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20話 迷宮異変⑤ パズルのピース

 戦闘の余韻がまだ空気に残る中、ガレスさんは躊躇なく通信石を起動させた。任務中の報告は遅れるほど価値を失う。今の一件は共有すべき異常のひとつだ。


「三班だ。三階層セーフティエリアにて負傷者三名を保護。内二名は重傷、応急処置済み。自力移動は困難だ。救護班の派遣を要請する。また、セーフティエリアにて複数のモンスターの待ち伏せを確認。問題なく倒したが警戒レベルをもう一段階引き上げる必要性があると感じた」


 簡潔な報告。数秒の間を置いて、低く抑えられた声が返ってくる。


『了解した。回収班を三階層へ向かわせている。そのままそこで待っていてくれ』


「了解」


 通信が切れた直後、また通信席が淡く光り声が聞こえる。他班からの連絡。調査隊の共通回線だ。


『二班。四階層セーフティエリアにて負傷者二名を保護。搬送支援を要請』


『四班。軽傷者一名、戦闘不能。位置を送る、回収を頼む』


 立て続けに入る報告は、どれも似通っていた。遭遇戦、負傷、撤退、そして保護。誰も無傷では済んでいないが、同時に壊滅的な損害も出ていない。ギルドの初動は問題なく機能しているようで、僕はその事実にそっと胸を撫でおろした。


「……そこも似たような状況ね」


 リリアが小さく呟く。


「それだけ広範囲で異常が出てるってことだ」


 ガレスさんが短く返した。


 ほどなくして、通路の奥から規律正しい足音が近づいてくる。現れたのは救護班だった。軽装ながら無駄のない動きで状況を把握し、エルミナさんから引き継ぎを受けると、歩けない負傷者を迅速に担架へ固定していく。


「ここからは我々が搬送する。任務を継続してくれ」


 淡々とした言葉。だが、その裏には明確な信頼があった。ここから先は、お前たちの領分だ、と。


 ガレスさんは一度だけ頷いた。


「ああ、頼んだ」


 それ以上のやり取りは不要だった。担架が持ち上げられ、救護班が去っていく。足音が遠ざかるにつれて、セーフティエリアには再び静けさが戻った。


「……行くぞ」


 短い合図とともに、僕たちは中層へと足を踏み入れた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 それから僕らはさらに先に進んだが、他班が既に対処した後なのか特に異常行動をするモンスターは見られなかった。もしかすると異常行動を起こすモンスターはそれほどの頻度で生まれるわけではないのかもしれない。ただそれを考えると、セレアさんやラナさんがあれだけの数の異常行動を起こすモンスターに囲まれていたのと矛盾が生じてしまう。異常行動を起こすモンスターの発生には何かしらの周期があるのか。


 そこまで考えてふと違和感を感じる。

 ──そもそもあいつらはダンジョンが生み出したモンスターなのだろうか。

 そうした考えが頭をよぎる。


 統率と連携を見せるモンスター、モンスターを捕食するモンスター、階層を跨いで移動するモンスター、そして何かに怯えるモンスター。なにかが繋がりかけているような気がする。しかし、それがもう少しのところでうまく線にならない。


 もう少し、もう少しで何かが見えそうな気がする──しかし、その思考はチュールさんの言葉に遮られた。


「…ストップ」


 七階層へ差しかかったところで、チュールさんの動きがぴたりと止まった。


 踏み出しかけた足が、そのまま宙で止まる。


 直後、彼女はわずかに手を上げ、音を殺す合図を送ってきた。どうやら、索敵になにかがひっかかったらしい。


 ガレスさんが即座に歩調を落とし、僕たちもそれに倣う。足裏で石を転がさないように、装備同士が触れないように、意識を極限まで研ぎ澄ませながら前進する。


 やがて、視界の先に岩の張り出しが見えた。


 その陰に、人の気配がある。


 チュールさんが小さく呟く。


「……四班」


 目を凝らすと、確かにいた。四班の面々が岩陰に身を寄せ、武器を構えたまま息を潜めている。戦闘の直前とも、あるいは直後とも違う。


 ガレスさんが指先で合図を送る。


 四班の一人がこちらに気づき、わずかに目を細めたあと、静かに前方を示した。


 ──見ろ。おそらくそう言いたいのだろう。


 僕たちは岩陰の縁まで身を寄せ、慎重に向こう側を覗き込む。


 そして、その先に広がっていた光景に思わず息を止めた。


 空間の中央で、一体の魔物が暴れている。


 岩殻を纏った大型個体──地殻獣(グラニス・ボルカ)。中層で稀に現れるレアモンスターで、普段は岩のような外殻の背中部分を地面に出し、大岩に擬態している。その外皮は非常に硬く耐久に優れていることで有名だが、その魔獣はかなり疲弊しているようだった。


 原因は、その周囲にいた。


 まず目に入るのは、左右に散って円を描くように走る二つの影――熔牙猟犬(ラーヴァル・ハウンド)


