天使と悪魔は役には立たない
「いやっ、だからまだ早いですって」
眼前には東の顔。赤らめながら恥ずかしそうに俯いている。その距離わずか20cmほど。周りには色とりどりの下着が散乱しており、そこに横たわる東。東自身の下着も汗で透けて見える。俺はごくっと生唾を飲み込んだ。
俺の中の天使と悪魔が口論をしていた。
「おい、もう襲っちゃえよ。その童貞を終わらせるのが今なんだよ!」
「だ、だめです!まだ付き合っても無いのにそんなことしちゃだめです!」
よし、そうだ、がんばれ良心という名の天使よ。
「でも東の顔を見てみろよ、満更でもない顔をしてるぜ」
「・・・たしかに」
天使?
「それに東は俺のことを好きだと言ってくれた。むしろこれで手を出さなければ据え膳食わぬは男の恥ってもんだぜ!」
「・・・うぐっ」
天使が何も言い返せなくなっている。
「度胸を見せろよ藤宮柚季!今がそのときってもんだ!」
「そうだ藤宮柚季!いけぇっ!」
天使ー!!!!!!!!
天使が悪魔側に寝返った瞬間、部屋の扉が開いた。
「すみません!大きな音がしましたが、大丈夫ですか!?」
飛び込んできたのはあろうことか、春宮その人だった。
そして、2回目の完全な沈黙。3人とも、声を発せずにその顔を見合っている。その静寂を破ったのは春宮だった。
「ごめんなさい、ごゆっくり」
そう言って春宮は扉を閉めた。
俺は我に返り、春宮を追いかける。後ろ手で東に、
「もう、一人でできるよな!俺はもう帰るから!また!」
と投げて、返事も待たずに部屋を出た。
ちょうど自分の部屋のドアノブに手をかけようとした春宮に、
「ごめん、誤解なんだ。ちょっと2人で転んだだけで!」
と弁解をする。
「ごめんってなに?別に私たち、付き合ってるわけでもないでしょ」
ため息をつきながら、春宮は答える。
「いや、まぁそうなんだけど」
「邪魔しちゃ悪いし、私は戻るわよ」
「邪魔なんてそんな・・・」
「なによ、なにか言いたいことでもあるの?」
「あの、あのさ、俺、でも春宮だけには誤解されたくなくて!」
「なんでよ」
「だって、俺は君のことが!」
次の言葉は言えない気がした。まだ俺にはその資格がない。知り合って間もない、むしろ友達にもまだなってないだろう俺がそんなことを言えるはずがない。
何か他に言えることはないか、言葉を探していると春宮が、
「何もないなら帰るわ、じゃあね」
と言って入っていってしまった。
その場で立ち尽くしるのもなんだか申し訳が無くて、俺も部屋へ戻ることにした。
その一部始終を東が目撃していたなんてこの時の俺は知る由もなかった。