Phase4-6:誰が為の断罪
レッドを装着したアングは、両手の爪をアスファルトに突き刺し、片膝を立てるようにして着地。
顔を上げて標的を見定める。
「ひ……ひぃぃぃぃぃい!!」
アメリカのトップだった男の、ただでさえ強張っていた表情筋が、更なる歪みを見せた。
アングは、爪を地面から引き抜き、立ち上がる。
初老の男は前方へ向き直り、逃げ始めるが、転びそうになった。
どちらが優位かは明白だ。
アングは手の爪をレンガの壁に擦り付け、火花を散らす。
熱を掌に溜め込んでから握りしめ、ボウリングの投擲のような動きで腕を振り上げた。
人差し指から薬指までの爪を伝い、地面を這う三本の火柱が前進。逃げおおせようとするゴードンを付け狙う。
彼の足を焼き払おうという、直前のことだ。
火柱が、蒸気の霧と共に消えた。
この雨の影響である。全く扱えないというわけではないが、やはり炎にとっての天敵。
ちょうどいいところに、頭から胸程度にはある長さの、真っ直ぐな鉄パイプが足元に落ちていた。アングは即座に拾い上げる。
前方へ放り投げた。
彼の肩を貫く。
「あぎっ!? がああああああああ!!」
血と、水滴が混ざり合い、よく分からなかった。
しかし、彼はその場で無様に倒れ込む。
急いで追う必要はなくなった。
アングは単なる歩行で近づき、彼を無理やり立ち上がらせる。
両手首を掴みつつ、頬を壁に押し付けるような形を取らせた。
苦悶の表情をよく見たくて、アングは覗き込む。
肩に刺さったままのパイプを掴み、左右に揺らす。
肉が拡張されていく。
血の出がより強くなる。
「うぐっ、ぎぃ……! やめ……やめてくれェ……!!」
『簡単に逃れられると思うなよ。お前が多くの人々に植え付けてきたものと同じ感覚だ……!!』
意図的に低くした声を発しながら、彼の背に爪を食い込ませた。
肥大する絶叫をバックに、ユージーンは、歓喜で口角を釣り上げる。
『いいぞ、やれ!! 死んだ奴らの無念を晴らせェ!!』
それは、静かなる怒りに取り憑かれたアングとは対照的。しかし、確かなる共鳴を見せていた。
だが、その悦びが、不意に途切れる。
ユージーンはある方向を見つめ、目を見開いていた。
アングも釣られてそちらを見る。
彼以上に驚きの声を漏らした。
『なっ……!?』
緑のアーマードを探すために戻ってきたのか。
タロウだ。
ゴードンへ戒めを与えている様子を、彼が目撃した。
ビデオ録画の機能も備えたカメラを使って配信を行っていたのだろうが、唖然としてか、現在はそのレンズを下に向けている状態。
アングは、彼の身の危険も案じて、この場へと出撃した。
結果的に緑のアーマードが消えたため、不要な心配だとも思っていた。しかしまたこうして、事件の最前線に現れてしまった。
危険……。
本当にそうなのだろうか?
アングは、怯えすくむ哀れな初老を見つめる。
果たして、主の危機に際して、強化イレギュラーという怪物が、自主的に現れたりするだろうか?
