3-3 元勇者、再会する
†
宵の口の大衆酒場は、大勢の客で賑わっていた。
足の踏み場もない程ごった返す狭い店内を見回すと、
「あっ、リオンさん! こっちこっちーっ」
リオンを呼ぶ声がした。
人混みを掻き分けて二人掛けの小さなテーブルに近づくと、座っていた片方の男が黙って席を立った。リオンは会釈して、空いた席に座る。
「おっ久しぶりです、リオンさん!」
「ボスとか言うから、誰かと思えばお前だったかマシュー」
マシューと呼ばれた青年は、気恥ずかしそうに頭を掻いた。
ちょっとヨレたシャツにキャスケット帽から、鳶色のくせっ毛が覗いている。肉付きの薄い身体と相まって、まるで駆け出しの新聞記者といった風情だ。
だがリオンは、この青年にとって外見など何の意味も無い事を知っている。
この姿で来てくれたのは、単にリオンに見つけてもらいやすくするためだろう。
「ええと、壊神討伐以来ですから……ざっと五年ぶりですか。いやぁ、もうそんなに経つんですね! あ、おねーさん、こっちの方にエールを! あと串を適当に盛って来て!」
「そうか。五年か……」
リオンは思わず遠い目をした。
長かったような、短かったような五年である。少なくとも、娘たちと暮らすようになってからはあっという間の日々だった気がする。
「それで? 積もる話もあるだろうが、手短にな? 知ってると思うが俺には娘がいる。夜遊びはほどほどにしないとドヤされるんだ、これが」
「はっはっ、あのリオンさんを尻に敷くとは。中々凄い娘さん方のようですね?」
「ああ。俺には勿体ないくらいのな」
と、そこでウェイトレスがジョッキを持ってやって来た。
「はいエールお待ち! 串盛り、ちょっと待っててね!」
ジョッキを受け取ったリオンが、正面に座るマシューを見た。
「用件は手短に済ませますよ。でも、乾杯するくらいの時間はあるでしょう?」
「それくらいはな。で、何に乾杯する? 再会を祝って?」
「いいえ。僕はね、リオンさん。リオンさんと再会して酒を飲むなら、絶対にしたいと思っていた乾杯があるんですよ」
「ほう。そりゃなんだ?」
「決まってますよ! 壊神討伐成功を祝ってです!」
リオンは苦笑した。
そしてジョッキを持ちあげる。
「壊神討伐を祝って」
「壊神討伐を祝って!」
二人はジョッキをぶつけ合う。
そうして場末の安酒場の一角で、元勇者リオンは初めて壊神討伐を祝す乾杯を行った。
五年遅れの乾杯、その相手は、マシューという名の青年。
かつて壊神討伐のため、勇者リオンと旅した四人の仲間のうちの一人であった。
†
「そうか。お前、今はローランド王にお仕えしているのか」
「そうなんですよぉリオンさぁん。聞いてくださいよぉ、陛下ったら、人使い荒いったらありゃしないんですようもう。僕ぁ北に南に東に西に行ったり来たりで……グビグビぷっはぁ! エール、お替り! モゲモゲのチーズ焼きも一緒に!」
「相変わらずモゲモゲ焼き好きなのな、お前」
「モゲモゲのない人生なんて! ですよ!」
マシューは上機嫌で酒杯を重ねていた。顔は既に赤ら顔である。
ちなみにモゲモゲは非常に癖のある風味を持つので、好き嫌いが別れる。リオンは苦手な方だった。
「それで陛下から、ウーガにあのリオンがいるから会ってこい、だなんて言われて来たんですよ僕。酷いですよリオンさん。キザヤ王国内にいるんだったら、教えてくれればいいのにもうっ!」
「いや、すまない。俺だってマシューがキザヤにいる事を知らなかったしな。っていうか、俺は他の三人も、今どこにいるのか知らないんだ。全部過去は捨てるつもりだったから、二度と会うことも無いだろうと思っていたくらいだ」
その言葉に、ふーん、とマシュー。
「……三年前、僕は陛下に拾われてその下で働くことにしたんです。なんでだかわかります?」
「いや、わからない」
「リオンさんを探す為ですよ。もしかしたら別の大陸にいるかも知れないって考えると、個人では無理だと判断したんです。王下直属の……まぁ、そういう部署にいれば、他国の噂も、それなりに耳にすることができますからね」
「俺を、探す為? そりゃ、どうして」
「決まってますよう。知ってるでしょう、僕の信条」
少し考えて、リオンは直ぐに思い至った。
それはよく彼が、口にしていた言葉だったからだ。
「ああ、確か、因果応報、だったか」
「はい正解。正解者には漏れなくモゲモゲを進呈です」
「丁重にお断る」
「エールと合うのに……あいかわらずモゲモゲ嫌いなんですね」
リオンに押し返されたモゲモゲを摘まんで、マシューはそれをエールと共に流し込んだ。
「リオンさんは――あの壊神を討伐した英雄だ。その英雄が死んだことになって、手柄を横取りされて、田舎の街で燻ぶっているなんて僕は嫌なんです」
「お前が嫌でもな。俺はなんだかんだで、結構満足しているぞ」
「可愛い娘さんがいらっしゃるから?」
「過分な事に二人もな。もしあの時、トビーの奴に刺されていなかったら二人に会うことも無かったかも知れない。だったら、もう一度あの日をやり直すにしても、同じことを繰り返すことを選ぶよ」
その言葉に、マシューは肩を竦めて見せた。
「ローランド王より命を受けてましてね。やっぱりなんとかあなたを配下に迎えたいので旧知の僕が説得して来い、と。ハイと答えて頂ければ、明日にでもあなたが騎士団長です。栄達にご興味は?」
「全くないね。陛下にも一度は断ったつもりだったが」
「伝言です。『気が変わったら、俺が在位の時ならいつでも来い』とのことです」
「…………」
じろりと睨まれてマシューは両手を上げた。
「はい。陛下にはきっぱりフラれた、と伝えておきます」
「フラれた相手をいつまでも追いかけるのは女々しいぞ、と付け加えてくれ」
「くはっ、陛下が女好きと知ってそれを言いますか。必ず伝えましょう」
ニヤニヤしているあたり、マシューはそれを伝えた時のローランドの顔を思い浮かべているのだろう。優男に見えて、彼も幾多の修羅場を潜っている。一国の王を相手に肝が太いというか、何というか。
「さて、リオンさんはキザヤ王国の騎士団長の席を蹴っ飛ばした訳ですが、中にはその席を蹴飛ばすどころか飛びつく人もいる……というか、一般的にはそういうひとの方が多く、僕もその一人なワケですが――これで、リオンさん以外の四人が四人とも、国家の要職に就いたことになります」
もっとも僕は裏方ですけどねー、とマシュー。
「四人……ってことは、トビーもフランシスカもか」
「はい。クラーラさんもですよ。要職と言っても、それぞれ別の国で、ですが」
剣士トビー。
魔術士クラーラ・マッカリー。
神術士フランシスカ・バルバルーゼ。
暗殺士マシュー。
正確に言えば長い旅路の間に、同道し離れた者もいた。
だが最後の戦いまでリオンを支えたのは、この四人だった。
そして最後の最後にリオンを裏切った者たちである。




