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女王の懐刀(2013)  作者: 瑞城弥生
伍 秘密
26/26

 諫早ミノリは苫前やよいのように粉々に崩れたりはしなかった。けれど体の半分を構成していたナノマシンが離れて行った後の、その姿は無残だった。虫を食ったようなその体は、直視できないほど酷かった。

 見ているのが辛くなって、目をそらす。

 それでも、彼女に対する悲しみは湧いてこなかった。

 もうそんな感情は捨てていた。


「とりあえずお疲れ様とだけ言っておくわ」


 後ろから声をかけられて振り返る。

 そこに柏崎サツキの姿は無かった。


「本当に体力を消耗するのよね、これ」


 杉崎ミカはかなり疲れていた。

 立っているのがやっとに見えた


「それで、あなたはどうするつもり?」


 ここまで来たからには、すべきことは一つだった。

 そうしなければいけない気がした。


「この先へ」


 杉崎ミカの横を通り抜けて奥へと進む。


『苫前アイラの本当の秘密がそこにあるんです』


 ミノリは確かにそう言った。だから、確かめてみたかった。

 たとえ裏切り者として始末されても。

 契約違反だと殺されても。


「それは、やめておいたほうがいいと思うわ」


 杉並ミカは腕を掴んで、奥へ向かうのを引き止めた。


「どうして」


 その力は決して強くはない。疲れているからだけでは無さそうだった。


「秘密を知るのがどういう事なのか、貴方は知っているはずよ」


 言われるまでもない。その覚悟はできている。

 それにもう――。


「そうだね。だからこそ――」


 知りたいと思ったのだ。


「それだけの覚悟があるのなら止めはしないわ」


 彼女は掴んでいた手を離した。


「また会いましょう」


 彼女の言葉には変な違和感があったけれど、返事をしないで奥へと向かった。

 行き着いた先には扉があった。

 真っ白い開き戸だった。

 ノブを握ってから一呼吸する。もう後戻りは出来ないのだ。


「問題ない」


 ゆっくりとノブを回して、一気にドアを押し開いた。


 部屋の中は、学校の教室くらいの広さがあった。窓は一枚もなく、薄暗い上に、冷房が聞いていて少し寒いくらいだ。中に入って、奥へと進む。

 教室であれば机があるはずの場所に、家庭用の冷蔵庫くらいの箱が並んでいて、その正面にはLEDのランプが付いていた。

 一番上はPOWERの表示、その下には、ALARM、LINE、ACSESSなどの文字が並んでいる。


「これって全部コンピューター?」


 それは情報処理の授業で習ったメインフレームによく似ていた。


「そうよ」


 部屋の奥の教壇が置かれているはずの場所には、幅の広い事務用の机がおいてあり、その椅子に一人の少女が座っていた。

 髪はやや紫がかった黒色で、長いシングルの三つ編だ。

 顔立ちは、可愛いというより綺麗と言った方がしっくり来る。

 むしろ綺麗すぎる。

 美しすぎる。

 不自然なくらいに。

 作り物のように。


「姫様?」


 苫前アイラは特務機関総司令のように、机の上に肘を乗せ、顔の前で手を組んだ格好で座っていた


「ごきげんよう。どうやらあの子は倒せたようですね」


 そういうミッションだった事をいまさらの様に思いだした。


「はい、でも……」


 だけど、本当に彼女を倒したのは柏崎サツキだ。とどめを刺しただけでは、ミッションをクリアしたとは言えなかった。


「あの人の事は気にしなくていいです」


 やっぱりこの人は何でも知ってる。考えていることが突き抜けだった。


「そうですか」


 彼女の前まで進んでから振り返った。生徒が居るべき場所に、コンピューターが並んでいるのは、とても異様な光景だった。 


「これは一体、何なのですか?」


 大きな冷蔵庫ほどもあるコンピューターは、情報処理の教科書に載っていた「過去の遺物」によく似ていた。


「素敵でしょう。今ではこんな大きなコンピューターなんて見かけないものね」


 苫前アイラは立ち上がり、一番前のコンピュター近づくと、そっと触れた。


「全部で三十二台。そしてこの一つ一つが私なのよ」


 最後の言葉は少しだけ寂しそうだった。


「この体は――」


 それから彼女は振り返り、自分の胸に手を当てた。


「傀儡なのよ。つまり人形ってことよね。私の意識も感情も、すべてがこのコンピューターの中にある。大量のデータを超高速演算で処理してから、その結果を自律システムで判断し、この体を遠隔操作する。それが私。そしてこの体は、全てナノマシーンで構成されているのです」