今のこの男に、状況を打開できるだけの力は持ち合わせていない。
そして、アングの気づきと合わさるかのように、再び空が白く染まった。
タロウを見つめ、彼に正体がバレないよう、低い声で命じる。
『カメラを向けろ』
それは、未熟なジャーナリストの口を、大開きさせるほどには衝撃を与えた。
そう。これは、絶好の機会だ。
動画配信というコンテンツを利用し、ゴードンの悪事を白日の下に晒す。
そうすれば、一切の弁明ができなくなる。
友人を利用するという……これが罪悪感か。
どうしようもない気持ちに胸の内が強張るも、世界の闇に触れてしまったという状況は今さら変わらない。
そして、その闇というものがどれほどの真実か、いずれ彼にも分かることだ。
アングが暴き、全てをリセットさせる。
赤き鬼神の眼差しに気圧されてか、タロウは一度、両手で持っているカメラを見下ろす。
すぐに左目を閉じ、構えた。
それでいい。
英雄と称され始めていた自分への、戒めでもある。
アングは、真に裁かれるべき対象へと向き直る。
『お前は、イレギュラーという存在がどうして生まれたのか、知っているな?』
「わ、私が知っているのは、あくまで部分的にだ! 詳細は何も……』
『なら、バーンズ・カモフを化け物に変えたのはお前たちだろう!』
「それも……し、知ら、ない……」
『つまり、自然発生的にああなったとでも?』
彼の強張った両頬を右手で掴んでみせた。
『冗談じゃないぞ。あの人は、警察の発表会の日が来るのを、今か今かと楽しみに待っていたんだ』
彼の瞳を焼き尽くさんばかりに顔を近づける。
『それが何だって生徒を襲うようになるんだ、ええッ!?』
「命令されただけなのだ……! レッド・アーマードをおびき寄せるために、強化イレギュラーで事を起こせと! が、学校のほうも、レッドを手に入れるのが狙いで……!」
まるで、自分は悪くないという口ぶりだった。
『ふざけるな……!』
彼の言い分を許せず、アングの眉間にシワが寄る。
これまでは大目に見てやっていた。
なので、彼の右腕……関節部分を掴む。
段々と力を強める。ひび割れる音が続く。
「いや……いやだァァ……ッ!!」
情けない懇願は聞き入れない。
二度と繋がらないよう、塵になるまで砕いた。
「ぃがああああああああああああアアアア!!」
彼は膝から崩れ落ち、硬さの失った部分を掴んでのたうち回る。
アングの脳内では高笑いが聞こえる。
不思議と不快とは思わない。
当然の報いを与えているまでだからだ。
タロウの方を確認する。
彼は、口をあんぐりとさせ、没落した統括官をレンズ越しに直視していた。
安全な状況とはいえ、彼のような一般人を、これ以上付き合わせるわけにはいかない。ここでの行動は終わらせることとする。
アングは、地を這う雑物に近づいていく。
『来てもらうぞ。全部の情報を聞いたらお前をゴミ箱に捨ててやる』
ゴードンは、どうにか腰を地面に擦り付け、逃げようとしている。
「ま、待てェ……。話せば分かる……聞いてくれ!!」
血で粘ついたような声。
まだ愚かにも抵抗しようとしている。
今度は、足の一つでも潰してやろうか。
そこに狙いを定め、拳を振り上げる。
統括官は、引きつった呼吸音の後に……叫んだ。
「妻が強化イレギュラーにされたんだ!!」
攻撃が止まる。
いや、止めざるを得なかった。
彼の口から、想像だにしない真実が明かされたからだ。
アングは息を呑み、意識下の住民も驚きの声を上げた。
『はぁ……? こいつ、突拍子もないことを言い出したぞ!!』
アングもそう思ったが、必ずしも関係がないとは言い難かった。
彼のファーストレディが失踪していること自体は紛れもない事実。
しかし、それを無理に結びつけ、思いついただけの暴論に過ぎないのでは。アングは一旦、そう結論づける。
『下手な作り話を……!』
「本当だ! 今は人質として、いいように扱われている!」
しかし、吹っ切れた彼の言葉には、迷いを感じられない。
「組織に従えば、妻を元の人間に治してくれると聞いたから……!」
本当に、そんなことがあり得るのか。
彼の口ぶりは、まるで妻が、強化イレギュラーになってからもうしばらく経っているかのようだ。
アングは語気を強める。
『ありきたりな展開を作って、俺を騙そうとしているな!?』
それは、諦めゆえか、虚勢を張っているのか。
彼はこの場で、初めて乾いた笑いを発した。
「な、なら……ヒヒ……実際に……確かめてもらおうかァ……?」
*
