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9話 新たな仲間と、新たな一歩

 僕はエルダープラントの素材を回収する前に、恥ずかしそうに顔を赤らめているリンスさんを助けることにした。チュールさんは「面白いからそのままでいい」と、冗談なのか本気なのか分からない顔で言っていたが、ここはダンジョンである。鶴に絡まったままではモンスター達の恰好の餌だ。


「僕のスタイルだとああいうモンスターに弱いんですよ…。槍で一本一歩触手を突くなんてすごい難しいですし、さばき切れません。盾だってあんなウネウネ動く触手相手だと簡単に回り込んで刺してきますし、第一僕は──」


 延々と愚痴をこぼしているリンスさんの蔦を切り終わり、既に素材の回収に手を付けていたリリア達に合流する。

 エルダープラントの幹や枝は魔力伝導率というものが高く、リリアが使っているような魔法を使うための杖の素材となるため、できるだけ持って帰りたいが…。なにせ今回倒した個体は大きさが通常の二倍ほどあったため全てを持ち帰ることは到底できない。ガレスが斧で幹を割り、チュールが無駄のない動きで価値の高い部分だけを切り分けていく。リリアは周囲を警戒しながら、時折自分の炎魔法によって焦げ付いた蔓を見つめ「炎魔法じゃ素材ごとダメになっちゃうのよね…」と小声で呟いていた。


「今回の依頼で必要なのは根の部分だが、枝や幹もそこそこの値で売れる。まあどうせ全部は持って帰れないし、気楽にやってみろ」


 エルダープラントの剥ぎ取り(木みたいなものなので剥ぎ取りと言って正しいのかは分からないが)の方法をガレスさんから教わり、その通りに手を動かす。戦闘の余韻で腕は重いが、不思議と嫌な疲労ではない。むしろ、さっきまでの緊張がほどけていく感覚のほうが強かった。


 一通り回収を終えると、ガレスさんが周囲を見渡し、小さく頷く。


「今日はここまでだ。ギルドに戻って以来の素材は納品、それ以外は売っぱらおう!」


 異論は出なかった。僕もさっきの攻撃でかなり体力を削られたし、全身が痛い。リリアに関してもかなり魔法を行使したため魔力も限界が近いだろう。


 来た道を引き返し、長い下り坂を逆に登っていく。戦闘後の身体には堪える傾斜だが、不思議と足取りは軽かった。さっきの戦いが、確かな手応えとして残っているからだろう。


 そこからは順調だった。階層を順に上り、ダンジョンの入り口を塞ぐ鉄製の扉を開くと、いつも通りの喧騒が迎えてくれた。探索者たちの声、酒の匂い、依頼を張り出す音──そのすべてが、日常の証のように感じられる。


「……はあ、やっと一息つけるわね」


 リリアがその場に腰を下ろし、軽く肩を回す。


「無事に戻れたな」


 ガレスも短く息を吐いたが、その表情にはわずかな満足が浮かんでいた。


 僕たちは、素材の売却と依頼達成の納品をするために一度二手に分かれた。チュールさんとリリアが依頼達成の報告に、残りのメンバーがその場に残る。


「素材の売却だ」


 ガレスさんが受付に声をかけると、慣れた様子で職員が頷いた。ラッキーなことに他に待っている探索者がいなかったようで、受付の人から渡された紙を記入した後はすぐに別室に案内された。


 まずはロックバードやアッシュウルフ、オークの素材などを順に並べていく。…こうして見ると、やはり五人パーティーというのもあってそれなりに多くの敵を倒したんだなと実感する。一人で潜っていた時は持てる荷物の量に限りがあったし、モンスターとの連戦は出来る限り避けていたからなあ…。


 そこそこの量の素材があるため、複数の職員が手に持ってよく見たりして査定を行っている。少しスペースが開いたところで、ガレスさんが解体済みのエルダープラントの素材を床に並べ始めると、それを見た職員が少し驚いたような表情をする。


「……この個体、かなりの大きさがあったのではないのでしょうか。これは、四階層で?」


「腕がいいんでな」


 ガレスが軽く言い、視線をこちらへ寄越す。ほんの一瞬だけ、口元が緩んでいた。


 査定はすぐに終わり、提示された金額は僕の予想を明らかに上回っていた。


「……こんなに」


「まあ、こんなもんだろうな。俺たちは普段もっと長い間潜って三階層と中層を行き来してモンスターを倒す。素材は三階層によくいる運び屋に頼んでギルドまで持って帰ってもらうのさ。」


 確かに、長時間ダンジョンに潜るならそのほうが効率はいいだろう。いちいち自分たちでギルドと中層を往復していたのでは効率が悪い。

 ちなみに中層というのは4階層から8階層までのことを指している。1から3階層までは上層、9階層より下は下層だ。

 しかし中層と呼ばれてはいるが、実際のところこのダンジョンが何階層まで続いているかは確認されていない。この都市で一番大きな探索者クラン『紅蓮の翼竜』が最近最高到達階層を更新したと発表され、街はちょっとしたお祭り騒ぎになっていたが…確か15階層だったかな?

