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夜の喧騒が嘘のように消えた早朝のギルド前。
石畳は朝露をまとい、淡い光を反射している。空気は冷たく澄み、街全体がまだ目覚めきっていない呼吸をしていた。
僕は壁に背を預け、静かに息を吐く。
腰の剣の重みを確かめる。革帯の締まり具合、鞘の角度、抜刀の抵抗。何度も確認したはずなのに、出発前になると無意識に手が伸びる。
初めて組んだパーティーでの初潜行。
胸の奥にあるのは不安よりも――予感に近い高揚だった。
「お待たせ!」
澄んだ声が朝の空気を揺らす。
振り向くと、朝日に照らされ燃えているかのような赤髪を揺らし、リリアが駆けてきた。ローブは軽装用に変わっており、魔導書の留め具が歩調に合わせて小さく鳴る。
その表情は明るく、これから初めて組む相手とダンジョンに潜るというのに、緊張は全くしていないらしい。むしろ早くダンジョンに潜りたくてうずうずしているかのようだ。
「早いね、アレン。もしかしてずっと待ってた?」
「今来たところだよ」
「絶対うそ」
まるで恋人のような使い古されたやり取りに、リリアがクスッと笑って言う。
「……でも、なんかいいね。こういうの。ちゃんとパーティーって感じ」
前のパーティーはどうだったのか。と聞こうとしてやっぱりやめた。恐らくそれを言うと彼女はあまりいい気分ではないだろうし、言う必要性も感じなかったからだ。
「じゃあ、行こうか」
俺たちは並んでダンジョン入口へ向かった。
鉄製の大扉の奥から、冷たい空気が流れ出している。
まるで巨大な生き物が獲物を前に草むらの影に潜み、静かに息をしているみたいだった。
一階層
内部へ足を踏み入れた瞬間、音が変わる。
外界の響きが消え、代わりに湿った沈黙が耳を包む。
苔が淡く発光し、壁面を青白く照らしていた。光源はないのに暗くならない――それは光を発する鉱石がダンジョン内部の壁面や天井部分に点在しているからである。光石と呼ばれるこの石もダンジョン資源の一つであり、日常生活にはなくてはならない物となっている。
街中ではこの光石が夜の街路を、はたまた家の中を照らしているのだ。この石が夜の道を照らしてくれているお陰で、昔に比べると街中での犯罪は大きく減少し、夜でもレストランや居酒屋に出かける人が増えたため町の経済にも大きく寄与しているのだ。
また、不思議なことにダンジョン内での鉱石やモンスターなどはどれだけ採取(狩猟)しても枯渇することはない。一時的に数が減ることはあっても、一定期間が経てばまたその量を増やしているのだ。ダンジョンは遥か昔からあると言い伝えられているのに、まだまだ分からないことは多い。
そんな風にダンジョンに思いを馳せながらも、僕はしっかりと周囲を警戒していた。そのおかげで曲がり角の向こう側に敵の気配を感じとる。
「まずは様子見だね」
「うん。後ろは任せて」
背後へ意識を広げる。
視線は前方に据えたまま、気配だけでリリアの位置を確認する。斜め後方、詠唱に十分な距離。射線は俺の肩越しに確保され、退路も塞いでいない。
理想的だ。
――背中を守られている。
それだけで、思考の半分が自由になる。
ここはまだ一階層、出てくる敵はゴブリンか、スライムか。どちらにせよ大した敵ではないが、パーティーを組んで始めての接敵ということもあるため気を引き締める。
足裏の力を抜き、石床を滑るように進む。鎧の擦れる音すら抑え、呼吸を落ち着かせる。
空気がわずかに揺れた。
通路の向こう側から湿った獣臭がわずかに漂ってくる。
向こうはまだこちらには気づいていないだろう。魔物特有の隠す気の無い不躾な殺意は感じ取れない。
息遣いからも感じ取れるように、敵は恐らく複数。相手が気づいていないうちに1体は確実に仕留めたいところだ。