ゼオン達は、装甲車からパトカーに乗り換え、進路も大きく南へと変更した。
発端は、通信指令室に送られてきたあるタレコミだ。
ワシントン・ナショナル空港より南に位置する、デインジャーフィールド島。その南側に妙なコンテナがあり、中から声が聞こえる……という。
不審極まりないとされたのは、その通報を行った声も、全く緊迫感のないキャピキャピとした若い女性の声であったからだ。
統括官失踪という重大事項が進行している中だったが、出動を命じられたのは、現場から最も近く、すぐに移動できるゼオン達、特別対策班。他の一般警察官たちも連れての出動だ。
ゴードンがいるとされる場所には、戦闘能力の高いダン単独で向かわせた。それはフランの決断だ。
しかし、彼は今まさに、判断を見誤ったかと歯ぎしりしている。
何故なら、タロウ・ミマのライブ配信に映されていたゴードンが、『コンテナ内に強化イレギュラーがいる』と吐いたからだ。
アーマードの準備も整えていない現出動メンバーでは、当然ながら太刀打ちのしようがない。
また、これまで現れた強化イレギュラーは、出現して十分以内には必ず自爆していた。
世の人々からしてみれば、その法則が成り立たなくなることこそが最悪。人の皮を放棄した化け物が、今後は時間の際限もなく街をうろつくかもしれない。
ハルが運転していたパトカーは、草木の緑を乗り上げ、少し踏み荒らしてから停車した。
さして照明も無い空間であるため、今現在の頼れる光源は、パトカーから発せられる赤青と、フロントライトのみ。
外へ出て、まず、鬱蒼と生い茂る枯れ木が目に入る。
その奥向こうにこそ、場に似つかわしくない人工物があった。一本の獣道を通れば、ちょうどその正面に辿り着くことができる。
フランはハンドサインで、後続の、名も知らぬ警察官たちを向かわせる。
彼らの身長の倍以上はある高さの、大型コンテナが君臨している。
奥行きもある。扉には、縦に走るロック用の金属バーに加え、その部分を固定する南京錠までかけられていた。
そのどちらも、大型ペンチのような見た目の器具、ボルトクリッパーで破壊できる。
対象に刃を挟み、全身の力で押し下げる。
そうして封印は解かれ、警察官たちは、ライト付きのサブマシンガンを構えた。一番扉に近い勇敢な一人が、その重い鋼鉄を押し開ける。
こういったケースに慣れていないのか、全員が床から照らすという意味のない行動を取った。
先頭の警察官が、光を上へと向ける。
結果的には、その行為は無謀だったと言えよう。
直後に、彼の頭部が破裂したからだ。
その事実だけは、遠くから見ていたゼオン達も判別できた。隣にいたハルが掌を口の前にやり、絶句する。
残る三人が入り込もうとしていたが、すぐに後退。
一人が死体の肩に躓き、逃げ遅れる。
奥から伸びてきた、『太い、曲線で山なりの何か』だ。
それに横薙ぎされた。
ベチゥッ! ゴガァァァ!!
壁に挟まれ、砕ける音。
Vの字になった身体はもう動かなくなった。
「どういうことだ……。いったい何が起きた!!」
困惑するフランを尻目に、ゼオンは、生存した二人が戻ってきたのを確認した後、パトカーからある物を取り出す。
手持ち式のサーチライト、LEPライト……。局所的な発光能力が高く、遠くからでも状況を視認することができる。
獣道に五歩ほど踏み入れ、まずは先行部隊に倣い、下から見ることとする。
まず晒されたのは、本当に人がいる、という事実だ。
パイプ椅子に腰掛けている、血の色が失せた裸足。もはや骨まで浮き出ているほどには細い。
あえて外周を伝うように、左上へ光を向ける。
管で繋がれた、輸液バッグ二袋が見えた。中の液体は緑色……。
そしてスポットライトは中央へ向かい、女性の、虚ろな右目を映し出す。
そこだけ見れば、ちゃんと人間だった。
そこだけ見れば、だ。
右目より下。頬からはカビのようにこびり付いて侵食。紫色の肌と化していた。
更に口元は出っ張り、黒く丸い空洞がぽっかりと主張。
ゼオンは、照明先端のヘッドを回し、光を拡散させる。
全容が判明し、ゼオン以外の全員が声を上げた。
紫の異質な表面は、女性の腰までまとわりつき、それでいてラメを纏うかのように輝きが彩られている。
そして何より、背後で蠢く……影である。
吸盤がびっしりと付着し、先端から根本にかけて徐々に太くなり、粘つきを持つ。
タコの脚だ。
彼女の背から、八本のそれが、次なる獲物を求めるかの如くうねりを見せていた。
*
「外気に晒しすぎると風化する!! いいな、慎重に扱えよ!! さもなくば、私の罪状を軽くするための手がかりを、失うことになるんだからなぁ!!」
