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14話 突破口

 その場には(おびただ)しい数のモンスターが跋扈していた。

 よく観察すると、複数の種類のモンスターが徒党を組んでいることが分かる。


 岩陰や荒れ地に溶け込む体毛を持ち、群れで連携して獲物を追い詰める偽岩狼ストーンウルフ

 砂潜蜥蜴サンドリザードは地中を自在に潜行し、足元から断続的に奇襲を仕掛けてくる。地表に姿を晒す時間は極めて短く、確実に動きを奪おうとしてくる狩人である。

 風切鷲ウィンドラプターは上空を支配し、強風の中でも安定して飛ぶ大型の猛禽類である。上空からの急降下攻撃は非常に素早く、見てから回避するのは困難だ。


 本来であれば干渉し合うはずのない魔獣同士が、なぜ同じ標的に牙を向けているのだろう。

 理由は分からない。だけど、考えている時間もない。今は、ただその事実を受け入れるしかない。


「僕が、突破口を開きます!」


 宣言すると同時に、リリアの詠唱がほとんど間を置かずに完成した。

 さすがの魔法構築速度に僕は思わず舌を巻く。赤髪の魔法使いは、自身の役割を完全に理解している。判断から発動までに迷いがない。精度については、もはや言うまでもなかった。


「行くわよ──ッ!!!」


 圧縮された魔力が空気を震わせ、次の瞬間、視界の奥──モンスタ─の最も密集した一点へと、奔流のような光が叩き込まれる。


 そして、爆発。


 音ではなく衝撃としてそれは広間を貫き、偽岩狼(スト─ンウルフ)の群れを中心に、岩片と血肉を巻き上げながら一帯を抉り取る。さらに巻き込まれるように、砂中から姿を現しかけていた砂潜蜥蜴(サンドリザ─ド)が弾き飛ばされ、上空を旋回していた風切鷲(ウィンドラプタ─)が爆風によって大きく体のバランスを崩した。


 本来ならあり得ない、全く異なる種類のモンスタ─の共闘。

 地を這う群れと、地中から襲う捕食者と、空を支配する猛禽が、同一の座標に重なっている。互いに干渉し、縄張りを侵し合うはずの関係が、まるで一つの意思に束ねられたように、同時にこちらへ牙を向ける。


 嫌な予感がする。まるで何者かに操られているかのような──。


 だが、脳裏に浮かんだその考えを一旦放棄し、目の前の襲われている少女の救出のために疾走。爆心地に生まれた一瞬の空白へ、迷いなく踏み込んだ。


 足裏に伝わる感触が、これまでと違う。踏み込みが軽い。重心の移動が滑らかで、無駄な力がどこにも引っかからない。振るう前から、刃が通る軌道が見えている。


 最初の一体。


 衝撃から立ち直りかけたスト─ンウルフの首筋へ、ほとんど反射で刃を滑り込ませる。硬質な体毛に覆われているはずの防御を、まるで隙間を縫うように抜けて、手応えが一瞬で奥まで届いた。


 その一撃の成果を確かめる前に、次へ。


 足元の砂がわずかに盛り上がる気配を捉え、踏み込みを半歩ずらす。直後、サンドリザ─ドが牙を突き上げるが、その軌道上には僕は既にいない。着地と同時に刃を返し、露出した側面へと斬撃を叩き込む。


 上から風圧。


 ウィンドラプタ─が急降下してくる。


 視線を上げるより早く、身体が半身に開く。掠めるように通過した鉤爪の軌道を背後に流し、そのまま振り抜いた刃が翼の付け根を裂いた。


 連続しているのに、無理がない。


 呼吸と動作がずれていない。むしろ、全てが噛み合っている。


 自分が速くなったというより、世界の方がわずかに遅くなったような錯覚。間合い、タイミング、重心の崩れ、その全てが輪郭を持っているかのような、そんなこれまでに感じたことのない感覚。


