・・・」
朝菜がその暗い部屋から立ち去ろうとしたその時・・・
「・・・!」
ベッドで寝ている瑠がゴゾゴゾと動いた。そして彼は、ゆっくりと体を起こす。
「朝菜・・・」
「!」
気付かないふりをして部屋から出ていこうとした朝菜だが、名前を呼ばれてしまったのでそうすることもできなかった。
「あっ・・・起きたんだね」
朝菜は何となそう言うと、言葉を続ける。
「そこにあるやつ食べていいよ!・・・夕食ってことで」
瑠は机の上に置いてある夕食を一瞥すると、微かに顔をしかめる。そして、朝菜を見ると言った。
「ここ・・・朝菜の家なの?」
「あっ・・・そうだよ」
「・・・」
朝菜は、瑠がそれっきり黙っているので瑠に背を向け部屋から出ようとする。
「ねぇ・・・ちょっとこっち来てくれる?」
「─・・・」
また声をかけられてしまった。
はっきり言って今は、瑠にどのように接していいかよく分からない。だって、あのような過去をしってしまったのだから。
そう意識すればするほど、ぎこちなくなってしまいそうだ。
しかし、断ることのできない朝菜は、ゆっくりと瑠に近づいた。そして歩みを止めると、瑠が口を開く。
「朝菜・・・ムマだったんだね」
朝菜は瑠の言葉にドキリとする。
・・・瑠はそのことについてどう思ってるんだろう。
「うん・・・」
結局、朝菜の口からでた言葉は最低限のそれだった。
すると瑠はにやりと笑う。
「・・・だから、俺の正体にも気付いたわけだ?」
「うん・・・まぁ・・・」
朝菜がとぎれとぎれにそう言うと、瑠はその口から笑みを消した。
「これでつまらなくなっちゃったな」
「──・・・」
朝菜はそんな瑠の表情にドキリとした。
彼の表情は“つまらない”表情ではなかった。明かに彼の表情は──・・・。
「あのっ・・・だから私にいろいろ教えて?私・・・ムマのこととかよく分からないし・・・」
朝菜はとっさにそう言った。
瑠の表情を変えるには、何かを言わなければならない。
「そのことなら、朝菜の母親に聞いたら?」
「・・・」
「よかったね。彼女、記憶を消されなく済んだみたいで」
「・・・」
間違いなく、瑠の言葉は朝菜をイライラさせていた。
せっかく、瑠のことを気づかってそう言ったのにっ・・・─でも、仕方ないんだよね!瑠は今、心が不安定なんだから!
朝菜はそう自分を納得させて、「そうだね」と言った。
「朝菜は・・・怒らないんだ」
「え・・・」
瑠は悲しそうに微笑んでいる。
朝菜はそんな瑠の表情に戸惑いを隠せなかった。
こんなの・・・瑠らしくない。
朝菜は続く沈黙に耐えきれず、口を開いた。
「・・・ご飯、食べちゃえば?明日、学校休みでよかったね。ゆっくり休めるし・・・」
朝菜は瑠に背を向ける。そして、ドアの方までゆっくりと歩み寄ると、ドアノブに手をかけた。
・・・今度は瑠に声をかけられることはなかった。
瑠は朝菜が部屋を出て行ったことを確認すると、俯いた。
辺りはとても静かで、自分だけがこの空間に取り残されてしまったようだ。一方、瑠の心の中では絶望に似た感情が激しく渦を巻いていた。
朝菜が自分と同じムマだったということも、朝菜の母親がたしかに彼女の夢の中に存在していたということも、今はすんなりと受け入れることができた。
つまりそれは─・・・夏枝が記憶を失っていなかった、ということだ。
(そんなこと・・・)
瑠はギュッと拳を握った。
どうでもいいことだ。他人の記憶がどうであろうと、自分には関係ない。
瑠の脳裏に凪の顔がちらついた。
凪はともだち・・・いや、ともだちだった。
長い年月が過ぎてしまった今、どうでもよくない友だちの凪の記憶まで、他人の記憶の同様“どうでもいいもの”になりつつある。
最悪だ、と瑠は思った。
凪は他人じゃないはずなのに。自分の“友だち”のはずだったのに。・・・でも、希望がもてないものは・・・やっぱり“どうでもいいもの”になってしまう。
そして、自分のこれからについても全く希望が持てなかった。
大切なパートナーがいなくなってしまった今、瑠はたった一人で“くだらなくて惨めな世界”で生きていかなくてはいけないんだ。
仕事という逃げ道も断たれてしまったし・・・。
・・・愛してくれるはずの人物も今はいない。
・・・大切な人も今はいない。
今の瑠に残されたのは“どうでもいいこと”だけだ。
瑠は朝菜が置いていった夕食にゆっくりと視線を動かした。
そこにあるマグカップからは、湯けむりが天井に向かいゆらゆらと伸びている。しかしそれらは、天井に届く前にその姿を完全に消していた。
朝菜が一階に下りて、居間に入るとそこには翼がいた。
どうやら翼は、今、丁度、風呂から上がったところのようで、彼の髪は湿っている。
