第1話 マスコットから繋がった世界
「ただいま」
誰の返事も聞こえてこない暗い部屋。
慣れた手つきで電気を点けた。
矢野敬斗、二十七歳。
ビニール袋から買ってきた物をテーブルに出す。
割引の弁当にサラダ、ビールにお菓子。
部屋着に着替え、テレビをつける。
テレビ離れが騒がれる昨今だが、敬斗は家にいる間、ほとんどテレビをつけっぱなしにしている。
もっとも、見るのはニュースくらいだ。
それ以外には興味がない。
「へー、今年は涼しい夏になるのか」
異常気象について話すキャスターに相槌を打つ。
温めた弁当を食べながら、テレビを見続けた。
――――――
『今日の特集です』
『今回は、特殊なフィギュアを使った町おこしの取材です』
『訪れたのは門前町。山あいにある呉家村周辺では、地元で採れる特殊な水晶を使った商品が話題になっています』
小太りの若い男性が前に出る。
『村おこしを企画された佐久間大吾さんです』
『佐久間さん、商品の説明をしていただけますか?』
カメラ慣れしていないのが分かる、ぎこちない仕草で頭を下げる。
『はい。ここ呉家村では、特殊な水晶が特産なんです』
『今回は、大手キャラクター会社との提携で、水晶を使ったマスコットとして売り出すことになりました』
そう言うと、男は自分の後ろにある店を指さした。
カメラは店に飾られたマスコットを大写しにする。
『うわー。かわいいですね。それに、とても透き通っていてきれいです』
アナウンサーがマスコットの感想を告げていた。
――――――
「んん?」
食べていた唐揚げを慌てて飲み込み、ビールで押し込む。
「これ……まさか……」
椅子から立ち上がり、画面に近づいて食い入るようにマスコットを見つめる敬斗。
画面はマスコットから切り替わり、町の紹介になった。
――門前町。
「ここ……前に行ったな」
何もない、寂れた駅だったことを覚えている。
敬斗はその場に座り直し、しばらくテレビを見つめた。
「こんなところにあるとは……」
◇
テレビを見てから三ヶ月ほど経った休日、敬斗は門前駅のホームにいた。
「うん、そうだ。こんな感じの駅だった」
降り立った駅はかなり寂しく、電車から降りたのも敬斗一人だけ。
無人駅だった。
数年前に来たときとまったく同じ。
時間が止まったように、記憶の中の景色と何も変わっていない。
敬斗は最近こそ減ったが、休日のほとんどを旅行にあてていた。
この九年、日本中津々浦々を回り、行ったことのない地域を探す方が難しいほどだった。
延べなら、日本三周分ぐらいは旅をしている。
ホームを出て、バス停を見る。
一日に数本しかない寂しい時刻表。
「そうか。前回はバスがなくて、この先には行かなかったんだ」
時刻表を見て、前回来たときのことを思い出した。
今回はネットでしっかり時刻表を確認してある。
「便利になったものだ」
◇
「お客さんも東京の人かね」
年配のバス運転手が話しかけてくる。
乗客は敬斗一人だった。
「ええ、そうです」
ミラー越しに見える運転手は満足したように頷くと、
「やっぱり、あれかね?」
「ふぃ、ふぃ……なんだっけ?」
(フィギュア? いや、マスコットだろ?)
「マスコットですか?」
「そう、そのスコット。それが目的?」
「ええ、そうですね」
敬斗は軽く流した。
「しばらくは、すごかったんだけどね」
「今は落ち着いたというか……失敗したというか?」
「まあ、大吾のことだから、こんなことになりそうだとは思ったが」
その口ぶりに、敬斗は何やら不穏な空気を感じる。
移動時間は二十五分ほど。
その間に、話好きな運転手からいろいろな情報を仕入れることができた。
到着した呉家村は、時間が数十年前から止まったような田舎だった。
そんな道沿いに、古民家を改装した洒落た店が一軒だけ浮いている。
店先には、客とも店員ともつかない数人の若者がたむろしていた。
店内に入る敬斗を不審そうに見ている。
店の奥には、ライティングで輝くマスコットが並んでいた。
それをじっと見つめる敬斗。
(間違いない)
実物を確認し、敬斗は小さく頷いた。
「お客様、どんな契約をお望みですか?」
手を擦り合わせながら、小太りの若者が愛想笑いで近づいてくる。
「この商品なんですが」
待ってましたとばかりに、男は少し困ったような顔をした。
「そうですねぇ。現在とても人気でして……」
「あまり数はないのですが、どうしてもと言われるならば」
「お客様を優先して商品を納入することもできます」
そう言いながら、上目遣いで覗き込んでくる。
「ただ、特急料金としてお値段のほうが……」
「いや、商品ではなく、この石の原石を見せてもらいたいんですが」
その瞬間、男の愛想笑いが消えた。
「てめー! 何探りに来てんだ、叩き出せ!」
その声を合図に、敬斗は数人の若者に囲まれる。
「え?」
そう思った次の瞬間、小太りの男に蹴り飛ばされた。
「いった!」
店先の道路に転がる敬斗へ、小太りの男が怒鳴りつける。
「てめー、これ以上探る気なら容赦しないからな。出ていけ!」
そう言い残し、男は店に戻っていった。
敬斗は立ち上がり、軽く砂を払う。
「あれが、さっき運転手の言っていた佐久間家の大吾か」
思わずつぶやく。
代々、門前町長を務めてきた佐久間家は、あまり評判が良くないようだった。
――噂以上だぞ。
今の日本でいきなり足蹴にするなんて、聞いたことがない。