 そこに到達するまでには一体どれほどかかることやら…などと考えているとガレスさんが報酬の分配の話をしてきたので頭の中の余計な考えは言ったん放置することにした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 依頼にあったエルダープラントの素材を納品してきたリリアとチュールさんが合流し、そのまま五人で酒場に行くことになった。


「今日は将来有望そうな若者にも出会えたからなあ!美味い酒が飲めるぞ!」


「…そうじゃくてもガレスは毎日飲んでる」


 今回の報酬が入った袋を掲げて陽気に声を上げるガレスさんに、チュールさんが冷静につっこみ、みんなで笑いながらギルド併設の酒場へと移動した。


 木製のテーブルに腰を下ろし注文すると、すぐにエールが運ばれてきた。泡立つ琥珀色の液体が、戦いの終わりを実感させる。ちなみに僕は酒があまり得意ではないのでリンガのジュースを頼んだ。

 ちなみにリンガとはすっきりした甘味と酸味がする赤い果実のことだ。簡単に栽培できる上にとても美味しいのでここグローラントでも多く流通している。


 全員分の飲み物とつまみが到着し、ガレスがジョッキを持ち上げ乾杯の音頭をとった。


「まずは依頼達成お疲れ様だ!それと…」


 こちらをちらっと見て言う


「幸運の出会いに、乾杯!」


「「「「乾杯!!!!」」」


 グラスをぶつける音が重なり、中身が少しこぼれて宙に舞う。

 僕はそのまま一気に液体を喉の奥に流し込んだ。

 他の皆もゴクゴクと美味しそうにエールを飲んでいる。

 …その幸せそうな表情を見て羨ましくなった僕は、次はエールに挑戦してみようかと思うのだった。


 テーブルの上には簡単な料理も並び始める。焼いた肉、硬いパン、香草の効いたスープ。どれも特別なものじゃないのに、不思議といつもより美味く感じた。


 会話は自然と今日の戦闘の話へと移る。


「それにしてもあのエルダープラントは大きかったですね」


 リンスさんが感嘆し、それにガレスさんも低く唸るように同意する。


「確かにあんなに大きいエルダープラントは初めて見たな。最近なにやらダンジョンでも怪しい噂が広まってるし、なにかが起こってるのかもしれねえ」


「噂、ですか?」


 僕が問い返すと、ガレスは肩を竦めて続ける。


「ああ。奥の方で不気味な叫び声が響いてるとか、まるで人の言葉を理解してるみてえな動きをするモンスターが現れたとか……まあ、眉唾な話も多いがな」


 軽く笑ってはいたが、その目は笑っていなかった。冗談半分で流していい話ではない、と本能が告げている。


 実際、さっきのエルダープラントだって異常だった。

 あの規模、あの攻撃性。偶然の一言で片付けるには、あまりにも出来すぎている。


「確かに、さっきの戦い……正直、僕たち二人だったら危なかったです」


 思ったままを口にすると、チュールさんが小さく頷いた。


「五人で連携したからこそ、特に危険もなく安全に狩れた」


「そうだな」


 ガレスさんは少しニヤつきながらリンスさんの方に目をやる。リンスさんはグラスで口元を隠し、それは言わない約束ですよぉ、とでも言いたいような目でガレスさんを睨んだ。


 ガレスさんは手に持っていたジョッキを傾け一気に中身を飲み干し、テーブルに叩きつけて言った。


「なあ、アレン。単刀直入に言うが──俺たちのパーティに加わんねえか?」


「それは…僕たち二人で、ということですか?」


「おう。さっきので分かったが、お前達二人とも、少人数で潜るには惜しい動きしてるぜ。今のダンジョンは何が起こるか分からねえ。だったら、戦力は多い方がいい」


 理にかなっている提案だった。

 それに、さっきの戦闘で感じた手応え──あれは、一人では得られない種類のものだ。


 視線をリンスさんに向けると、彼は穏やかに微笑んだ。


「私は賛成です。アレンさんとなら、より深い層にも挑めると思いますから」


 二人の視線が、静かにこちらへ向けられる。


「あたしも賛成よ。前も四人パーティ組んでたし、もっと先に進むなら絶対二人じゃ足りないと思ってたから」


 ただし、報酬の分配はきちんとしてもらうわよ。と冗談めかしながらリリアがこちらを見て言った。


 僕はそれに苦笑しながらガレスさんの言葉に答える。


「……分かりました。僕達で良ければ、よろしくお願いします!」


 そう言うと、ガレスさんは満足そうに口の端を吊り上げた。


「決まりだな。じゃあ改めて──これからは同じパーティーだ。よろしく頼むぜ、アレン、リリアの嬢ちゃん」


 こうして僕たちのパーティーは結成された──だがこの時の僕は、これから自分たちがとんでもない事件の渦中へ踏み込むことになるとは、まだ知る由もなかった。

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