 前に突出された苫前アイラの左腕が、バラバラと崩れ落ちていく。肘まで消滅したその腕は、すぐに再生して元の形へ戻っていった。


「ヤヨイが砕け散ったのも、貴方は見たのでしょう」


 ミノリとの戦いを思い出す。確かに苫前ヤヨイはあの場所で砕け散って一度消えた。あの時はそれどころではなかったから、あまり深く考えたりしなかったけれど、冷静に考えればおかしなことだ。

 彼女たちが人間と違う存在なのだと、感覚的には理解していた。でもそれは、なにか新しい生命体だとか思っていた。その本体が、ただのコンピューターで、ナノマシンの人形を操っていたというのは意外だった。拍子抜けだった。


「この体なら、いくら壊されたところで修復は簡単だし、粉々に砕け散ったとしても、操作システムの再起動だけで済むのよ。最悪、ここが破壊されるようなことになっても再構築は可能なの。実際バックアップは複数あるのよ。だから私には『死』という概念は存在しない」


 彼女は再びコンピューターの躯体に触れた。


「私は死んでも代わりいくらでも作れるの。でもパソコンのリカバリーと同じで面倒なのよね、自分を一から作り直すのは」


 そう言った後で彼女は、何か思いついた顔をした。


「ああ、ごめんなさい。あなた、パソコンなんて知らないのよね」


 パーソナルコンピューターとは個人向のエンドユーザが直接操作できるように作られた汎用的なコンピュータである。

 昔は各家庭に一台はあったというそれは、携帯端末にとってかわり、特殊な職場や物好きなオタクぐらいにしか使われなくなっていた。


「でも、どうしてこんな所に」


 セキュリティー的に、この場所はあまり適していない。一般的なビルより確かに安全ではあるだろうけれど、それでも十分とはいえなかった、素人でもそれくらいは分かる。


「普通は役場の地下深くに専用のスペースがあるの。だけどこの町は、独立戦争のとき一番被害がひどくてね、多くの建物を失ったから、復旧にかなり時間がかかることも解っていた。だから緊急避難的にここが充てがわれたの。今の役場の地下には、ちゃんとした設備も整っているのよ」


 そういう歴史的な話は、分からないでもない。独立戦争直後のこの街の酷さは、小学校で習ったことだ。


「じゃあどうして」


 だけど、ここに居続ける理由が分からない。


「だって、引っ越しするのは面倒じゃない? 目立つしね」


 面倒だというのは、いかにも苫前アイラらしい言葉だった。

 だから少し安心した。 


「それに私、結構この場所気に入ってるんだ」


 彼女は笑った。とても幸せそうに笑った。

 それはとても人間的な感情だ。コンピューターの考えとは思えない。

 彼女のその笑顔は本物だった。

 とても素敵な笑顔だった。


「それで、貴方はどうするつもり。特定秘密である私の本当の姿を見た以上、覚悟はできているんでしょうね」


 町を支配している姫の本体がコンピューターで、その体がナノマシンだと、そんな秘密を知った以上、いや、すでに後戻りはできないことぐらい解っていた。

 それを誰かに言ったところで、誰も信じてはくれないだろう。

 それでも、秘密は秘密なのだ。

 だから、答えは決まっていた。


「どうもしません。約束通り、これからもあなたの従刀を続けます」


 どのみちそれしか選択肢はないのだから。

 体の半分がナノマシーンに入れ替わっている以上、苫前アイラに命を握られているのは間違いないのだ。生きて行きたければ、従うしかない。

 いや、でもその気持は今までとは少し違った。

 彼女のために本気で生きようと、少しだけそう思った。 

 少しだけ、彼女のことが好きになった。


「そう。それが一番賢い選択だと私も思うわ。だったらこれからもよろしくね」


 差し出された右手を握り返す。

 その手はとても冷たかった。


「そういえば店の方にお迎えが来てるわよ。早く行って上げなさい」


 心当たりはなかったけれど、そう言われたらすぐにこの場所を去るしか無い。


「そうですか。分かりました」


 そう言って部屋をでる。


「ごきげんよう」


 彼女はいつもどおりの冷めた声でそう言った。

 途中の部屋には、もう諫早ミノリの体も、杉並ミカとその仲間も居なかった。

 大きな丸い扉を抜けると、銀行の中は綺麗に片付けられていて、同じ学校の制服を着た少女が一人、扉の前で待っていた。


「一人で行くなんて水くさいなぁ」


 彼女は、膨れっ面で迎えてくれた。


「ごめん」


 顔の前で手を合わせて許しを請う。


「まあいいわ」


 上平カスミは、小さく笑ってゆっくりと手を差し伸べた。


「おかえり」


 そこに手を重ねる。 


「ただいま」


 彼女は何も聞かなかったし、何も言わなかった。

 手をつないだまま銀行を後にした。 

 彼女の手は、

 とても暖かった。

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