断頭台
「随分とご無沙汰だわねぇ・・・レイ・カトーノ」
俺は今、断頭台の前・・・もとい、
ローレンスにある教会「死を待つ弱き者の為の家」の礼拝堂にいる。
そして目の前にはマザーことパトロメウス・メーメント。
そしてかまくらお姉さん・・・じゃない、ステラことステファニー・アルトマン。
とてつもないおっかない顔したふたりの前で正座させられている。
させられているというより、あまりの迫力に自ら正座してしまったのだが・・・
ーーー何でこうなった。
俺はココロに溜まったもやもやと、
下半身に溜まったムラムラを開放すべく、
ひっとりこっそりローランドに入場したはずだ。
ちゃんと入場料銀貨1枚払ったところで、
強面の黒服を着た男たちに連行されてしまった。
「・・・すみません、すっかりご無沙汰してしまって」
ご無沙汰しているが故に、本日万を期して利用しているつもりなのだが。
ふたりの顔色を見る限り求められているのはそういう答えじゃないようだ。
「あなたからの報告がないから、こちらもイライラしていたのよね・・・」
かまくらを揺らしながらもステラさんも不満を隠そうとしていない。
なるほど、ミーナとルナの近況報告がなかったという訳か。
「えーと、本日はお日柄もよく・・・」
「曇ってるわよ。ポツリポツリとお目も降ってるし」
「・・・お日柄とはですね」
「天気の話はいいから早く報告して頂戴」
ふたりの不満の大きさが窺える。
「ミーナは実によく働いてくれてます」
「当り前よ。私たちが育てた娘よ!」
「身請けしたから奴隷扱いしているのかしら?」
第一の報告が失敗した。
「実はコロッケの屋台を始めまして」
「そんなの知ってるわ。ルナが毎週私たちにお土産といって持って来てくれるもの」
「薄情なあなたと違ってミーナとルナは私達の事忘れたりはしていないわ」
第二の報告も失敗した。
「先日、うちの店の従業員たちと慰安旅行を兼ねて海水浴に連れて行きましてね」
「うっ、海ですって!海洋魔獣の巣窟にミーナとルナを泳がせたの!?」
「あなた、あの娘たちを撒餌にして自分だけ助かろうとしたんじゃなくって!?」
第三の報告は大失敗だった。
「・・・とにかくコロッケ屋台の事はミーナから報告は受けてるわ。部屋も食事も十分に与えてくれていると聞いて安心してるの」
「いい服を何着も買ってくれたってあの娘たちすごく喜んでいるわ。それには感謝しているけど」
「すみません、ご報告が遅れてしまいまして・・・」
確かにこれはマズかった。
娼婦を身請けしたといっても、
マザーたちからすれば、我が娘を他人に譲った事と同じである。
血の繋がりがなくても親心は存在するのだ。
「私たちが不満なことは、報告が遅いって事だけじゃないの」
「そうよ、あたな私たちの娘を幸せにするって言ってだじゃない。それをあなたは・・・」
・・・土下座か?ここは土下座すればいい所なのか?