翼はソファに腰を下ろすと、居間に入ってきた朝菜を見た。
「次、朝菜の番だぞ」
「・・・私、もう入ったよ」
そう、今日はとても疲れていたので夕食の前に風呂に入ってしまったのだ。
─そんなことはどうでもよくて。
「ねぇ、お兄ちゃん。・・・何か・・・瑠、元気なかった」
翼は朝菜の言葉に視線を下に落とす。
「まぁ・・・そりゃーな」
「・・・」
「俺・・・西園寺と契約することに決めたんだ!」
「えっ・・・」
朝菜は突然の翼の言葉に驚きを隠せなかった。
朝菜の知らない間に、翼と瑠はパートナーになるまで仲良くなったというのだろうか。それに・・・そうだとしても、あの二人同士は“仲良くなれる”タイプではない、朝菜はそう感じた。
「・・・大丈夫なの?」
朝菜は本当に翼のことを心配して、そう彼に確認する。
「まっ・・・大丈夫だろ!あのスイマの最後の頼み、聴かないわけにはいかないし」
翼はきゅっと唇を閉じて、自分を納得させるように一回だけ頷く。
「・・・スイマの頼みって?」
朝菜は翼の口から発せられた以外な言葉に、眉を寄せた。
「西園寺のパートナーのスイマに頼まれたんだよ。自分の代わりに、西園寺のパートナーになれってな」
これで翼が、瑠と契約を決めた理由が明らかになった。
翼の顔には、今までとは違い、真剣味で溢れている。
「─・・・」
今の翼の表情には、迷いというものが感じられなかった。
朝菜は心配だったが・・・翼がそう言うからには大丈夫だろう。
それに、最悪な状況になったとしてもあの前向きで行動力のある翼なら、どうにかなってしまうかもしれない。
「そうなんだ・・・」
朝菜は、ただ短い返事をするだけにした。
「本当は朝菜と契約してもよかったんだけどなー。残念だなー」
翼はソファの背もたれに寄りかかり、期待に満ちた眼差しで朝菜を見る。
「・・・そうなんだ」
そのことは夏枝にも言われたが・・・朝菜は、翼とだけは契約したくないと思っていた。
翼がパートナーになってしまったら、イライラしている時も、一緒に仕事をしなくてはいけない。
実のところイライラしている朝菜をもっとイライラさせるのは、翼が原因のことが多いのだ。
朝菜にとって翼は“兄”という存在なのだから・・・もうそれだけで十分だ。
「何だよ!そうなんだって!他人事みたいに!」
「まっ・・・いいじゃん。お兄ちゃんは瑠と契約すれば」
「・・・そうするつもりだけどな!」
翼は「はははー」と苦笑した。
(そうだ。私もいつかはパートナーを見つけないと・・・)
自分と気が合う人は見つかるだろうか。
自分はちゃんとムマの仕事ができるだろうか。
“楽しみ”だとは思うが、不安がないと言えば嘘になる。
「どうしたー!?不安なのか?やっぱり俺がパートナーになった方が・・・」
「大丈夫!!・・・だよ。・・・多分」
朝菜は“大丈夫”だけを強調して翼の言葉をとめる。・・・不安だが、ここは“大丈夫”と言っておいた方が話がまとまりそうだ。
翼は朝菜の言葉に苦笑すると言った。
「まぁ・・・パートナーのことは、俺たちみたく期限が決まっているわけじゃねーし、そんなに焦らなくても大丈夫だぞ?」
「・・・うん」
「でも・・・」
「?」
そこで翼の表情が微かに硬くなる。
「スイマはパートナーのムマを必死に探してる・・・っていうのを忘れるんじゃねぇーぞ・・・。何しろ俺たちは、19までにパートナーをみつけないと消えちまうんだ」
朝菜はドキリとした。
その“掟”は夏枝から聞いて知っていた。そしてあと数カ月で、19になる翼を朝菜と夏枝は心配していた。
でも、翼はパートナーをやっと決めたので、朝菜は安心していたのだ(ある意味、決めたパートナーがあいつなので、安心はできないが)。
翼はパートナーを決めることができたが、他の・・・スイマたちはどうだろう。
もしかしたら、朝菜の知らないところで、死に物狂いでパートナーを探しているスイマがいるかもしれない。
そのスイマたちの運命の一つ自分が握っていると思うと、正直、気が気でなかった。
「分かった」
朝菜は、いろいろな気持ちを詰め込んだ短い返事をした。
朝菜はベッドに入る前、瑠の様子を窺うべく、翼の部屋に立ち寄ることにした。
「─・・・」
瑠はこちらに背を向け、眠っている様子だった。
(食べなかったんだ・・・)
朝菜が机の上に置いた夕食には、瑠は手をつけていないようだ。
(ちゃんと食べたいいのに・・・)
瑠は雨に打たれて、体力的にも精神的にもきつかったはずなのに。それなのに、食事をとらなかったら、余計に体によくない気がする。
(でも、ゆっくり寝てるから大丈夫か・・・)
朝菜は机の上に夕食を残したまま、静かに部屋を後にした。




