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激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase6:戴冠の序曲――爪痕
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Phase6-1:戴冠の序曲――爪痕

 カナ・シルヴァ。

 死亡時の年齢、十二歳。身体を七つに分解されての失血死。

 DNAの一致率は百パーセントであり、本人で間違いない……。


 そう記録された診断書の紙を、カザミは虚ろな目で睨み続けていた。

 彼女の死に関わる全ての資料を見つけられるだけかき集め、読み返し、とうとう日が昇りきった時間にまでなってしまった。パソコンの前で俯き続けている。


 リビングへと続く半開きの扉から、しょんぼりとした顔文字をスクリーンに表示したパッチが顔を出す。

『パエリアを温メ直シマシタが……』

 聞こえてはいる。

 ただ、限られた情報から何かを拾い上げないと気が済まない状態にあり、意図的に無視した。


 するとパッチは、扉を押し開けるるようなかたちで寝室に入ってきた。

 マニピュレーターの人差し指同士をちょんちょんと突き合わせてから、彼は発言に踏み切る。

『よかったデハありませんか。大好キな妹さんガ実は生キテイタ、奇跡トシカ言イヨウがない! 祝福に値シマス!』


 腕を広げてオーバーに言う彼の姿を見て、カザミは失笑する。

「言っちゃダメって分かってながら言ってるでしょ」

 押してダメなら引いてみる。人工知能がよく使うアルゴリズムだ。

 パッチは両腕を力なく下げた。


 今まで気を張りすぎていた為に、反動が来る。

 カザミは目と目の間を摘み、沈む感覚をどうにか押し留めた。

 息を整えてから話す。

「死んだ。死体だって見た。なのに本当はピンピンしてて、テロリストになってた……。一体どうやって喜べっていうの? あたしがここまで来た理由だったんだよ?」

『しかし先ほどの推論モどうかと思イマス。実はクローン技術は実用化サレテイテ、ドチラかが本物デハナイ……』

「どちらかがとかじゃない。仮にそうだとしたら、クローンなのはあの遺体の方」

『自律で動キ回るクローンを作レル確率は、現在の技術で天文学的数字。夢のマタ夢……』


 カザミは体ごとパッチの方を向き、やや前のめりになる。

「けど今は、強化イレギュラーとか……ダン・フルーレさんも何かの細胞を使ってあんなムキムキな姿になってる。実はあたし達が思ってる以上に技術は上振れてて、動かない肉体くらいなら簡単に複製できるのかも」

『彼女が本物のカナ様であるとして、コレカラどうなさるおつもりデ?』


 家族を殺されたことへの復讐を果たすという名目で、レッド・アーマードを求めてここまでやってきた。

 第一理由はあくまで家族だ。声色を鋭利にする。

「あたしの顔を見て気が動転してた。向こうにもためらいがあるってことでしょ」

『ナルホド。皆マデ言ワナイデ結構デス』


 カザミは、机の上に置いていた死亡診断書を摘み、ヒラヒラと揺らす。

「この診断書を書いてくれたの、ナイゲール傘下の病院だったよね?」

『レジスタンスの身元ガ割レルと良クナイとイウコトで、警察を介サナイ検査に協力シテクレタはずデス。裏ではレジスタンスを支援シテクレテいる企業デスから』

 ナイゲールは北米連合最大手の医療メーカーであり、以前にパッチが勧めてきた義足を作っているのもこの企業だ。


 じっと見つめるカザミの視線から、察したのだろう。彼は、溜息を模した声を発した。

『より詳細な情報ナラバ、カルテに記載サレテイルかと。カナ様が亡クナラレタはずの約三年七ヶ月前。システム上の不備が出るタメにカルテを作ラザルを得ナカッタ、隠蔽防止のタメに五年は処分デキナイ点カラ、マダ保管はサレテイルでしょう』

