9・エピローグ
渡鳴神社の秋の例大祭で、清一、深二、潤、流留の四人でやる余興は、大成功に終わった。
「すごいな。報道陣の数」
出番が終わって社務所に引っ込んでから、窓の外をみて清一が言った。
「雷神子の公式公開だからなあ……」
「やめてよ深二。雷属性なんてないのっ!」
「魔神利宇摩の雷神子」。そんな見出しを週刊誌の表紙に見つけたとき、流留は思わずのけぞった。魔神って……。雷神子って……。
(つくったけどさ。雷雲つくったけどさ。でも主犯はこいつじゃん!)
余興に出るため、潤はめずらしく自分の体に戻っていた。しかし事は済んだとばかりに、さっさと霊体になろうとしている。トーマに「おい」と声をかけていた。
トーマは豪奢な平安装束をやめたので、雑然とした社務所でもまったく浮かない。白いシャツと濃灰色のボトムで、髪型も服のシルエットも今風だ。トーマは今風なんてわからないから、ファッション指導はおしゃれな楓がやった。
服装が個々の神様の好みなのは流留もしっていたが、年齢も変えられるとはしらなかった。
トーマは今、凛々しい青年姿をやめて、十代半ばの少年の姿である。
でも、いつもはほとんど潤の姿である。
「潤、また行っちゃうの?」
「いや」
父親の仕事についていかないのなら、なんで霊体になる必要があるのだろう……。
トーマと潤が、慣れた様子で入れ替わる。霊体も服装が好きに変えられるようなのだが、霊体の潤は一度死んだときのまま、ライトグレーのパーカーだ。服などどうでもいいのだろう。
「まったく、仲がよろしいこと」
デイジーはだいぶ回復して、明日には渡鳴湖を発つそうだ。楓は今日、家族が来ていて、一緒に渡鳴湖観光を楽しんでいる。デイジーの計らいだ。
「潤の体だから、正直困るんだけどね……」
流留はいつも自分と一緒にいたがる潤トーマを指さして言った。
外は例祭に訪れた参拝客と報道陣がごったがえしている。
知り合いが多い社務所の中で、潤の姿で甘えられるのは恥ずかしくて、居場所がない。
しかたがないので階段に座って潤トーマにしなだれかかられているところへ、デイジーがやってきたのだった。
「流留は俺の神子だからいいんだ。スキンシップだ」
「よくないよ。だって潤の体じゃん。べたべたしたら潤に悪いっての」
「なら潤と一緒になればいいんだ。清一との婚約は、なしになったたんだろう?」
「一緒にって。あのねえ!」
利宇摩神の分体が戻ってきたことと、力を授かった流留が飛行機を止めるというやんちゃをいきなりやらかしたことで、流留は世間で悪目立ちしすぎてしまった。
鳴沼家当主・月夜は、ここで強引に流留と孫との婚約話をすすめたら、鳴沼家は神子界で顰蹙を買うと判断した。
というわけで、清一との婚約はとりあえず保留になったのだ。
「ふーん。まあよろしいんじゃなくって? 流留のタマゴに潤のタネなら、絶対優秀な神子が生まれますわ。くっついてしまいなさいな」
「で、デイジー……。あなたって人は……」
「でも、当分妊娠はやめてくださいましね。近いうちにまた手を借りるかもしれませんもの。きちんと避妊なさって」
「デイジ――――っ!」
***
沙月は数年ぶりに実家の神社の例祭に参加した。神力管理局は慢性的に人手不足で、実家に戻るのもままならない。今回だって、帰省ではなくて仕事で来たのだ。
潤を管理局員として迎え入れることは、潤の状況が激変したことで取り止めとなった。
自由に霊体になれて風神を降ろせて、さらに利宇摩神の器である少年なんて、破格すぎて公務員として雇い入れることなど現状では無理だ。
その代わり、ありがたいことに来年度の流留の確保に成功した。
利宇摩神の力をつかって空港業務を止めたことで、流留の監査はさらに厳しくなる。ならばいっそ、神力管理局新支部に所属したらどうかという提案を本人と家族、そして月夜が承諾したのだ。提案という形ではあったが、半ば国からの強制のようなものだ。
(なんかすごいことになってきちゃった)
沙月が潤を羽子崎に呼ぼうとしたのは、潤を鳴沼家から離してあげようと思ったからでもある。
潤は流留が好きなのに、流留は清一か深二のものになってしまいそうだったから。
(なんで誰も気づかないのかなあ。あんなにわかりやすい子っていないと思うけど)
霊体の潤がいつも着ているのは、流留に貸したグレーのパーカーだ。
霊体にばかりなっているのはなぜかとたずねたら、潤は「余計なことを考えなくてすむから」と言った。十代の少年の肉体に付随する余計なことなんて、わかりきっている。
(さてはて、どうなることやら)
渡鳴湖の秋は、日一日と深まってゆく。
―END―