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21話 迷宮異変⑥ 共同戦線

 ガレスさんの号令と同時に、僕たちは岩陰を蹴って飛び出した。


 待ち伏せが破られたと悟った瞬間、熔牙猟犬(ラーヴァル・ハウンド)が低く唸り、ひび割れた体表の隙間から橙の火を噴き出しながら一斉にこちらへ駆ける。速い。だが、その速さは既に見ていた。


「前はこっちが受ける!」


 四班の前衛が一歩前へ出る。大盾を構えたまま真正面から踏み込み、飛びかかってきた一体の体当たりを受け止めると、衝突と同時に火花のような熱が飛び散った。盾の表面がじゅっと音を立てて焦げる。


「熱っ……!」


「触れたら焼かれるぞ!」


 四班の誰かが叫ぶ。


 そのわずかな硬直を、こちらは逃さない。


 僕は横から一気に間合いを詰め、盾に噛みつこうとして首を伸ばしていた個体の脇腹へ剣を滑り込ませた。肉を断つ手応えと同時に、刃の先に嫌な熱が走る。体表の隙間から漏れる熱が、斬ったこちら側まで伝わってくるのだ。


 だが浅くはない。


 怯んだところへガレスさんの斧が叩き込まれ、その身に高熱を宿す猟犬は地面を滑るように吹き飛んだ。


 その一方で、後方に浮かぶ棘環幽鬼(スピナ・レイス)が円環状の棘をわずかに震わせる。次の瞬間、それらは空気を裂いて一直線に飛来した。


「散って!」


 リリアの声と同時に全員が散開する。


 床へ突き立った棘は石を抉り、遅れてそこからじわりと黒い染みのようなものが広がった。毒か、呪いか、あるいはその両方か。まともに受ける気には到底なれない。


「厄介すぎるぜあいつら…!」


「じゃあ先に潰すわよ!」


 リリアが杖を構え、迷いなく詠唱を切る。


「ファイアアロー!」


 圧縮された炎矢が一直線に飛び、スピナ・レイスの一体を貫いた。霊体じみた輪郭が大きく揺らぎ、周囲を回っていた棘がばらばらと床へ落ちる。完全に消滅したわけではない。だが、すぐ様次の攻撃には移れないようだ。


 そこへ、チュールさんの矢が音もなく突き刺さる。


 中心に滲んでいた眼のような光が揺れ、その個体は一気に輪郭を崩して霧のように散った。


「まず一体」


 淡々とした声。


 それを合図にしたように、もう一体のラーヴァル・ハウンドが死角から四班の後衛へ回り込もうとする。だが、その進路にはすでに槍使いが立ちはだかっている。しかしそれは迎え撃つのではなく、進路を狭めるような足運び。獣型相手に慣れている動きだ。


「アレン!」


「はい!」


 呼ばれるより早く踏み込む。


 槍で軌道をずらされたラーヴァル・ハウンドの首筋へ、僕はほとんど体当たりに近い勢いで斬りつけた。骨までは届かない。だが、十分に深い。炎のような光が体表の亀裂から一気に強く脈打ち、苦鳴と共に個体が身を捩る。


 そこへ追撃したのは四班の剣士だった。


 横薙ぎの一閃。


 首が半ばまで断たれ、ようやく二体目が沈む。


 数の上ではこちらが圧倒している。しかも一度観察して、相手の連携と役割を見切った後だ。最初に崩すべきはラーヴァル・ハウンドではない。針を飛ばす棘環幽鬼(スピナ・レイス)、そして擬態と拘束を担う転核擬体(ヴェルト・ミミクス)。そこを削れば、残りは連携の利を失う。


「擬体、動くよ」


 チュールさんの短い警告。


 空間の奥で岩塊のように見えていたヴェルト・ミミクスが、ぬるりと形を変えながら前へ出る。その外殻が内側から反転するように開き、粘質な内部構造が露出した。中心で明滅する核が、まるでこちらの動きを測るように脈打っている。


「こいつが頭か!」


 ガレスさんが吼え、そのまま真正面から踏み込む。


 さすがに相手も受けるつもりはないらしく、鞭のように伸びた構造体を振るって迎撃してくる。だが、そこで四班の盾役が横から割り込み、その軌道を強引に逸らした。


「今です!」


 リンスさんの声が重なる。


 僕は迷わずヴェルト・ミミクスの懐へ入った。


 擬態の外殻は見た目以上に柔らかい。剣を通した感触が妙にぬめり、思わず顔をしかめる。だが、その奥にある核だけは違った。硬い。明らかにそこが急所だ。


「リリア!」


「任せて!」


 返答と同時に飛んだ火球が、僕の斬り開いた裂け目へ吸い込まれるように直撃する。


 光が膨れた。


 次の瞬間、ヴェルト・ミミクスの全身が内側から破裂するように裂け、粘質な肉片と砕けた殻が周囲へ飛び散る。中心にあった核の光が激しく明滅し、それきり沈黙した。


 それで決まった。


 残っていたスピナ・レイス二体は、チュールさんと四班の弓手が一体ずつ処理し、最後まで粘ろうとしたラーヴァル・ハウンドも、ガレスさんと四班の前衛に押し込まれてほどなく倒れた。


