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気が大きくなるも、頭のどこかでブレーキを踏んでいる。少々ハメを外して見えるのはポーズであり、周囲を楽しませるための演技だ。
竹本は、アベックにちょっかいをかけて殴りたおされたことや、酒席で社長の肩に腕を回し「給料あげてくれよ~」と、タメ口で絡んだことがある。
梅本は飲み会の帰りに、ゼミの教授をドブ川に突き落としてしまったことや、浮気を追及されたときに逆ギレして、その夜眠りこけていたときに、背中を刺されたことがある。
そんな一概に年相応だと言えない経験が、早々に二人へ大人な飲み方を教えたのだ。(それでも、気分や体調しだいで、べろんべろんになってしまうことは、未だにあるのだが……)
(酒は飲んでも飲まれるな)とは上手く言ったもので、自身の適量を知り、限界ラインの二歩三歩手前で抑制する。泥酔者の問題行動がいま以上に取り沙汰されて、社会的に規制や罰則が強化されてしまってはつまらないし、後々の人にも悪い。
(そうか、記憶違いか)とお互いが思い、少々辻褄が合わなくても、てんでん別方向へ話は進んでいった。
ここにいない奴のことなんて、どうでもいいのだ。
二人は、ラスト一杯を惜しむように氷で嵩上げしつつ、蝦夷松小枝が会議で使う資料に陰毛を挟んでおいたり、小枝の車のリアガラスに(うんちっち)と落書きしたりした思い出話をしていた。
そこへ着信音が鳴り響いた。
「あぁ、うるへー」
竹本はシッシッと手の甲で払った。
梅本は限界まで上体を捻って振り向くと、ベッドの上に放ってあったスマホに目をやる。つい見てしまったが、音がするのは後ろからじゃない。これが鳴っていないのは明らかだった。
「お前のだろ!」
「あ~俺のか~。誰だよまったく、あれ……どこだ?」
彼は胸や尻に手をやるが、そもそも裸体にマントだ。ポケットはない。
あぁと呻きながらドテッと横に寝転んで、衣服をたぐりよせた。その姿勢のままで、スマホを床に置いて通話しはじめる。
「……え、誰だって? ……おぉ笹尾かぁ」
梅本が反応して、四つん這いで竹本の隣へ行き、そのままベチャっと潰れた。
「どう? 新しい仕事探してる? ……そう。しばらく遊ぶの? 旅行とか。……え、梅本の? あぁわかるよ……っていうか、今横にいるんだけど。……えぇ! こんな馬鹿の声を聞いたら耳が腐るって」
梅本が彼の太ももに蹴りを入れる。
「うっ痛ぇ。……いいんだけどね」
竹本はスピーカーをタップして、顎でしゃくった。
(あの、もしもし梅本さん?)
「はいはい、梅本さんですよー」
(ふふ……楽しく飲んでるところ、申し訳ないですけど。――あのぉ、聞いてます?)
「あぁ。うん? あぁどうした?」
(松本さん、今夜も泊まりになるのかなぁと思って、ちょっと)
――えっと、話が見えないな。松本が泊まりで、何で俺に?
(ケータイにかけても電源が入ってないらしくて、出ないんですよね)
「あ、そうなの」
竹本のほうが先に気づいて起き上がった。その片顔に苦味が走っている。
梅本も徐々に意識がハッキリとしてきた。「ちょっと待って」と言ってから、スマホをつかんで起き上がり、テーブルの上へ置いた。氷の解け水をさっと飲んで、ひと息をついた。
「松本が俺ん所へ行くって?」
それで笹尾は沈黙した。
梅本はシマッタと思ったが、遅い。間があって、
(最近、梅本さんとよく会うようになってるんですよね?)
梅本と竹本は視線を交わした。
竹本が指差して首を傾げて見せ、梅本は無言で首と手を横へ振る。
――アイツ、俺をアリバイ工作に使いやがったのか。
(この前、四人で会ってから、ですね)
「あーその次の日の晩に、ここへ来たぞ。うん。ビールとかいろいろと買ってきてくれてさ」
(そう、なんですね)
梅本はどう言い繕うべきか、と頭を巡らせる。
よく会うの(よく)とは、いったいどのていどのことなのか。笹尾に嘘をついて外泊しているとなれば、今の頭では、松本の浮気以外に思いつかない。それを指摘してどうなる? いや、彼女はもう気づいているか。少なくとも松本に嘘をつかれたことだけは。
松本から口裏を合わせてくれ、と事前に言われていたなら、どうしただろう? 竹本のこともそうだ。しょっちゅう竹本と会っていることを、松本は知らないのだろうか。すぐにバレるような……。まったくアイツらしくない。
梅本のこめかみがズキズキと脈打ち始めていた。
現在は笹尾と同棲生活を送っているとしても、籍を入れる前なら、浮気とは法的にどうなんだろうか、と思考が別方向へ巡る。その先に、年内に結婚する、と言っていた花川の顔があった。
松本がどうなろうと知ったことではないか。それとも同期だったよしみ、いや、男同士の事情を汲んでやるべきか……。
笹尾が入社してきたときに――
もう男がいるのかな? 誘ってみようかな、などと口にしていたのは、梅本よりも竹本のほうが先だった。
と、そんなことを思い出しながら、竹本に視線を送った。
――おい、知恵を貸せ!
彼は無慈悲なこぶしに親指を突き立てて、下へ向けた。その口が(ゴートゥヘル)と言っている。
「アイツの知り合いで、梅本って俺だけ? こっちは今日、約束してないんだけど」
(そうなんですか。私、てっきり梅本さんだと思い込んでましたけど。それか、私の聞き間違いですね。すみません……。彼が帰ってきてからでも訊いてみます)
また二人は見合った。
二人ともに、電話の向こうで笹尾がしょげ返っている姿を浮かべた。
竹本はスマホに顔を近づけて、言った。
「松本が帰って来ないなら、こっちへ来て一緒に」電話は切れた。「飲、ま、な、い、かぁ……あれ」
梅本が片口を歪めて微笑んだ。
「あ~あ、知―らね」
そう言って、竹本はグラスを取り、バーボンを熱い茶でもすするかのようにズズッと音を立てて飲んだ。




