3-4 元勇者、再会する2
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「……リオンさんは恨んでいますか、僕たちのことを?」
「さぁ、どうだかな。少なくともお前は、奴らの裏切りを教えてくれたじゃないか。なんで恨む必要がある?」
「確かに僕は、裏切者を裏切った。けど、リオンさんを助けた訳じゃない。リオンさんが居ない、祝宴の席上に笑って座っていた僕も同罪ですよ」
エールを煽ったマシューは、何か言葉を探そうとして――しかし言い噤んだ。
「止めましょう。僕が何を言っても、きっとリオンさんは僕を非難しない。そうでしょう?」
「そうだな。俺はお前に罪があるとは思っていない。自分を裁いてもらいたいなら、それこそフランシスカにでも頼むんだな」
「お断りですよ。知ってますかあの男好き、処女のフリしてドラナルゾ大教国で大神官やってんですよ。壊神討伐の英雄、聖処女フランスカ。冗談にしてもタチが悪い」
「マジか。あいつがなぁ……世も末か」
「ついでに言うと、トビーさんは南のトウヅ戦王国で戦士団長やってます」
「ほう、それはそれは。同じ孤児から冒険者として身を立てた者としてはあやかりたいものだな」
「たった今立身出世を蹴飛ばした人の台詞じゃないですよね、それ」
じろりと睨まれ、笑って誤魔化す。
「それで、クラーラは何をやってるんだ?」
「蒼天連峰の向こう、故郷のユーフォーン魔導国で、国立魔導研究所の所長やってます」
あいつらしいな、と答えてリオンはエールを煽った。
「さて、ここで本題ですよリオンさん。リオンさんは、陛下に『奴ら』の詳細を尋ねましたね。だから僕がウーガまで来ることになったワケですが」
奴ら――『異神教団』。
その言葉を聞いて、リオンの目が真剣なものになった。
「『奴ら』の活動は、今のところユーフォーンのクシャマ地方で特に活発と調べがついています。それで、非公式ではありますが……『奴ら』と、ユーフォーン国立魔導研究所が何らかの取引を行っている形跡が」
「クラーラが、奴らと繋がりがある、と」
「はい。それも、かなり密接な」
「…………」
リオンは少し考えこんだ。
しかしそれを承知で、マシューが続ける。
「もう一つ――僕たちにとって、こちらの方が重要かもしれませんね」
「なんだ?」
「異神教団が崇めているのは、他ならぬ壊神です」
その言葉に、リオンは無言で瞑目した。
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それからしばらくの間、マシューとリオンは昔話を肴にささやかな酒宴を楽しんだ。
リオンがマシューと再会を約束し席を外したのち、リオンが座っていた席に一人の男が腰を下ろす。マシューの部下、リオンをスラムへと案内した男だ。
「……無理矢理こちらに引き込まなくても良いのですか?」
「それができるんだったらとっくにそうしてるさ。でも、できないだろう?」
「ええ、まあ」
マシューの身も蓋もない答えに、部下は苦笑した。
「陛下も言っていたが、あの人はもう、何かに縛られるのは望まないよ。そしてそれを押し通すだけの力がある。縛り付けることのできない猛獣を飼いたいと強請るのは、考える頭の無い馬鹿貴族だけで十分だよ」
「奥の手がありますが」
「うっわー、脳筋―。そんなんだから、僕が一からキミたち叩き直すところから始めないとダメなんじゃん。娘二人を人質にとる、て言いたいんでしょう? 絶対に止めておいた方がいいよソレ」
皿に残っていた最後のモゲモゲを口に放り込んで、マシューは言う。
「確かに、一時的には有効かもね。でも人質の存在が、すなわちこっちの命綱だよ。致命的な弱点と言って良い。奪還されたとしたら、あるいは抵抗されて人質を殺すことになったとしたら、どうなる?」
「勇者を敵に回す……」
それを想像して、男はぶるりと身震いをした。
「少なくとも壊神とまともに戦えるだけの軍隊用意して初めて、あの人を敵に回す準備ができたというべきだね。キミ、そんな事態になったら責任取れる?」
「いえ……」
「じゃあそんな大逸れたこと、考えてはいけないよ。人質とるのはその後こっちに対する心証最悪にするやり方だ。潜在的な敵を作ったと言って良い」
「では、彼はこのまま放置すると」
「そだねー。でも、種は蒔いた」
エールを飲み干して、マシューも席を立つ。
「異神教団は、そのうちキザヤにも本格的に乗り出してくる。だけどリオンさんは自分の意志で奴らと対立してくれる。それだけで十分さ、縛れない勇者の行動方針を縛ることはできた。これ以上は高望みが過ぎる」
まったく因果なものだ、とマシューは内心で呟いた。
リオンと再会できて嬉しかったのは本心である。
だがそれでも、今のマシューはギサヤ王に仕える立場だ。国益のために利用できるものは利用しなければ。
会計を済ませて、マシューは店の外に出た。
盗聴防止に使用していた【風魔術】を解除する。
「機会があれば、そのうちもっといい所で食事を奢る……で、許してくれるかなぁ。あ、きみたち帰ったらしごき直すからね。いくら何でもリオンさんにいいようにあしらわれ過ぎでしょう……骨の数が五割増してどういうことだよ……え、なのに全く痛くないの!? なにそれコワイ」
隣を歩く部下に愚痴を言いながら、二人はウーガの街の人混みの中に消えて行った。
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「…………」
軽く酒に酔っている。
その気になって集中すれば、この程度の酩酊など一瞬で醒ますことができるのだが、リオンは久しぶりのその感触に浸っていた。
考えるのは、マシューと話していた内容である。
もっと正確に言えば、壊神と異神教団、そしてかつての仲間たちのこと。
特に、魔術士クラーラのことが頭に思い浮かぶ。
「あー、でも、アイツなら納得かもしれんなぁ」
魔術狂いのクラーラ・マッカリー。
自分が開発した極大破壊魔術の実験台にするため、壊神とその眷属との戦いに参加した人物である。
一応美人の部類に入るのだが、彼女の頭に色恋沙汰など入り込む余地は全くなかった。
いや、あれは魔術が恋人、と言うべきだろうか。
彼女は、魔術の究極に至ることを人生の目的としていた。
そのためにならいかなる手段も努力も厭わないという手合いだ。手を組むのがかつての敵であっても、それは少しも躊躇う理由にはならないだろう。
「頃合いかなぁ」
ひとつ呟くと、リオンは頭を振って深呼吸。
顔を上げた時酔いは、もうどこにも残っていなかった。
「ユーフォーンに行く」
それがどういう結果に繋がるかはわからないが――リオンはそれを、決意した。