 黒く焼けた岩のような体表に走る無数の亀裂。その奥で橙の光が脈打ち、駆けるたびにそこから微かな熱気が滲む。細身の四肢はしなやかに地面を捉え、踏み込みの瞬間だけ、体の隙間から火が噴き出した。口を開くたび、牙の間で淡い火が揺れ、吐息は白ではなく赤く滲む。


 ただの獣に見えて、触れれば焼ける。


 その危険性が、動きの端々に露骨に滲んでいた。


 後方には、三つの揺らぎ――棘環幽鬼(スピナ・レイス)


 輪郭の曖昧な霊体の周囲を、数本の棘が円環を描いて浮遊している。ゆっくりと回転しながら、ときおり軌道を乱し、意思を持つかのように位置を変える。中心にだけ、かすかな“眼”のような光が滲み、そこからこちらではなく、ただ一体の獲物へと焦点が合わされていた。


 近づくほど、空気がざらつく。


 肌の上を見えない針が這うような、不快な感覚。


 触れれば生気を吸い取られる──そんな恐ろしさを感じさせる雰囲気があのモンスターにはある。


 そして、空間の奥。


 一見すれば、ただの岩塊があった。


 だがそれは、完全に静止してはいない。


 わずかに波打つ表面。目を凝らせば、内部で何かが蠢いているのが分かる。裂け目の奥で淡く光る“核”が、時折覗く。


 《擬体獣ヴェルト・ミミクス》。


 擬態は精巧だが、完璧ではない。生き物特有の息遣いがわずかに漂っている。


 どれも下層に出現するモンスター達だった。


「……まるで狩りだな」


 ガレスさんの声は低かった。


 確かに目の前で行われているそれはまるで狩りのようだった。


 だが、ただの狩りではない。


 ラーヴァル・ハウンドが一体、わざと踏み込む。グラニス・ボルガの注意を引き、重い一撃を誘う。その軌道は読み切られていた。振り下ろされた腕は空を切り、同時にもう一体が死角から滑り込み、脚部へ噛みつく。浅い。だが、それでいい。


 追撃はせず、大人しくそのまま離れる。


 次の瞬間、スピナ・レイスの棘が放たれた。


 狙いは外殻ではない。関節、首元、可動域の要。硬さを避け、動きを殺す位置だけを正確に穿つ。


 鈍る。


 体勢が崩れる。


 その刹那、ヴェルト・ミミクスが“開いた”。


 岩の表面が反転するように裂け、内部の粘質な構造が露出する。長く伸びた構造体が鞭のようにしなり、グラニス・ボルガの首元へ絡みついた。


 そこまでだった。


 次の瞬間、すべての個体が同時に後退し、まるで何事もなかったかのように周辺を歩き始めた。


 そこには動かなくなったグラニス・ボルカがまるでただの岩であるかのようにその場に放置されている。誰一体として、強力なモンスターを倒したというのに牙を突き立てようともしない。


 ダンジョンの魔物は、基本的に他種を捕食しない。


 それは知識としてではなく、常識として染みついている。


 だがそれは、ダンジョンの魔物がそもそも別種で争わないという前提の元、組み立てられた常識にすぎず、こうなってしまえば上層で見たオークの強化種のように捕食が始まるものだと思っていた。


 しかし、せっかく敵を倒したのにその先がない。


 まるで――


 排除すること自体が目的であるかのような動き。


「……気味が悪いな」


 四班の誰かが低く言う。


「戦闘すること自体が目的なのか…それとも一体なんのためにモンスターはこのような行動をとるのでしょうか。それが分かればもっと異変の本質に近づけそうですが…」


 エルミナさんも口元に手を当て、正面を見ながらブツブツと呟いている。


 僕も同じことを思っていた。

 共食いをするモンスターと、戦いこそするものの捕食しないモンスターの違い。

 だけどその正解にあと一歩で辿り着けそうな気がする。


 今のモンスター達は何かのるルールにのっとって行動しているように見えた。それは、セーフティエリアで待ち伏せをしていたゴブリン達にも、セレアさん達を襲っていたモンスター達にも共通している。

 不気味なくらいの連携に加え、獲物を徹底的に狩るという執着性、それに対してモンスター特有の殺意を感じないというか…。


 その時だった。


 ヴェルト・ミミクスが、ゆっくりとこちらを向いた。


 岩のように見える外皮の隙間に見える核が見つけた、とでも言わんばかりに明滅するのが見えた。


 次の瞬間、ラーヴァル・ハウンドが足を止め、スピナ・レイスの棘がわずかに角度を変える。


 モンスター達の意識がこちらへ向く。


「……バレましたね」


 リンスさんが静かに言う。


 迷いはなかった。


「やるぞ」


 ガレスさんの一言。


 全員が同時に動いた。


 岩陰を蹴り、距離を詰める。


 ラーヴァル・ハウンドが火を噴きながら迎撃に入り、スピナ・レイスの棘が空間を裂く。


 そして、ヴェルト・ミミクスが一歩、前へ出た。


 やはりこのモンスター達にはどこか明確な意思を感じない、何かのルールに従って周囲の生物を襲っているようにしか見えない。


 襲って来る彼らを見てそんなことを思いながら、僕は剣を抜くのだった。

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