 理屈は通っている。

 しかしカザミは脚を組み、口元に手を当てた。

「そっちは渡してくれなかったって、なんか引っかかる……」

『繋がりガ疑ワレ、ソレが証拠にナリでもシタラ詰みとなる。逃げ道確保デスヨ』


 ともあれ、カナについての手がかりが失くなったわけではない。久方ぶりのしたり顔を浮かべた。

「ナイゲールさんは味方なんだから、あたし達に見せる義務ってものがあるよね~?」

『今回の件は手伝えませんヨ?』


 完全に、パッチがハッキングで手助けしてくれるものだと思っていた。

 一気にカザミの表情が強張る。

「何で!」

『味方組織としてインプットされている会社のネットワークに侵入シヨウとスレバ、プログラムが逸脱・反逆行為と判断シ、ワタシの行動ガ停止シマス』

 言われてみれば、昨日からナイゲールを推すような発言ばかりだったとカザミは気づいた。


 カザミはムッと目を細め、パソコンの方へ身体を向き直す。

「じゃあクロエにでも聞いてみるか……。いや、すがりつくのはあたしのプライドが……」

 ぶつぶつ漏らしながら、適当にナイゲール社について検索してみる。

 公式サイトをクリック。こんなところを見ても何にもならないだろうと思い、頬杖をついての様相だった。



 トップページの中でも目立つ、あるバナーを目にする。

 ようやく眠りに落ちるかという瞼が、一気に見開かれることとなった。


 急ぎ、パッチへ向けて手招きする。

 部屋を去ろうとしていたので、床に落ちていたペットボトルを拾い、投げつけた。

『イデッ』

 彼は頭を擦りながら振り返り、カザミの動きに気づく。首を横に振りながら仕方なさそうに近づいてきた。


 カザミは、バナーをクリックした際に表示された、あるページを指差す。

 白い舞台と青の光。近未来色で彩られた空間で、脚に包帯を巻いている人間が、医療用ロボットと手を取り合う。そんな希望に満ちたビジュアルが映し出されている。

 概要文を読み上げる。

「技術と医療。福祉と政治。人とロボットが手を取り合うその先へ。ライフ・リボーン・サミット。ナイゲール本社ビルにて開催……」

 関係者のみ出席可能という注釈付きだが、かなり大々的に発表されている。



 もう一つの重要な部分をカザミは口にする。

「開催日。十月十七日……。今日だ」





 マイライズ・ハイスクールで起きたテロ事件。あれから一週間が経った。

 その日を想ってのお別れの会が開かれるとのことで、メーナは予定の前に、体育館へと足を踏み入れた。一本の花を携えてだ。

 周囲からの注目の眼差しには慣れたものだが、ただ一人、進む先へ無遠慮に立ち塞がってきた。


 今日もこれからスタジオ入りするであろう、羽毛のついたジャケットで着飾ったマックス・バリストだ。

 メーナは表情を変えず、実に面倒だと思いながら、彼の焦る声を受け止める。

「何で今日の撮影来れないんだよォ!」

「昨夜に決まった急な用事なのだから、仕方がないでしょう?」

 メーナの予定というのは、撮影ではない。一日撮影を休んでまでどうしても来て欲しいと言われたがために、仕方なく日程を空けたのだ。


「私も、いったい何があるのかよく分かっていないのだけど」

「そーんなのに負けたのかよオレっちはァ……」

 別にマックスに会うために働いているのではない。自惚れがすぎる。

 彼のことを心の中でけなしながら、メーナは辺りを見回す。


 普通の登校日でもあるため、生徒の集まりはいいが、目当ての人は見つからない。

「アング君はまだか……」

「それはそうと『アング君』なのかよ」

 マックスは口をすぼめ、見下すように顎を引いた。

「メーナちゃんさ、仕事仲間のオレっちよりも、アンちゃんのほうが大事なんだ?」

「当然でしょう」

 一切悩むこと無く返すと、彼は冷や汗をかきながら一歩退いた。

「そ、そこまでハッキリ言うんなら、ここは引き下がってやろう。けど最近の感じなら、来ないと思うけどねぇー?」


 彼の言葉を聞き流しつつ、メーナはポーチから、ある薄い紙片を取り出す。

 母から貰った招待券……。それを直視した。


 昨日のディナーを思い出す。

 メーナは純粋に、久しぶりの母との団らんを楽しみにしていたが、彼女の目的も透けて見えた。

 単にこの招待券を渡したかっただけで、娘との交流も食事も二の次だったのだ。

 撮影スケジュールを放棄させることになるお詫びとして、「お気に入りの人物と共に来てもいい」と言われ、二人分の券を渡された。


 風でなびく薄い紙に、メーナの想いは乗っている。

「彼って律儀だから、顔くらい見せると思うのよね」

「結局来なかったら、オレっちが代わりに……」

 欲望まみれな声が、招待券を奪わんと手を伸ばしてくる。

「今日から演技指導なんですってね」

 メーナは前進することで振り切った。

 あーん、という不満げな声を背に、体育館中央にちょこんと置かれている小さな写真立ての祭壇へ近づく。


 メーナが持ってきた花は、一輪の青いバラだ。

 しゃがみ、雑然と積まれている花々たちの前に手向けた。

 この学校での撮影中に強化イレギュラーに襲われ、壮絶な死を遂げた俳優、サムの遺影である。


 片手を胸に当て、目を閉じる。

「サムさん。もうすぐあなたの最期の輝きを、世界中に届けることができるわ。あなたは伝説になるのよ」

 メーナが撮影した、彼が首を噛みちぎられる映像は、映画の重要なシーンで使われることとなった。

 天国の彼も喜んでくれるだろう。


 立ち上がった後、隣にある、もう一つのブースへと向かう。

 こちらのほうが盛況だ。メーナが近づくと、群衆を真っ二つに割るようになってしまった。

 おかげで先頭まで辿り着くことができ、メーナは、箱に入っているペイントボールを拾い上げる。


 しつこくついてきたマックスに尋ねる。

「これを投げればいいの?」

「代わりに投げてやろうか?」

「あなたこそ、心のどこかで私を下に見ているでしょう?」

 笑って誤魔化す彼を尻目に、メーナは、狙うべき『標的』を見据える。


 あれは、ウサギの人形だろうか。

 綿で敷き詰められた身なりが、十字架の体勢でそびえ立つ。その頭部に、忌まわしき顔写真が貼り付けられている。



 この学校を血の海にせんと現れた強化イレギュラーにして、元教師。バーンズ・カモフの写真だ。

 人形の全身の至るところに、ピンク色の蛍光色が血飛沫のように付着している。既に大勢の生徒から投げつけられたのだ。

 そもそもこの会が開かれるのに一週間も要したのは、強化イレギュラーとバーンズが同一人物であることが、警察の鑑定で確定したからだ。


 あのような事件を起こしたのだから、当然の末路と言える。

 メーナは、ボールを持った手を頭の後ろへ振りかざし……。

「えいっ」


 山なりの軌道。実際、物を投げるなどという野蛮な行為はろくにしてこなかった。

 左に逸れ、頭部とは違う別の部位に当たった。

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