昭和のヤクザ映画ぐらいだ。
しかし、まいったな。
これで手がかりが消えた。
そう思いながら、店先から睨んでいる連中から離れるように歩き出す。
「次のバスまで、かなり時間があったな。しばらく歩いてみるか」
敬斗は舗装もされていない田んぼ道を、あてもなく歩き始めた。
しばらく進んだところで、田畑の中にぽつんと一軒だけ、周囲とは雰囲気の違う建物が見えてきた。
敬斗は表側へ回り込んだ。
古いながらも手入れの行き届いた、和洋折衷の独特な外観だった。
玄関脇には、かつて店だった名残らしい小さなショーウインドウが残っている。
その中には、色や泡の混じった水晶で彫刻された置物があった。
ウサギやカエルが元気に飛び回る様子を表現した置物。
「鳥獣戯画か」
敬斗にも見覚えのある意匠だった。
今にも動き出しそうな躍動感がある。
「石の方を調べないとダメなんだが、この造形は見事なものだな」
じっと観察する敬斗。
その瞬間――
「お祖父ちゃん、い――キャッ!」
勢いよくドアが開き、女性が敬斗にぶつかってきた。
「ごめんなさい! まさか人がいるなんて。大丈夫ですか?」
敬斗は軽く手を上げる。
「あ、大丈夫です」
そんな敬斗の様子を見て、女性が尋ねる。
「ショーケースのそれ、気になります?」
「ええ。実はこれを探して、この村に来たんです」
その言葉を聞いた女性は、にこやかに笑った。
「中にどうぞ。まだ他にもありますよ」
そう言って店内へ案内する。
どうせ行くところもない敬斗には、断る理由もない。
素直に従い、店内へ入った。
「いらっしゃい」
奥から老人の声がした。
店内の奥で作業をしているようだ。
店内にはカウンターがあり、その奥のショーケースには時計が並べられていた。
「時計屋さん?」
思わずつぶやいた敬斗に、作業を中断して出てきた老人が答える。
「ええ、この村唯一の時計屋です」
そして苦笑いしながら続けた。
「まったく売れませんけどね」
田舎にはあまり似合わない、垢抜けた印象の老人だ。
「お祖父ちゃん、店先のうさぎさんを見ていたのよ」
「そうでしたか」
老人は穏やかに答える。
「あれは鳥獣戯画ですよね? あなたがお作りに?」
「ええ、素人の暇つぶしですよ」
「とてもそんなふうには見えませんでしたが……」
そんな会話に女性が割り込んでくる。
「お祖父ちゃんは腕の良い時計職人で、銀座の有名なお店で働いていたんです」
そう言いながら、手に持ったケースを開ける。
そこには見事に彫刻された懐中時計があった。
「これは素晴らしい」
「これはお婆ちゃんにプロポーズするときに贈った時計なんです」
女性は嬉しそうにニコニコと話す。
「これ、そのへんにしておきなさい。すみません」
そう言いながら、老人が軽く頭を下げた。
敬斗は、老人に向き直ると今回の目的を告げようとした。
「実は……」
敬斗は一瞬口ごもるが、意を決して話し始めた。
「この石に興味がありまして」
「石? 人形じゃなくて?」
敬斗の言葉に、女性が予想通りの反応をした。
(これはまた面倒事になるか)
先ほどのことが一瞬、頭をよぎる。
「ほう、それはどうして?」
老人は穏やかに返した。
敬斗はその反応に少しホッとしながら、話を続ける。
「実は私は、長年その石を探していました」
「今回たまたまテレビで見かけて、この村に来ました」
そう言って、先ほど起こったことを話す。
「また大吾がやったのね。お祖父ちゃんの人形を真似しただけじゃなく、暴力まで……」
「それは難儀なことでしたね」
二人して親身に心配してくれていた。
「この原石はありますか? あるなら見せていただきたいのです」
その言葉に、老人は小さく頭を振る。
「ここにあるだけです」
「他に手に入れる方法は?」
「無理ですね。私では手に入れることはできません」
「これは、たまに店先に落ちているのを拾ったものです」
「カラスか何かが運んでくるのでしょう」
「ねぇ、お祖父ちゃん。これ、本家が管理している石よね?」
女性の言葉に老人が頷く。
「うむ。許可された者以外は、触ることもできないな」
「お祖父ちゃんでも?」
老人は黙って頷いた。
その会話を聞いていた敬斗は食い下がる。
「なんとかする方法はありませんか?」
老人は考え込んだ。
「あ!」
女性が何かに気づいたように声を上げ、老人を見る。
「お祖父ちゃん、あれ……」
老人も気づいたように孫を見る。
「……『必要とする者が現れるまで、石を守れ』か」
そして老人は、決心したように敬斗を見た。
「石を必要とする理由は?」
ここまでの話を聞いていた敬斗は、普通の方法での説得は弱いと感じた。
「見てもらう方が早いようですね」
「一つ、お借りしてもいいですか?」
そう言って、鳥獣戯画の人形を指さした。
「どうぞ」
老人が許可を出す。
敬斗はいくつかを見比べると、一つの人形を掴んだ。
「見ていてください」
老人と女性は、敬斗が掴んだ人形に注目する。
「行きます」
そう言うと、淡く赤に染まった石が少しずつ透明になっていく。
「うわぁ……」
その様子を見た女性が声を上げた。
老人は眉間にしわを寄せ、じっと見つめている。
みるみるうちに透明になっていく石。
コトッ。
敬斗は人形を机に置いた。
人差し指を立てる。
「ぷちファイア」
指先に、小さな炎が灯った。
「「えっ!?」」
敬斗はその炎を見つめ、ニヤリと笑った。