「すっ、すみません。お恥ずかしい限りで・・・穴があったら入りたい所です」
「そう、それよ。それそれ!」
「・・・はい?」
「あなた。せっかく手に入れたミーナになんてことしてくれてんのよ。まだ未開通のようね、まったく」
「・・・はい?」
「はぁ、まだわからないの?なんでミーナを女にしていないのかって聞いているの。責任取ってくれてるんでしょ!?」
・・・鬼畜だ。こいつらは心の底まで鬼畜だ。
「ミーナはまだ15歳です。俺からみればまだまだ子供です・・・」
「なに言ってんの。15と言えば立派な大人よ」
「懐妊報告がないからおかしいなとは思ってたけど、あなたまさかあっちの趣味があるの?」
駄目だ。
こいつらの思考回路は次世代に遺伝子を残すことしか構築されていないらしい。
「たっ、大切なものこそゆっくり大切に愛でていたいものです。それにミーナには心から好きになった人と結ばれてほしいという親御ごろは俺もお二人と同じ気持ちなんですよ。そういえば、おふたりに手土産がありまして・・・」
あわててズボンのポケットに手を突っ込む。
俺のアイテムボックスは少しだけ厄介だ。
チロルもアイテムボックスを使用するが、
ダンダリオンの骸を格納できるほど間口が大きい。
容量は平均的な6畳間くらいの収納能力がある。
これは総魔力量に比例するらしい。
俺はこの魔力量が多いので、
いったいどれだけの容量があるのか不明であるが、
ひとつ難点がある。
取出す為の入り口が問題だ。
チロルのように、何もない所から、
アイテムボックスの収納口を解放できないのだ。
魔法はイメージが重要である。
何もないところから収納口が出るってのは、
どうもいまひとつピンとこない。
日本の国民的アニメの猫型ロボットに代表される、
なんでも入る四次元ポケット。
このイメージが強すぎる為、
俺はズボンやスーツの内ポケットからなら、
自由に物を出し入れできるのだが、
チロルのように何もないところから取出口を解放すると、
取り出せるもののが、元のカタチを保っていない場合が多い。
例えば、酒瓶なら瓶の一部だけで中身が無くなっていたり、
自転車みたいな大きいものは、サドルだけ取り出したりなど、
どうも不安定極まりなくなってしまう。
当然ながら、出し入れするポケットの大きさには限度がある為、
チロルの能力に比べ使い勝手は悪すぎる。
「こちらをどうぞ・・・」
そういって取り出したのは、
鹿児島県にある焼酎蔵佐多宗二商店の角玉梅酒の4合瓶だ。
数ある梅酒の中で、俺はこの角玉梅酒を愛飲している。
梅酒はホワイトリカーで青梅と氷砂糖で漬け込むものの他に、
ベースが日本酒であったり、ブランデーあったり、
色々な酒精で作られるリキュールだ。
お隣のウメ子さんも毎年畑で取れる青梅で梅酒を造っている。
初夏になると「ウメ子の梅酒で一儲けすんべ」が口癖だ。
角玉梅酒は、自社の3年熟成米焼酎に鶯宿梅を漬け込みさらに熟成。
蜂蜜を思わせる甘味と梅の香りが絶妙に広がり、
ストレートでもロックでもサワー割りでも、
どんな飲み方でも甘みと酸味のバランスが心地よい。
「・・・あら、こんなお酒は初めてよ」
「すごい、いくらでも飲めるわ・・・」
「ウチの店でも出していない秘蔵酒ですよ。おふたりへのお礼です」
薩摩切子に注がれた梅酒は、
礼拝堂のステンドグラスから差し込む色とりどりの光の中で、
キラキラと輝いている。
これでようやく解放される・・・
「このお酒は素晴らしいけど、問題はまだ残っているわ」
「そうそう、このお酒に免じて・・・なんてことにはならないわね」
・・・切り札が跳ね返された。
「ミーナたちの屋台。あれだけ繁盛しているのだから、安全面の事はどう考えてるのかしら」
「屋台の売上金を狙って不届者だって目をつけているはずよ」
「私たちの聖域ではあの娘たちを守護する事とは容易なことだけど、聖域外の事は保護者であるあなたの責任となる事忘れてはいないでしょうね」
それは俺も考えていた。
開店当初はハシビロコウことエッポ爺さんを日がな一日屋台の隣でじっとさせていたが、
冬を迎える頃から、帰巣本能がはたらいたのか、飲食店に舞い戻っている。
寒さは年寄りの天敵だからな・・・
「「 1週間以内に解決しなさい!! 」」
礼拝堂にものすごい地響きが起こる。
「・・・御意」
こうして俺のムラムラ放出計画は、
さらなるストレスを抱え幕を降ろしたのだった。