 背後で矢が空を裂き、さらに別方向から炎が炸裂する気配を感じながら、僕は前だけを見る。


 押し寄せてくるのは壁ではない。流れだ。


 ならば、断ち切れる。


 群れの中心へと食い込むほどに、魔獣たちの動きは苛烈さを増す。スト─ンウルフは本来の連携を崩しながらも、数で押し潰そうと距離を詰め、サンドリザ─ドは足元を奪うために何度も潜行と奇襲を繰り返し、ウィンドラプタ─は上空から絶えず奇襲を重ねてくる。


 本来であれば共闘するはずのないモンスタ─達が一斉に襲い掛かってくる。理性でもって異なる種族の魔獣と連携を繰り出してくる。

 しかし、半ば動きが理知的であるからこそ、次の動きを予測することが出来る。

 そして、今の僕はそれを逃さない。


 斬り払い、いなし、踏み込み、間合いをずらしながら、確実に前へと進んで行く。致命を狙うのではなく、進路を切り開くための最短の動きだけを積み重ねていく。


 やがて、視界の先に結界の縁が迫る。


「今だ、押し切るぞ!」


 ガレスさんの声が背後から響く。

 僕が少女達への最短経路を進んでいるのに魔獣達に周囲を囲まれないのは、後ろで僕が生み出した突破口からガレスさんが続いて、片っ端から斧で倒しているからだ。

 それに、リンスさんが後衛であるリリアやチュ─ルさんを守ることによって、二人の攻撃もこちらに集中させることが出来る。


 モンスタ─の付け焼刃の連携なんかに、僕たちが負けるはずがない!!