それは、ゴードンによる、強化イレギュラーの取り扱いに対する警告だ。
直前には、居場所と、どういった状態かも喚いていた。
配信されていることを逆手に、どうにか妻をそのままの状態で居させて欲しいという、望みが込められているかのようだった。
まだアングの視点から、事実の裏取りは取れていない。
しかし、思いつきにしては過剰な事実が次々と連なり、逆に信憑性を高めている。
そして、先ほどまで意気揚々としていたユージーンも、今は声が止まっていた。
ゴードンが全ての黒幕だとは最初から思っていなかったが、ここ数日の犯行に、人質という理由が課せられたことに、唖然としているのだ。
家族という存在を特に大事にしていた彼にとって、簡単には切り捨てられない事象なのかもしれない。
アングにとって、そんなことは関係なかった。
確かに同情はする。ダンとバレリーに置き換えて考えれば、ゾッとするだろう。
だが、自分の正体は徹底して隠しつつ、多くの人々を不幸に陥れた罪が彼にはある。
アングは彼に馬乗りとなり、胸元を掴んで引き寄せた。
『都合の良すぎる話だ。お前はたった一人を守るために、数千人もの無実な人を殺した! それに目を瞑れっていうのかッ!!』
「ス、スタジアムのテロに関しては……! わ、私は、関与していない!! 一年前の、強化イレギュラー派遣が、数件……! あとは、昨晩の北西部での三件と、学校襲撃だけで……!! あっ、ほれ見ろ! たったの数十人だ!!」
思い出しつつのたどたどしいリズム。他人事のような実績の開示。
全てが、アングの神経を逆撫でする。
火に油を注いだ。
もう、この醜い豚から聞くことは、何も無い。
『最終通告だ。俺の周囲の人たちに、二度と危害を加えないと誓え』
「そう言われても……お、お前は、誰だ。ふふ、わ、私に、そんな自覚は……」
であれば。
本当に、価値がない。
振り上げた左の拳に、炎が絡みつく。
殺せ。
殺せ……!
殺せ――――ッ!!
これは、レッドが吸収してきた、魂の数々か。
目の前の男を葬れと、あらゆる思念の声が響く。
なんて心強い、と思った。
アングの殺意を後押ししてくれている。
しかし、ただ一人……。
『アング!!』
振り下ろされた拳を、命中の直前で止めた声があった。
ユージーンだ。
彼は、荒い息を吐きながら、自分の考えを押しつけてきた。
『そいつは……本当の黒幕じゃないんなら、殺したって無意味だ。あの狐女が言ってたとおりに捕らえて……』
『おい』
まるで、再会した当初とは、立場が逆転したかのようだ。
彼の意気地のない言葉を、アングが遮った。
『まさか、今の今まで、悪人には愛する家族なんていないとでも思ってたのか?』
彼は、重大な事実を見落としている。
自分の家族から、憐れみの涙を奪ったのは、この連中だ。
『人をガキ呼ばわりしていた割に、そういう頭は回らない……。だったら一々口出ししてくるなッ!!』
ユージーンが歯を噛み締め、息を鳴らす。
アングは構わず続ける。
『例えどんな殊勝な考えだろうが、感動的な事情を持っていようが、関係ないッ!! こいつは、世界中の人間が狂人になっていると知りながら、見て見ぬふりをしていた! 人が死にまくるのを見物しながら、お空で紅茶をすすっていた! 救いようのない極悪人だッ!!』
視線を再び、カタカタと震える初老の男へ戻す。
もう一度、握っていた拳をゆっくりと引き上げる。
『この手で抹殺してやる……ッ!!』
今度こそ、と決意を固めた。
……直後。
「でやああああああああああああああ!!」
突如、背後から、とてつもない声量。
振り返る途中で、アングは既に察した。
そして、闇から現れる巨大な影が、確定づける。
自分の倍はあろうかという拳が、街灯の光に照らされ、迫ってきた。
アングは咄嗟に振り返り、両手を交差。受け止める。
レッドの装甲から、今まで聞いたことのないような、軋む音が響いた。
昼間に見た、強化イレギュラーをも吹き飛ばす剛腕……。それを考慮すれば、当然だとも思った。
筋肉が肥大化したダン・フルーレが、アングの妨害をしてきたのだ。
「おお! 凌いだか! 流石はレッド・アーマードだ!!」
血が流れている現場にそぐわない、どこか元気のある声。
アングが抹消すべき世界の歪み。その呪いを彼も受けている。
対峙するのは、今日まで身寄りのない自分を育ててくれた、大切な恩師だ。鋭い息を漏らす。
この特攻により、ゴードンへの威圧が、無に帰す羽目となった。
