第22話 「っ、ふざけんな!!」
扉の外から足音が聞こえてくる。フレイさんは茶器などを片付ける為に部屋から出ているので、今この部屋には私とアルベヌしかいない。足音が止まり、外で何かを話す声がほんの僅かに響いてきて。手の上に座した状態でアルベヌを見上げれば、彼がひとつ頷く。それと同時に響いたノック音。
「陛下、エラでございます……ご所望の菓子職人をお連れしました」
来た。エラさんの声にアルベヌが私の身体に片手を被せるように添えてくる。
「入れ」
アルベヌの言葉に一拍遅れて扉が開く。
入ってきたのはエラさんと、少しキツめの三白眼の青年だった。あー、こういう顔の人以外に可愛いものや甘いもの好きだったりするんだよね。漫画や小説だと。
「失礼いたします、陛下」
「し、失礼いたします」
エラさんが一礼するのを見て真似るように声を出して頭を下げる姿を見て私に被されていた手が動く。
後頭部から腰までを指の腹で撫で下ろされ、ひくりと私の身体が震えた。
「ほう? 菓子職人というから女かと思っていたが……男か、珍しいな。近くに来るといい」
声をアルベヌが上げれば、エラさんが青年を片手でこちらに押しやるように動くのが見えて。それに青年は顔をそちらに向けたものの、大人しくこちらにゆっくりと歩み寄り始めた。
その間の私はと言えば、アルベヌの思うままに撫で回されている。たまに爪の先で顎や頬を掠められると流石に震えてしまう。
ある程度青年が近くに来て、アルベヌを見て。その手で弄ばれるように撫で回される私を見て。なにかに気づいたのか、目を瞠られたのがわかった。
「菓子職人。名を聞こう」
掛けられる声にハッとした青年はアルベヌを見てから眉根を寄せてチラと私を見下ろす。特になにかした訳でもないのに、と考えた私のことなどお構い無しに撫でていた手が止まり、再び私に被さってくる。
ぎゅう、と少し強めに挟まれる力加減に身動きが取れなくなる。呼吸は何とかできているけれど。
「菓子職人。コレが珍しいのは分かるが、我の言葉に応えなければ不敬罪だぞ?」
「っ! ご、ご無礼を致しました……! セシリスと申します、国王陛下」
「そうか。セシリス……普段からこれらに菓子でも作っているのか? 中々細かい芸当だった故、気になって呼び寄せさせてもらった」
圧が無くなる。私を見せるように青年……セシリスさんに手をかるく伸ばして、被せていた手が退けられた。少し手の上でくたりと力無く横たわる私を見る彼の眉根がギュッと寄る。瞳は何処か心配そうな色を孕んでいるようにも見えた。
「いえ、エラに頼まれて、初めて作りました……小妖精は、俺……私にはあまり馴染みがないので」
「ほう? 初めてであれか。中々器用なのだな? 我の小鳥……この小妖精もあの菓子を1度は驚いていたようにも見えたが、そのあとまるで懐かしむかのように見える食べ方をしていたからな。小妖精の好みに合ったものかと思っていたのだが外れたか。まぁいい。不思議ではあるが、今後もお前に我の小妖精への菓子作りを任せるとしよう」
「……っ、そう、ですか。ご期待に添えれるよう、尽力致します」
アルベヌが投げた言葉にセシリスさんが絞り出すような声を出す。
アルベヌの手が引っ込められ、不意に私の背中に大きな少し硬い感触が添えられる。周りの空気が背中に向かって吸われるような動きに、鼻が添えられているんだろうと理解した。
セシリスさんの目が不機嫌というか、嫌悪を纏ったような色になったかと思ったら、不安そうなものに変化する。表情も少し強ばったような。
「あ、の。質問、いいでしょうか」
「許そう」
「その、小妖精は……ずっと陛下が、飼われるおつもりですか……?」
セシリスさんの質問になんでそんなことを聞くのかと不思議に思う。何せ、アルベヌが言った通りの問い掛けだったから。