 最後の一歩を踏み込み、群れの密度を強引にこじ開ける。


 光の膜のすぐ外側まで到達した瞬間、外からの圧力で軋んでいた結界が、内側からわずかに揺れた。


 結界の縁に刃が届く距離まで踏み込んだ瞬間、内側にいた少女がこちらに気づいた。焦点の定まりきらない瞳がわずかに見開かれ、張り詰めていた術式が一瞬だけ揺らぐ。


「助けにきた!俺達が一瞬隙を作る!その隙に一瞬だけ魔法を解除して中に入れてくれ!」


 モンスタ─の攻撃を捌きながらガレスさんがそう叫ぶ。

 少女が頷いたのを確認し、僕とガレスさんは全力で周囲のモンスタ─に猛攻を加え、空白のスペ─スを確保した。

 その瞬間、展開されていた結界にほんの刹那だけ、通過可能な隙間が生まれた。


 それに合わせ、僕達は体を滑り込ませるように結界の内側へ入り込む。直後、背後で再び光が閉じ、外の衝撃が遮断される音が鈍く響いた。


 近くで見る少女の消耗は想像以上だった。呼吸は乱れ、腕は震え、今にも崩れ落ちそうな状態で、それでも歯を食いしばって術を維持し続けている。


「来るのが遅れてすみません。ポ─ションが何本かあるから飲んでください」


 声をかけると、彼女の力がわずかに抜けた。


「……ありがとうございます……っ。正直、もう限界で……このまま、死ぬんじゃないかと……」


 同時にガレスさんが内側へ踏み込み、倒れている剣士の少女に無理やりポ─ションを飲ませる。


「生きてる。急ぐぞ!!」


 短い確認が飛ぶ。


 外では、再び魔獣の圧が高まりつつあった。結界越しでも分かるほどに、衝撃の間隔が詰まってきている。


 ここに留まる余裕はない。


「撤退する!最短経路でセ─フティエリアに向かう!まずはリンス達に合流だ」


 判断は即座だった。


 結界を維持していた少女も、ふらつきながら立ち上がる。僕はとっさにその肩を支え声をかける。


「ここから撤退します。走れますか?」


「大丈夫です…。ポ─ションの、おかげで…っ。体力も少し回復しました……」


 言葉の端が震えている。それでも、その瞳にはまだ光が残っていた。

 外見は僕と同い年ぐらいに見えるのに…強い子だ。


「分かりました。無理はしないでください。離れないで」


 短く告げ、肩を支えたまま一歩踏み出す。


 同時に、結界の外側で押し寄せていた魔獣の気配が一段と濃くなる。光の膜越しに叩きつけられていた衝撃が、まるで堰を切ったように連続へと変わっていく。


 長くは持たない。


「行くぞ!」


 ガレスさんの声。


 それを合図に、僕たちは再び結界の外へと踏み出した。


 血の匂いと獣臭が一気に流れ込み、同時に、待ち構えていたスト─ンウルフの群れが反応した。足並みを揃えるように前へ出てくるその動きは、先ほどよりも統率されているようにも見える。


 けれども、今の僕にはそれも大した問題にはならない。踏み込みの角度、牙を振るう軌道、次に詰めてくる個体の位置。そのすべてが、線として繋がって視界に浮かぶ。


「前、こじ開けます!」


 叫ぶと同時に踏み込む。


 最短で、最小の動きで、一体の喉元を断ち切る。そのまま体を流し、次の個体の進路を斬り払うように崩す。完全に倒す必要はない。最低限僕らを追って来れない程度に傷を負わせればいいんだ。


 その時、足元がわずかに揺れる。


 サンドリザ─ド。


 潜行の兆しを捉え、咄嗟に後ろへ飛ぶ。突き上げてきた顎を紙一重で外し、露出した背へと刃を滑らせる。手応えは浅いが、動きを鈍らせれるならそれで十分だ。


 上空から影。


 空からの刺客が急降下してくる。


 振り返らない。軌道だけを読み、掠めるように通過した鉤爪の後へ遅れて刃を振るい、翼の端を切り裂く。


 進路が、開いた。


「そのまま押せ!」


 後方からガレスさんの声。


 振り返らなくても分かる。背後は完全に抑えられている。斧の重い衝撃音と、何かが叩き潰される鈍い感触が連続して響いていた。


 さらに閃光。


 さらに、リリアの魔法が前方で炸裂した。炎が弾け、密集していた魔獣の塊が強引に散らされる。


 今だ。


 僕たちは一気にその隙間を進み、モンスターの一番密集していた地帯から抜け出すことに成功した。


 守る対象がいる分動きは制限される。それでも、不思議と窮屈さは感じなかった。むしろやるべきことが明確な分だけ、身体は迷いなく動く。


 斬るべき位置に刃を置き、踏み込むべき距離だけを詰める。


 それを繰り返すたびに、群れの流れがわずかに歪む。


 後方から、なおもストーンウルフが食らいつくように追ってくる。足元ではサンドリザードが潜行を繰り返し、上空ではウィンドラプターが執拗に旋回している。


「俺が先頭を行く!アレン、後ろは任せたぞ!」


「了解です!」


 即座に反転する。


 今度は前ではなく、後ろだ。


 迫るストーンウルフの牙を受け流し、そのまま首筋へ刃を滑り込ませる。勢いを殺さず、次の個体の進路へ踏み込み、追撃を断ち切る。


 これまで途切れることのなかったモンスターの猛攻が、かなり断続的になってきていた。


 完全に倒す必要はない。追ってくる足を削ぐこと、それだけに集中する。


 足元がわずかに盛り上がる。


 サンドリザード。


 踏み込みを止めず、着地と同時に刃を叩き込む。地中へ潜りきる前に叩き、再起不能にする。


 上空からの影も、もはや脅威ではない。来る場所は自分の真上と決まっているのだから、タイミングさえ見極めれば回避も容易い。


 決死の逃避行を続けるうちに、八階層の大広間の端──岩壁に穿たれた洞窟の入口が視界に入った。

 中層にはこうした横穴がいくつも存在する。いずれも下層へと繋がるものではないが、内部は迷路のように複雑に分岐し、地形そのものが天然の遮蔽として機能する。そしてその奥には、魔物の発生しない小規模なセーフティエリアが点在している。