彼は悲鳴を上げながら、ここより続く奥の道へと、慌ただしく逃げ去る。
重大な獲物を逃した。
アングは、尊敬すべき養父を睨みつける。
『何のつもりだ……!! こいつは今、強化イレギュラー事案の主犯だと白状したんだぞ!!』
「ああ。本当ならば許されないな。だがそれはお前も同様だレッド!! その声の荒らげ方、落ち着きのなさ。挙句の果てには、誰もいない方に声をかけてまでいた!! まさかとは思ったが……!」
タロウの配信を見ながらここまで来たのならば、様子のおかしさも把握できただろう。
そう思ってくれていて助かるとさえ感じた。
アングは目一杯の力を込め、腕を横に振るい、彼を飛び退かせる。
『説明しないと断定できないのか? 俺はイレギュラーだ。お前たち警察に殺処分されるために存在する、社会不適合者だ』
下から上げた手でダンを指差す。
『だがいずれ分かることになるぞ。人間として正しかったのは、鈍感なお前たちじゃない。イレギュラーのほうだったとッ!!』
主張を言い終えてから、アングは、もう一つの視線を思い出す。
反射するレンズの光を見据えた。
『いつまで撮ってる……! 消えろッ!!』
「ぎょっ!?」
驚いたタロウが、目からカメラを離す。
彼は頭を下げて一礼すると、そそくさと駆け足で消えた。
ダンは、首を横に振ってため息をつく。
「息子は、お前に心酔していたというのに……!」
血塗られた記憶にへばり付く、眩い笑顔を思い出す。
今のアングにとっては触れられたくない、地雷の一つだ。
『その息子に言ってやれ。お前は見る目が無かった。憧れていた正義心は嘘っぱちだったとッ!!』
前傾姿勢だったダンは、面構えを凛々しくし、背筋もピンと立てた。
太すぎる指を、ズボンの腰のあたりへ突っ込み、何かを取り出そうとする。
あえて突き放すように言っていたが、アングは別に、彼と戦いたいわけではない。
『やめろ! いくら身体をデカくしたところで、生身のままなら無駄な足掻き――』
彼の潜った手が、再び雨水に当たり……。
まさかの物体に、アングは目を見開いた。
幾つもの四角が、パズルのように集まった集合体……。
アーマードのキューブが、彼の手の中にある。
それも、ガード・アーマードで採用されていた、モノクロのカラーリングとは少し違う。
白と黒はそのままだが、灰色の代わりに……銅。そして金の色も使われている。
普通の量産型ではないと瞬時に理解できた。
すくんだアングとは対照的に、ダンが声を張り始める。
「おそらくゴードン統括官もイレギュラーだ。ということは……!! 使用許可の解除も必要ないということだよなぁ、ゼオン本部長!!」
レッドの聴覚が、彼のカフから漏れた通話音声を拾う。
『ええそうです。直ちに遂行してください』
『まずい……!!』
変異した彼の肉体に、アーマードの能力まで加われば一溜まりもない。アングは即座に走り出す。
それを受け、ダンはキューブを上空へ放り投げた。
年季の入った丸太のような右拳を、後方へと引く。
「ぬうううおおおおおおおおおお!!」
落ちてきた物体めがけて、ストレートという名の一突きを放った。
殴打がアーマードのスイッチに触れ、更に、四角形の塊が弾丸のような勢いで迫る。
「ぐあ……!?」
アングは防御が間に合わず、胸元に直撃。背中から泥水へ倒れる。
すぐに起き上がろうというその間に、キューブは分離し、見覚えのあるプロセスを実行していた。
ガンッ! ガシャン!!
通常の人間とは違う、長大な彼の肉体に合わせて、装甲が伸びる。変形する。
肩の高さまで両拳を上げるという、受け入れ体勢の彼の身体に、次々と張り付いていく。
足元から上半身……。最後に頭部パーツだ。
全ての結合と共に、黄色いモノアイが鋭利に光る。
装着の行程が完了した。
ベースは白。その下地に黒が配置。
二の腕付近は、筋肉の繊維をイメージしたかのように、明暗のある銅色。
額には正義の象徴。太く、重量感があるV字アンテナや、胸部、手甲、膝当てに金色があしらわれている。
左鎖骨付近には、彼の戦闘スタイルを連想させるような、天を突く拳のマークが描かれていた。
そして何より。
目を引く、彼の右手……。
ただでさえ巨大な拳が、もう二回りは大きくなったかのような、圧倒的存在感を放っていた。
雨の音が、ざわめきの感情と呼応し、激しくなる。
受け入れがたい光景に、アングの身体は小刻みに震えた。
今日まで自分を育ててくれた彼が、アーマード装着者となり、自分の前に立ちはだかっているのだから。




