第二十九陣 女帝、遂に起つ
大秦国南部に位置し、国内第二の規模を誇る城塞都市「武陽」。その入口、周囲が岩山の要害に築かれた軍事拠点に、尋人たちは辿り着いていた。
本来であれば、多数の避難民と敗残兵の流入によって、この街は大混乱と化していてもおかしくない。しかし、今の武陽は慌ただしく人々が立ち回りながらも、極めて機能的に統制されていた。
「重傷者は奥の医療室へ! 軽傷者は右側の補給所で配給を受け取った後、指定された区画で休んでくれ!」
「衛生兵の皆さん、物資の搬入は図面通りに! 医薬品及び食料と弾薬の動線を絶対に交差させないで!」
要塞のいたるところで、尋人の発案のもと、詩織が整理した効率的な人員配置図を頼りに、大秦国の将兵たちがキビキビと動いている。尋人が街道で実証してみせた「仕分けと動線の分離」というシンプルなルールは、この要塞内でも絶大な効果を発揮していた。さらに尋人は、かつてテレビで見たトリアージの記憶をたよりに、負傷者の手首に四色の色札を付けさせ、容体に応じた明確な優先順位をつけたのだ。
この冷徹なまでに合理的な「命の仕分け」により、限られた医療資源の無駄は完全に削ぎ落とされ、最も緊急性の高い「赤」の札をつけられた重傷者たちが、最優先で一箇所へと集中的に送り込まれる。
その緊迫した医療現場で、軍医たちと共に、ひたむきに霊子を紡ぎ続ける一人の巫女がいた。
「大丈夫ですよ、すぐに痛みを和らげますからね。――満ちよ、『霊光普照』!」
すさまじい熱気と重傷者の呻き声に満ちた医療室の中で、千早にたすき掛け姿の弥生が、額に大粒の汗をにじませながら、次々と運び込まれる人々を治療していた。
その純白の千早の袖は真っ赤に染まっていた。しかし、そんなことには全く気も留めず、普段通りに輝く笑顔を振りまきながら、傷ついた負傷者に優しく寄り添う弥生。息を切らしながらも、異国の民のために身を粉にして献身的に尽くす彼女の姿は、大秦国の人々にとって、まさに「天女」そのものに見えた。
「あ、温かい……! 痛みが、消えていく……」
彼女の掌から溢れる清らかな光に包まれ、苦痛に喘いでいた患者の顔にみるみる生気が戻っていく。敗戦の絶望で消沈していた彼らは、涙を流してその救いの御手を拝み、頭を下げた。
「絶対に、皆さん助かります! 順番に診ますから、安心して横になってくださいね!」
ぬぐっても溢れる汗の向こうで、安心させるよう微笑みを絶やさない、異国の少女。その姿に、そこにいた誰もが、この恩は生涯忘れまいと固く胸に誓うのであった。
* * *
「はぁ……極楽極楽。生き返るねぇ」
そんな修羅場のような治療がひと段落した頃、居住区の一角にある簡易ベッドの上で、蘭は気の抜けた声を漏らしていた。
傷だらけになった機巧甲冑「金剛」はすでに整備場へと回され、彼女自身は弥生の施した霊子治療によって、擦り傷一つ残っていない。
「無茶ばかりして。一歩間違えれば、本当に命がなかったんだぞ」
「本当ですよ、蘭さん! 鉄砲玉みたいに飛び出していった時は心臓が止まるかと思いましたよ!」
呆れたように包帯を片付ける凛の横で、弥生もちょっぴり怒ったように頬を膨らませる。二人の小言を聞きながら、尋人はほっと胸をなでおろしていた。
「でも、本当に無事でよかったよ。蘭が時間を稼いでくれなかったら、ここに無事にたどり着けてたかどうか……」
「へへへ! ま、私は期待に応える女だよ! ……それに、尋人がマジな顔で『生きて戻れ』って言うからさ、はなから死ぬ気なんか微塵もなかったよ」
蘭は毛布を首元まで引き上げ、少しだけぶっきらぼうに視線を泳がせながら、頬を朱に染める。暖炉が熱すぎるわけじゃないよな……。尋人はその様子に少し面食らいつつも、仲間の無事な笑顔にただ救われる思いだった。
そんな彼らに近づく、静かな足音が聞こえた。
青灰色の軍装に身を包んだ白龍だった。尋人に素顔を明かして以降、彼女は、ことさら女性であることを隠す様子もなく、栗色の長髪を無造作に一つにまとめていた。しかし、その美しい顔には、覚悟を決めた戦士の意志が宿っている。