 だからこそ、僕たちはそこを目指している。


「右から二番目の入口です! ついて来てください!」


 声が飛ぶ。


 だが同時に、背後の圧が一段と増した。

 逃がすまいとする意志でもあるかのように、ストーンウルフが前後から間合いを詰め、地面が波打つようにサンドリザードが潜行し、上空ではウィンドラプターの影が重なる。


 ──ここが山だ。


「押し切れ!」


 叫びと同時に、最後の一撃を叩き込む。

 刃が走り、わずかな空白が生まれる。


 その隙を縫って、僕たちは洞窟へと雪崩れ込んだ。


 直後、景色が切り替わる。

 入り組んだ通路。折れ曲がる岩壁。連続する分岐。視界は刻まれるように遮断され、追跡の圧が波のように寄せては消える。


 だが──減らない。


 削っても削っても、後ろから押し出されるように数が補充される。

 流れそのものが途切れない。


 このままでは、いずれ呑まれる。


「アレン、もういい! 離脱しろ!」


 ガレスさんの声。


 同時に、背後で膨れ上がる魔力の気配。


 リリアだ。


「まとめて焼くわ! 全員私の後ろに!」


 短い指示。


 迷いはない。


 最後尾に追いすがっていた一体を切り捨て、洞窟の壁を蹴って一気に前へ跳ぶ。


 その瞬間──


「──消し飛べッ!!」


 詠唱が弾けた。


 圧縮された魔力が解放され、狭い通路いっぱいに炎が奔流となって走る。

 それは単なる火炎ではない。爆圧を伴った魔力の塊が、壁と天井を舐めるように広がりながら、視界を赤く染めていく。


 轟音が空間を震わせ、空気そのものが押し潰され、爆風が背を叩く。


 振り返る必要はなかった。


 そこにあったはずの気配が、丸ごと消し飛んでいる。


 ストーンウルフの群れは焼き払われ、サンドリザードは地中ごと蒸し焼きにされ、ウィンドラプターは衝撃に叩き落とされた。

 通路の奥は炎と煙に覆われ、完全に遮断されている。


 追撃そのものが、断ち切られた。


「今のうちに振り切るぞ!」


 リンスさんの声に、全員が応じる。


 リリアが作ってくれた時間を無駄にするわけにはいかない。あとは走るだけだ。


 分岐を選び、曲がり、潜り、ただ最短距離をなぞるように迷宮を駆け抜ける。


 前方の空気が変わった。

 淀みが薄く、わずかに軽い。


「……ここだ!」


 視界が開ける。


 岩に囲まれた窪地のような空間。

 セーフティエリア。


 最後の力で踏み込む。


 境界を越えた瞬間、張り詰めていたものが一気にほどけた。


 振り返る。


 先ほどまで追ってきていた魔獣の気配は、この近くでは全く感じない。


 完全に振り切ったようだ。


 膝が崩れそうになるのを、辛うじて踏みとどまる。


 背後では、助けた二人が限界を迎えたように崩れ落ちていた。

 ガレスさんが支え、即座にチュールさんが水とポーションを用意する。


 荒い呼吸のまま、僕は通路の奥を見据える。


 あれだけの数のモンスターを相手にして、全員無事に逃げ切れた。

 本来なら、それだけで十分すぎる成果のはずだ。


 ──なのに。


 胸の奥に残った違和感が、どうしても消えない。


 あの統率。

 あの執着。

 本来、協力するはずのない全く種類の異なる魔獣たちが、まるで一つの意思に束ねられたように動いていた。


 偶然で片付けるには、あまりにも出来すぎている。

 何かが、このダンジョンで起きている。

 

 通路の奥、わずかな光で淡く照らされる暗がりの向こうで、得体のしれない何かがこちらをじっと見つめている気がした。

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