「変わった質問をするな? 普段なら即不敬だと断じるところだが……まぁ良い。コレをそうそう手放すつもりは無いが、まぁいつ飽きるかまでは我も分からんゆえな。飽きるまでは愛でるつもりだ」
「飽きれば、その子はどうなりますか」
「その子? ……っ、クハ、ハハハ! そうか、お前は顔の割に存外優しいようだなぁ? コレに酷い目にあって欲しくないと見える」
笑い声が近すぎて耳に響く。身を震わせた私の頭に指先が添えられた。グリ、と力強く頭を押すように触れられて痛いと顔を歪ませる。
「そうだな……我の小鳥は希少な種の小妖精だ。ペットにするのに飽いたなら……部屋に置いておくことに違いは無いが、間食に魔力を食べさせてもらうだけの保存食にするか……薬箱にでもしまい込むとしようか」
頭から指先が離れて、言葉を紡ぎつつ私を乗せた手を下方に下げられる。
ふう、とわざとらしく掛けられた吐息に口の前に移動させられたと理解する。
「……もしくは、あの時期の手慰みにするのも悪くは無さそうだ。コレらは可愛らしい顔を男女問わずしているーー」
「っ、ふざけんな!!」
最後の言葉に思わずだろう。カッとしたように声を上げたセシリスさんに、後方からエラさんの小さい悲鳴が聞こえた。
アルベヌの雰囲気が少し冷える。私を乗せた手がまた動いて、乗っている私を気にしていないかのようにその手のひらに頬を乗せて頬杖をする。
少し薄めの頬と硬めの手のひらに挟まれた私は思わず吸っていた息を吐き出した。
待って聞いてたけども思ったよりちょっと圧が強い。息が出来ない。
「我に対してふざけるな? 誰にモノを言っている?」
「命粗末に扱うやつなんて誰だって同じゲスだよ!」
「命? ハッ、何を言う。このように我の好き勝手にしているのに身を委ねるコレに命があると? 小妖精の扱いを知らないわけでもあるまい?」
「知ってるよ! けどその小妖精だけは、そいつだけはそう扱っちゃダメなやつだ!」
「お前がコレの何を知ってる」
「っ、そいつはーー」
「セシィ! アンタ何言ってんの!! へ、陛下、無礼をお許し下さい!」
言葉を遮るようにエラさんがセシリスさんに飛びついて発言を止めようとでもしてるのか、ドタバタとすごい音が始まった。
「エラ止めんな! あの子助けないと、あの子はああ扱っちゃダメだ!」
「いきなり何言い出してんの! 陛下にそんな物言いなんてアンタ首跳ねられたいの!?」
「んなわけねーだろ! ちょっと手を離せ!」
賑やかになった部屋の中、アルベヌが頬を浮かせる。一気に呼吸できるようになってゲホッと思わず噎せ込んでしまい、アルベヌの私を乗せている手がビクリと震えた。瞬時に、バチリと指が弾かれる音がする。同時にヴンと羽虫が飛んだような音がして、暴れる音も止まっていた。
「もう良い。喧嘩はやめろ」
「っ、誰のせいだと」
「あぁ、我らのせいだ。茶番に付き合って貰ってすまなかった。確認したいことがあったのでな。その前に」
アルベヌの制止の声にセシリスさんの引きつった声が響くも、それを遮るアルベヌが私を乗せた手を眼前に持って行って、私の身体を指先でそっと反転させ仰向けにする。天井の色が少し違う。防音魔法を詠唱なしで発動させたんだろう。あの羽虫のような音は膜ができた音らしいと理解できた。
「すまない、強く押し付け過ぎたようだ」
「はは……死ぬかと思った」
「本当にすまん。フォノ……埋め合わせは必ずしよう」
労るように私を撫ではじめたアルベヌに、エラさんとセシリスさんがな何が何だかといった顔を向けている。
その顔をアルベヌが静かに見つめ返し、
「セシリスといったか。お前、転生者だろう。恐らく、こやつと同じか似た世界からのな」
「なっ……!? あ、あぁぁッ!? 試されたのか俺……! やっちまった……!!」