「佐藤、六花分隊のみんな。瑛華様がお呼びだ。作戦会議室へ来てくれ」
* * *
要塞の最深部にある、重厚な石造りの作戦会議室。
大秦国の将校たちが居並ぶその中央に、女帝・瑛華は泰然と座していた。威風堂々としたその姿からは、都を追われた悲壮感など、微塵も感じさせない。
「よくぞ無事で戻った、皇國の若き獅子たちよ。蘭、そなたの先の奮闘、実に見事であった」
「もったいないお言葉です、陛下」
蘭が頭を下げると、瑛華は満足そうに頷き、それから尋人へと視線を向けた。
「そして、佐藤尋人。そなたのもたらした、『効率的な仕分け』には、我が国の宿将たちも皆、大いに驚嘆しておる。通常、これほどの規模の撤退を行えば、軍の立て直しには多大な時間がかかる。それが、そなたのおかげで、我が軍は無傷で撤退を完了し、民草も救われた。改めて礼を言う」
瑛華は尋人に謝意を示した後、不敵な笑みを浮かべ、巨大な戦術机の地図を指し示した。
「実は、インペトラル帝国の侵攻は想定していた」
「え……? 想定内、ですか?」
尋人が驚いて問いかける。
「もっとも、奴らの電撃的な侵攻の速さは予想をはるかに超えていたがな。あのまま、龍京で迎え撃てば、美しい街も民も灰になっていたであろう。ゆえに、私は早々に都を明け渡し、敵を油断させる道を選んだのだ」
瑛華が机の隠しスイッチを押すと、会議室の奥の重い石壁が、轟音を立ててゆっくりと左右に開き始めた。
その向こうに広がっていた広大な地下格納庫の光景に、尋人たちは言葉を失った。
そこには、一部の隙も無く並べられた膨大な数の蒸気兵器と弾薬が、文字通り山をなしていた。それは、万が一の首都陥落に備え、瑛華が予めこの武陽に極秘裏に格納・隠匿していた「反攻用物資」だった。
「これは本来ならば、帝国侵攻前に龍京に配備する予定だったが、結果的に無傷で残ってくれた」
そう言いながら、瑛華の指差す先には、格納庫中央に鎮座する、ひときわ巨大な人型兵器。
それは、これまで尋人が見たどの機巧武者よりも巨大で、かつ異質な威容を誇っていた。
全身を彩る、燃えるような朱、深みのある濃紫、鈍く光る金色。大秦国の伝統的で複雑な文様を線描した、極彩色の人型兵器――。
まだ火の入っていないその機体からは、眠れる獅子のごとき圧倒的な霊子の圧力が静かに放たれていた。
「大秦国女帝専用機――『鳳凰』。我が国の技術の粋を集めた、最終決戦兵器だ」
瑛華は愛機を見上げ、誇らしげに目を細めた。
「物資と兵器はある。あとは、これらを前線へ適切に配備し、どう活用するかの知恵が必要だが――佐藤、お前の力があれば、これを最高の形で生かせるはずだ」
瑛華は振り返り、その瞳に覇王の輝きを宿して宿将たちを見据えた。
「帝国軍は今、龍京を占領し、勝利の美酒に酔っているはず。我が軍がこれほどの余力を保持し、なおかつ僅か数日で反撃できるなど、夢にも思っていまい。――敵の裏をかく。今こそ、首都龍京を奪還する!」
「おおおっ!!」
会議室に、大秦国の将校たちの地鳴りのような鬨の声が響き渡った。瑛華の周到な準備と、尋人たちの完璧な撤退作戦の末、逆転の布石が整ったのだ。
「一つ不安材料があるとすれば、クラウスと氷閃の損傷だが……」
「私に任せて! 特急で修復作業を完了させます!!」
瑛華の懸念を、エレナが自信たっぷりに一言で返す。その言葉を待っていたとばかりに、英華がニヤリと笑った。
「佐藤、白龍。私と共に、先陣を駆ける覚悟はあるか?」
「もちろんです、瑛華様! どこまでもお供を!」
白龍が力強く拳を胸に当て、尋人もまた、隣の凛や蘭と視線を交わし、不敵に笑った。
「無論です! 俺たちの力で、帝国の計算を完全に狂わせてみせます」
「良い返事だ。では――鳳凰、起動せよ!」
瑛華が叫ぶと同時に、極彩色の巨躯の眼が、烈々たる紅蓮の光を放って覚醒する。反撃の舞台の幕は、今ここに切って落とされた。
ついに、尋人たちの反撃のターンが始まります!
次回、女帝・瑛華の駆る鳳凰が前線に降臨です。
お楽しみに!
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