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梅本はビートルに背をあずけて、竹本の戻りを待っていた。
どうにも辛気臭い車内へ戻るタイミングがつかめないでいる。
スーパーマーケットの出入り口の上には垂れ幕が掛かっていて、平日は夜十時まで営業とあった。新しく住むアパートの近所にこんな店があればいいな、と梅本はなんとなく思った。
ほどなくすると、米五キロが入るほどのダンボール箱を抱えて、竹本が出て来るが見えた。いったいどれほど買い込んだのか、笑みがこぼれた。片手をあげて迎えてやったが、竹本はこちらを見ていないようだ。
そうして突然、竹本はしゃがんで箱を地面へ降ろした。なにやらごそごそとやり始めている。――電話だ。
竹本が突っ立っている傍に駐車していた車のヘッドライトが点灯した。
電話片手にペコッとその車へ頭を下げて、箱をズルズルと引きずって退いた。その退いた先で、また別の車の通行を妨げている。今度はプッと軽く鳴らされている。
「なにやってんだ、アイツ」
その様子に見かねた梅本は、ようやく動いた。速足に近寄って、声をかけた。
竹本は、これを持ってくれよ、というふうに足元の箱を指差す。しかたないとうなずいて、梅本が地べたに置かれている箱を持ち上げてみると、――なんだ軽いな。なかを覗く。天ぷらの盛り合わせパック三つと、麺つゆのビンが一本だけだ。
「そっちへも? ……そう一緒に。……もう帰ってきてる」
誰と話しているのやら。
あぁ、レジ袋が有料の店か。それで無料の空き箱を貰ってきたんだな、と合点がいった。とりあえず、先に運んでしまおうと背を向けたときに、呼び止められた。
「高下と、柳もいるらしいんだけど」
松コーポレーションで、笹尾と仲の良かった二人の顔を浮かべた。
「あぁ、あいつらな。それが?」
「笹尾があっちにも連絡してたみたいなんだわ。それで俺らみたいにポリ署に駆けつけたはいいけど、もう笹尾が帰った後だった、ということでこの電話」
ふ~ん、と梅本は素っ気ない。
笹尾の同期と後輩の二人が、入れ違いになったということだ。皆、無職中だから集まりがいい。
「今から、こいつらも笹尾の所へ来るって言ってるけど、どうする? 詳しい事情は何も知らされてないってよ」
「そうか。――きっと笹尾も女同士のほうがいいだろ。呼べ呼べ。是非来てもらえよ」
「それもそうだな」
「ややこしい話は、笹尾んところに集合してからでいいんじゃねぇか」
竹本も同意見のようだ。コクリとうなずいて、通話を再開した。
死ぬ死ぬ、とあちこちで吹聴している間はマシだ。話を聞いてほしい。同情してほしい。慰めてほしい――。周りを巻き込むのは、復帰するための一手段。他人に迷惑をかけることに遠慮して、一人で抱え込むようになること。そんなのよりは健全だ。
梅本はダンボール箱を抱えて、ビートルへと戻っていった。
車の前に立ってトランクを開けようとしたが、エンジンの熱気を感じて手が止まった。新しいビートルのトランクが、普通に後部へ配置されていることを思い出して、後ろへ回った。が、今度は開け方がわからなかった。
電話で話しながら、遅れてついて来ていた竹本が、指をチョイチョイとやるので、シビックのほうへ持っていく。助手席の足元へ置いてドアを閉める。
振り返ると、竹本がスマホを突き出していた。「やなぎ」と、ひと言そえた。
柳 美雪は笹尾の後輩で、生意気な女だと記憶していた。目上の者に対して物怖じしないという点においては、当時の梅本と似かよったところがあった。
「よぉ、柳か。――ぐへへ、な、何色のパンツ履いてんだ?」
(……梅本さん、お久しぶりですぅ。あいかわらず、声だけは渋いですね。えっと、事情はよくわかんないんですけど、葉月先輩の様子はどうなんですか?)
「あぁ、まだダメみたいだな。車の中なんだけど、助手席でフニャフニャになったままだ」
(ハァ、そうですか。――でも私たちもすぐに行けると思いますから、竹本さんとも話してましたけど、とにかく向こうで会いましょう)
「おぅそうだな。それじゃ笹尾んところで、高下だけを待ってるよ」
笑いを含んだ舌打ちで電話は切れた。
諸事情を知らされていない彼女らは、まだ明るい。梅本は、さっさと彼女らにバトンタッチして、お役御免になるときを待ちわびた。
「んじゃ、行こうか」
「ああ。もう近くまで来てるから、あと五分も走れば着くと思う」
スマホを竹本へ返し、それぞれに車のエンジンを始動した。
梅本がシートベルトを引き出しながら、笹尾に言った。
「柳と高下がこっちへ来るってよ」
返ってきたのは、ゴソゴソと動く揺れと、洟をかむ音だけだった。
竹本が言うように、それからちょっと走っただけで、すぐに二階建て四戸のアパート群が見えてきて、二台は敷地内の私道へ進入していった。シビックは壁沿いに駐車した。
続いた梅本は「へぇ、ここかぁ」と、独り言のように言ってから「で、この車はどこへ駐めたらいいんだ?」と訊いた。
助手席から「二棟目の前」と、か細い返事はある。
それだけじゃよくわからないな、と敷地内の様子を窺っていると、ダンボール箱を抱えた竹本が、すぐに追いついてきて、こっちだと言わんばかりに一軒の前で、首をくにゃくにゃと動かしている。
「お~い、着いたぞ」
のろのろと起き上る笹尾を、我慢強く待った。笹尾に鍵を開けてもらわないと、男二人がどうしようもないのだ。ようやく彼女が玄関にたどり着き、ドアを開けて電灯を点けた。
(ありがとうございました。もう一人で大丈夫です)
竹本の気遣いが無駄になろうとも、梅本は内心そんな台詞を期待したのだが、彼女は、
「どうぞ上がってください」と、しょげ返った顔で言った。
竹本が「お邪魔します」と言って、さっさと上がり込み、勝手知った様子で右手のドアをくぐっていく。梅本は渋々といったふうに靴を脱ぎだした。
最小限の家具でまとめられた、松本家のLDKは、二十畳はあるように見える。
入ってすぐのところに対面キッチンが備え付けられていて、ダイニングテーブル、リビングのソファと奥へ続いている。そして、その中間付近に階段があった。外階段もあって四戸だと見えた部屋は、一棟に二戸。メゾネットタイプというやつだった。
その広さに、梅本が茫然としている間にも、竹本は買ってきたパック詰めの天ぷらをキッチンへ並べている。お茶の用意をしながら、チラチラとその様子を窺っている笹尾に向かって「美味そうだろ。すぐに食うか?」と言った。
「いえ、あまり食欲は……」
「そうか。じゃ、もうちょっと後にしような」
彼女は、ごめんなさいと言うと、洗面所へ行ったようだった。
「勝手にやらしてもらうよー」と優しく声をかけて、ぐるりと梅本へ向き直った。その顔に怒りと困惑が貼りついているようだ。
「おい、ぜんぜん元気になってねぇじゃねぇかよ」
「あ? そりゃそうだろ」
「お前、車の中でちゃんと慰めてねぇのかよ」
「いや。ずっと頭から服を被って寝てたから、そっとしといてやった」
竹本が首を回して大仰にため息をついた。
――あの状況で、むちゃを言うなって。