アルベヌに指摘されたセシリスさんが頭を抱えて顔を俯かせた。
その様子に目を白黒させているエラさんがセシリスさんとアルベヌと私をキョロキョロと見回して。
「え? 転生者? セシィが? え!?」
「なんだ、幼なじみだと言っていたのに気づいてなかったのか」
「昔から不思議なお菓子とか料理作るとは思ってましたけど、発想力がすごいんだと……」
「なるほど、お前も存外見た目の割に素直らしい」
アルベヌがクツクツと愉しげに笑んで返したところで、頭をあげたセシリスさんが胡乱げにアルベヌを見た。
「なんでピンポイントで俺だったんです」
「あの菓子を考案していたのはお前なのだろう? それに我の小鳥……フォノァが名前を聞いて愕然としてたからな。聞いてみれば、前世では庶民のオヤツのひとつだと聞いてな? もしやと思った次第だ」
「え、と。セシリスさん? ちょっと高級な鈴カステラ美味しかったよ、ありがとう」
アルベヌの手の上で上体だけを起こして座るようにしてから、私があげる声にセシリスさんが目を瞬かせる。
「鈴カステラ知ってるって、もしかして元日本人?」
「うん、日本人! もしかして同じだったりする!? 私は鴻崎 穂花って言うんだけど」
「そうか。俺の日本人の時の名前は如月 圭太ってんだ。今はこっちで転生してるからセシリスだけど、好きに呼んでくれ。フォノァがこっちでの名前なのか?」
「私こっちで名付けられた覚えがないから、前の名前そのまま名乗ってるの。でも周りが言えなくて」
「うわマジか……災難だな。確かに小妖精に種族名以外の個体名があるなんて聞いた事ないからなぁ……じゃぁ俺はホノカさんって呼ばせてもらうわ。よろしくな」
「っ! ありがとう、セシリスさん」
久しぶりに名前を呼ばれて嬉しく思いはしゃいでしまう。ひくりと私の座る手が震えてアルベヌを見上げれば、ムスリと少し不機嫌そうな顔をしていた。え、どうしたの。
「随分と嬉しそうだな」
「そりゃ、名前ちゃんと呼んで貰ったの久々だし……?」
「我とて練習は密かにしているのだぞ」
「うん、知ってる」
「………………」
無言になるアルベヌの不服そうな顔に首を傾げたところで、ズパンと重いが小気味いい音が響く。
そちらを見れば、エラさんがセシリスさんの頭を勢いよく叩いていたところだった。
「アンタちょっと考えな!? 転生者だったこと隠されたのはまぁいいけどこれはダメだろ!!」
「いきなりなんだよ!?」
「陛下は一番にフォノ様の名前ちゃんと言いたかったに決まってるだろ!?」
「「え」」
エラさんの発言に私とセシリスさんが改めてアルベヌを見ると、なんとも言えないような渋面を作ってエラさんを見つめていた。
「……エラ。察してくれたのは有難いが口外はあまり気分が良くない」
「っ! で、出過ぎた真似を致しました!!」
エラさんが慌ててセシリスさんの頭も抑えて頭を下げる。セシリスさんの方が背が高いのに凄いな。
「……まぁ良いわかった。我だけでは練習も詰まるというものか。
セシリス。お前は我の城の従者の一人、違いは無いな?」
「……はい。先程は大変な失礼を……」
不意にアルベヌが嘆息気味に声を上げる。セシリスさんは一度怪訝な顔をするものの、自分が雇用主以前に一国の王に楯突いた事実を思い出したのか少し顔を青くして頭を下げ直す。
アルベヌは私を見下ろしてから改めてセシリスさんに視線を投げて。
「良い。そうなるようにわざと仕向けたのはこちらだ。気に病むな……それよりもだ」
言葉を投げながらアルベヌがセシリスさんを緩慢な動きで指差した。思わず息を呑んだような音が響いたところで。
「お前に我の講師になるという栄誉を与える」
『……は?』
少し厳かに言い放たれた言葉に、私とセシリスさんとエラさんの3人は思わず間の抜けた声を上げてしまったのだった。