 静寂が戻る。


 さっきまでの統率が嘘のように、その場には死骸だけが転がっていた。


「……思ったよりは早く終わったな」


 四班のリーダーが息を吐く。


「味方が多いと助かる」


 チュールさんがいつもの調子で答える。


「しかしこの魔物は下層に出現する種類です。七階層にいるのは異常事態ですね」


 エルミナさんが淡々と返したものの、その声音にはわずかに焦りの感情が混じっていた。


 戦闘を終えた直後、ガレスさんと四班のリーダーはすぐに周囲を確認し、それぞれの班に被害がないことを確かめる。軽い擦り傷や掠り傷はあっても、致命傷に繋がるものはない。共同戦線としては上々だった。


「で、どう見る?」


 四班のリーダーが、転がる死骸を見下ろしながら問う。


 その問いに答えたのは、エルミナさんだった。


「少なくとも、あの個体群は同じ目的のもとで動いていました。偶然の共闘では説明がつきません。特にヴェルト・ミミクスの行動はどこか司令塔のような役割を果たしているような気もします」


「けど、妙なのよね」


 リリアが、倒れた地殻獣(グラニス・ボルカ)へ目を向ける。


「倒したのに、そのまま放置してた。強化オークみたいに食べるならまだ分かるけど、そうじゃない」


「僕もそこが引っかかるんだよね」


 自然とその会話に口を挟んでいた。


「戦うこと自体が目的に見えた。獲物を得るためでも、縄張りを守るためでもなく……ただ排除するために動いてるみたいな」


 まあダンジョンのモンスターには縄張りという意識があるのかは甚だ疑問だけど…一応生まれた階層から移動することが非常に稀ってことを考えると、その階層を縄張りと捉えていてもおかしくない。

 ただこのモンスター達はどれも下層で生まれる種類だ。こいつらが中層で生れ落ちたのか、それとも下層から移動してきたのかについては考えても分からない。


 そこで四班の槍使いが低く唸る。


「統率はある。だが殺意が薄い。命令された手順をこなしてるような動きだった」


「ええ」


 リンスさんが頷く。


「行動に執着はありますが、感情がない。あれは通常の魔物の戦い方ではありません」


「捕食して強化される個体と、戦っても食わない個体……その違いが何か、だな」


 ガレスさんの言葉に、全員が短く黙り込む。


 同じ異変の中にあるはずなのに、起きている現象には微妙な差がある。


 強化オークのように、他の魔物を取り込んで力を増す個体。


 今のように、明確な役割分担と連携を見せながら、倒した相手には興味を示さない個体群。


「……異変が一種類じゃないのかもしれない」


 四班のリーダーがぽつりと呟く。


「あるいは一つの原因から、別の症状がいくつも出てるか」


 エルミナさんが静かに引き取る。


「どちらにせよ、下へ行くほど顕著になる可能性が高いでしょう」


 その時、四班の弓手が奥を指差した。


「報告にあった人間のような何か、見えたのこの先だよな」


 全員の視線が八階層への通路へと向く。


 セレアさん達は8階層でモンスターに囲まれた人間を見たと言っていた。そしてその周辺の異常行動を起こすモンスター…状況的にはこの先にいる可能性は高いだろう。


「追うにしても、証拠は回収してからだ」


 ガレスさんが言う。


「そうですね。最低でも数体は持ち帰りたいです」


 リンスさんが背中の荷袋を下ろし、その中から黒灰色の無底袋を取り出した。ギルド支給の空間拡張袋。口元を開けば、底のない闇のような空間が覗く。


 まずはヴェルト・ミミクスの残骸から回収が始まる。核の破片を中心に、外殻の一部、内部組織らしき粘質の塊。続いてスピナ・レイスの棘環、比較的形の残っているラーヴァル・ハウンドの頭部と前肢。さらに、倒れたまま放置されていた地殻獣の外殻片と魔石も念のため回収しておく。


「……ほんと、慣れないわねこれ」


 リリアがラーヴァル・ハウンドの前肢を持ち上げながら顔をしかめる。


「熱はもう引いてるけど、なんかまだ温いんだけど」


「それは当然です。熔牙猟犬は体全体に発熱機関のような特殊な筋肉が満ちています。活動を停止したからと言って生み出された熱がすぐさま拡散するというわけではありません。惜しむらくはこの新鮮な死体をすぐさま解剖したいところですが…」


 エルミナさんはすでに核片の観察に意識を向けていた。


「残念ながらそれはギルドの解析班の仕事だな」


 四班の誰かが苦笑する。


「もちろん地上に帰還した際には私も解析班に加わりこの面白い魔物を解剖…いえ、原因の究明に尽力させていただきます」


 途中までどこか悪い笑みを浮かべていたエルミナさんが途中で咳ばらいをし、その先の言葉を言い直す。その場に一瞬だけ乾いた空気が流れた。


 必要な回収を終えると、リンスさんは無底袋を再び荷袋へ収め、しっかりと背負い直した。


「これで最低限の証拠は揃いました」


「よし」


 ガレスさんが短く息を吐く。


「八階層へ行く。話にあった人物の確認と、五班の痕跡捜索を優先だ」


 異論は出ない。


 四班もそのまま合流を継続するらしく、陣形は自然と広がった。前衛の枚数が増え、後衛の護りも厚くなる。その分だけ頼もしさはある。だが、それ以上にこの先は一班では足りないという事実が、ずしりと重かった。


 僕は剣を握り直し、通路の奥へ視線を向ける。


 七階層の異常は、明らかに統率された魔物。


 なら、その先で待つものは、もう少し違う種類の異常かもしれない。


 そう考えた瞬間、背筋の奥がじわりと冷えた。


「……行こう」


 誰が言ったのかは分からない。


 けれど全員が同じタイミングで動き出し、そのまま八階層へと続く暗い通路へ足を踏み入れた。

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