もうすぐそこにいる、という直前まで進んだ僕は、静かに剣を抜いて曲がり角から飛び出した。
思った通りだ。獣の皮を腰に巻き付けた緑色の肌をした醜い小人──ゴブリン、それが4体。
唐突な第三者の出現にあっけにとられ立ち尽くしている彼らを見て、僕は奇襲の成功を確信し、そのまま一番手前にいたゴブリンの首めがけて剣を横なぎに一閃した。
一瞬の静寂、そして奇声。
ゴブリン達が手に持った粗雑なこん棒を構え始める。
だが、その隙にもう1体、返す刀で首を切断、とまではいかないものの深く傷をつけることに成功する。
残りは2体。しかも急な攻撃により冷静さを欠いている。こうなれば経験上あとは簡単だ。
勢いに任せ振り下ろされた棍棒を、剣の腹で受け流す。力を受け止めない。角度だけを変え、攻撃そのものを空振らせる。
金属が軋み、ゴブリンの体勢が前へ崩れる。
その隙に腰を回転させ、胴体に斬撃を走らせる。
刃が肉を裂き、そのまま剣を振り抜く。
血が宙に散る。残り1体、そう思った時だった。
「――ファイアアロー!」
背後で鈴のように澄んだ声が凛と響き、その瞬間、空気が熱を帯びた。
圧縮された熱量が一点へ束ねられ、鋭い矢の形をした炎が一直線に射出。今にも僕に襲い掛かろうとしていた緑色の小鬼を貫き、小さな爆発を起こした。
炎が駆け抜けてきた方角へ目を向けると、焦げた空気と残熱が周囲に揺らぎ、その向こうに杖を静かに下すリリアの姿が見えた。
「ナイスタイミングだよ!リリア」
周りに他の魔物の気配がないことを確認し、リリアにそう話しかけると、彼女は少しばかり膨らんでいる可愛らしい胸を張った。
「まあね。あたしの魔法、凄いでしょ」
冗談めかした口調だったが、否定する余地はなかった。
着弾の角度、発動の間合い、そして迷いのない魔力制御。偶然でできる精度じゃない。
さっきの一撃は、戦況を正確に読み切った者だけが撃てる魔法だった。
しかし、当の本人は胸を張りつつもどこか不服そうな表情を浮かべている。これだけの成果を発揮してまだ足りないとでもいうのだろうか。
少しの沈黙の後、彼女は焦げた小鬼を一瞥し満足そうに小さく息を吐いた。
「この調子ならすぐ2層に進んでも問題なさそうね」
軽く言うが、浮ついた様子はなく周囲への警戒は解いていない。
最初の印象とは裏腹に、リリアは想像以上に魔法の技術に長けていて、その上状況判断も的確だった。戦闘直後でも周囲を警戒している様子を見ると、僕も彼女とならまだまだ先に進めると感じた。
僕自身も先ほどの戦闘で大した消耗もしていないし、彼女の様子を見る限り魔力の残量も全く問題はなさそうだ。まあ、魔法なんて使えないからそんなものはわからないんだけど、彼女が先に進みたいということは大丈夫なのだろう。
「……うん。消耗も少ない。進めると思う」
そう答えると、彼女の表情がわずかに明るくなった。
「でしょ? 最初の連携にしては上出来じゃない?」
さっきのゴブリンを貫いた一撃を思い返せば、なんの不満も湧かなかった。
――これが、パーティー戦か。
一人で潜っていた頃にはなかった余裕が、確かに生まれている。
リリアは満足そうに頷くと、くるりと杖を回して肩に乗せた。
「じゃ、決まりね。さっさと降りちゃいましょ」
「ここから最短の経路では30分くらいで下に繋がる階段があるよ。降りる前に一応装備と連携の再確認だけしておこう」
「あ、そういうのちゃんと言うタイプなんだ」
「生き残るために必要だから」
そう言うと、彼女は小さく笑った。
「いいじゃない。そういう慎重な前衛、嫌いじゃないわ」
言葉の端に、確かな信頼が混じっていた。
そのまま通路の奥へ視線を向け、二階層を目指し、再び歩き始めるのだった。
設定とかあまり考えずに書き始めてしまったので主人公の口調とかまだ定まってません。設定固まり次第大幅に書き換える可能性があります。ご了承ください。




