コミュ障は褒められることに慣れてない
「・・・え?」
と、東さんはひどく落胆した顔になった。ほんと表情がころころ変わる子だなと思った。
「今実はちょっと気になる子がいてさ、好きかどうかも分からないんだけど、そんな気持ちで君と付き合うなんてことできないじゃん、東さんに失礼すぎるし」
「大丈夫ですよ、絶対好きになってもらうようにしますから」
ふんすっ!と彼女は意気込む。あぁ、でもほんと可愛い。
「いやでも・・・」
「とりあえず連絡先を交換しましょう!!!」
俺はされるがまま、彼女と連絡先を交換した。
彼女はとりあえず今日はこれで満足したとでも言うかのように、
「絶対好きにさせてみせますから!!!」
と叫びながら改札に消えていった。
台風一過、という言葉が頭をよぎった。
でも連絡先がまた一件増えて嬉しかった。
東さんを追う形で改札に入り、帰りの電車に乗った。
頭の中ではまだ東さんのあの告白が再現されていてちょっとニマニマしてしまう。ここまでいったら東さんの気持ちに答えて、あの一目ぼれはなかったことにしてもよかったが、なんだか煮え切らない感じがした。自分の気持ちすらはっきり分からないのに、東さんの気持ちには答えられない。
電車に揺られていると、携帯がぶぶっと震えた。見ると、数件のメッセージが受信されていた。
坂口『ちゃんと家に帰れたか?今日はほんとにごめんな。また飲もう!』
いいやつ。
赤坂『うぇーい!赤坂だよー!今日はお疲れー!ゆっくり寝ろよー!』
メッセでもうぇい系かよ。
母『今月の仕送りはありません』
母?俺何かしました?
そして、最新の通知は東さんだった。先ほどの振動はその通知を知らせるものだったようだ。
東『東です!いきなりメッセしちゃってすみません!今日は気持ちを聞いてくれてありがとうございました!人に気持ちを伝えるのってほんとに緊張しますね!実はあの時、冷や汗みたいなのがすっごく出ててばれないようにしてたの気付いてました?これから攻めまくりますので覚悟しておいてくださいね!おやすみなさい!」
絵文字や顔文字がふんだんに込められたそのメッセージを見ながらまたもやニヤつく。女の子からメッセージを貰ったのなんて初めてだ。
東さんにだけ返事をする辺り、男ってのはほんとにつくづく頭の悪い生き物だなって心の底から思った。あの二人は明日の朝でいいか。
家に帰り、無意識的にPCの電源をつける。
少しだけ遅い起動を待ちながら、部屋着に着替える。最近、PCがさらに重くなった可能性があり、今までよりもさらに起動が遅くなっていた。未だ、windowsのロゴが表示されているディスプレイを横目に俺はベランダに出た。夜風に当たるためだ。
眼下の景色を眺めながら、ちょっと肌寒くなってきたなと思っていると、突然隣の部屋の窓が開いて春宮さんもベランダに出てきた。なぜか、体が硬直する。音を立てないように室内に戻ろうとする。東さんから告白されたのがばれたくないような後ろめたさがあった。ただ、それは春宮さんの声で阻止された。
「飲み会、お疲れ様」
まさか話しかけられるとは思わなくて、またもやそこで体が硬直した。
「あれ、いないの?いると思ったんだけど」
「あ、すみません、いますいます」
俺は室内に入った片足を引っ込ませながら返事をした。それも悟られないよう、ゆっくりと動いた。
「見てたよ、あんた大活躍だったじゃん」
「いや、それが性分なので」
「でもあんなに動ける人、男の人で初めて見たかも」
春宮さんは俺の飲み会での立ち回りを褒めてくれていた。
まだお酒が入っているのだろうか、上機嫌でけらけらと笑う。
「前のバイト、居酒屋だったから」
「そうなんだ、じゃあもう店員さんじゃん」
ベランダの縁をばんばん叩きながら大爆笑している。笑い上戸なのだろうか。
「ちょっと見直したかも。やるじゃん」
好きかもしれない人に褒められて、顔が綻ぶ。素直に嬉しい。
それから他愛ない話をしたが、最後に、
「大学では話しかけんなって言ったけど、あれやっぱ無しにしようか。誰にも喋ってないようだったし今日のことで少しは信用していいかなって思った。誰にも言うなっていうのは変わんないけど雑談ぐらいだったら付き合ってあげる」
と、許可をもらった。
それに、「ありがとう」と答えて、その日は解散した。
その週の土曜日、午前10時。
外が騒がしいなと思い、目が覚めた。外を見ると一台のトラックが止まっていた。そういえば隣の部屋は空いているそうだったし、誰か新しい入居者でも来たのかなと思いながら歯を磨いていると部屋の呼び鈴が鳴った。のぞき穴からは誰も見えない。チェーンをしたまま、扉を開けると、そこには東さんがいた。
「藤宮さん!引っ越してきました!これからお隣さん同士、仲良くしましょうね!!」
波乱の始まりだった。