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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 十五時を目前にして、人の出入りが頻繁になってきた。

 背広を着た男が三枝と一言、二言話してはパタパタと走っていった。今までまったく姿を見せなかった者らも、この時に向けてどこかで動いていたのだ。

 際限なく巡ってくる練習に飽きて、すっかり気の緩んでいた派遣スタッフたちが、それにともないざわつき始めた。皆が考えていたよりも重大なプロジェクトであるということが、感覚的にじわじわと迫ってくるようだ。今さらながら、不安をおぼえる者も少なくなかった。


「予定の時刻になりましたので、それぞれ配置についてもらいます。ここへはもう帰って来れませんので、荷物のある方は持って出てください。――えぇ、そうですね、とりあえずは二名、行きましょうか」

 三枝はざっと指差して、森くんと他一名を連れていった。ここより下の一階と二階を担当させるつもりだろう。

「オレ、何階だろう?」と誰かが独り言ちたのを皮切りに、派遣スタッフらの慌ただしさは増した。

 どの階も同じらしいので、よほど数字にこだわりのないかぎり、それは意味のない詮索だ。緊張感が伝染して皆の口を軽くしているだけだろう。

 各々がダンボール箱から予備の物を含めて、基盤とナットの入った袋を取り出して持つ。ある者は「トイレに行っとこう」と、小走りに出ていった。

 ポンピンタン植草は手の中で袋をもてあそび「フゥ、やっとかよ」と、ニヒルに笑みながら首を鳴らした。しかし、まったく様になっていない。


 やがて三枝が戻ってきて、残りの全員を呼んだ。

 それぞれが工具と基盤を手に持って、三階の廊下を行進する。そして機械室の前でピタッと止まった。

 三枝は鍵を差し込んでドアを開いた。ここは先ほど見学した場所なので、目新しい物はない。

「このドアは作業中、開け放しといてくださいね。放送が聞こえづらいですし、閉めきると、中は暑いですからね」

 皆がニコリともせず、従順にうなずいた。

 代わりに三枝だけが笑って「それじゃ、きみ、この階を頼むよ」一番先頭にいたスタッフの背に手を添えた。


「誰か希望の階数はありますか?」

 スタッフの強張りを(ほぐ)そうとして尋ねているのがわかったので、おそらく最年長である梅本が、乗ってやろうと手をあげた。

「それじゃ、七階でお願いします」……起こったのは、極々の微笑だった。


 階段が機械室のすぐ脇にあるので、ぞろぞろと階段で上っていく。一々、三枝に機械室の鍵を開けてもらわなければならないのだ。各階へ残りの全員で行って、そこへ(とど)まった者から見送られる。

 五階には植草が留まり、桔梗院は六階。七階へは希望通り、梅本が着いた。最上階の九階は三枝が担当すると言っていたので、馬酔木(あせび)は八階だ。


 作業開始予定時刻は、十五時十分。まだ十分弱もある。

 梅本はさっそくカバーを取り外して、床へ置いた。基盤も気泡緩衝材、通称プチプチから取り出しておく。

 さてと……。

 梅本が作業体勢を、あーでもない、こーでもないと探っていると、点滅を繰り返していた基盤上方のランプがスッと消えた。

――そろそろか。

 放送が鳴ったのは、それから一分ほど経ってからだった。作業開始だ。

 五回以上の模擬作業をこなしている。間違えようがない。梅本は手の汗をズボンで拭い、ゆっくりと作業に取りかかった。



 結局、梅本の場合、交換作業は三、四分で何の苦もなく終了した。後はカバーを取り付けるだけだった。当然ながらカバーに電流云々は関係がないので、いつでもいいのだ。三枝の最終点検待ちとなる。

――フフ、楽勝ポ……いや、マンキンタンOK!

 古い基盤は回収すると言っていたので、プチプチ袋へ入れておくか。それだと予備の基盤と見分けがつかなくなるかもしれないので、そのままにしておくか……。

 そんなことを考えているときに、ピョコッと馬酔木が顔を覗かせた。


「梅本さーん。できましたぁ?」

「……びっくりしたぁ。――あれ、持ち場に着いてなくていいんかよ」

「三枝さんが下りてきて、後ろからずっと見てたんですよぉ。もぉ、私ぜんぜん信用されてないって感じ」

 彼女は、ほっぺたを膨らませてみせるが、怒っているふうではない。やっと終わったという安堵感が勝っているのか。

「へぇ。馬酔木さんはぜんぜん大丈夫なのにな」

「まぁ、そのおかげで、先に点検してもらいましたけど。OKでーす、だって」

「ほ~ん、早いなぁ」

「ランプは外からでも見えるから、もうカバーを取り付けても問題ないって言われたんで、付けちゃいましたよ」

 彼女は後ろ手に首を傾げて、揺れる仕草をしてみせる。だがそれも梅本からすると、あまり可愛くは見えなかった。

「そりゃいいなぁ。俺んとこも先に確認してくれないかな」

「フフ――あ、拓くんは、この一つ下の階ですよね。一緒に様子を見に行きません?」

――はあ? 気楽な子豚だな。もう十分ほどで合流できるというのに、それが待てないのか? それと、桔梗院は拓くんっていうのか。へぇ……。

「ヨシ、ちょっと見に行ってやるか」梅本は腰をあげた。

「はい。行きましょう」

 二人して階段へ向かった。


 六階の機械室を前にして、彼女は梅本を振り返り、唇に人差し指をあてる。

 それに梅本は軽くうなずきで返す。

 そろりと二人同時に機械室を覗くと、いきなり桔梗院と目が合った。アッと声が漏れたのも同時だ。


「梅本さんまで、何やってんすか……」

「いや、馬酔木さんが誘いに来たもんでよ」

「拓くん、できた?」

「あぁ、こんなの楽勝ポンピンタンOKだぜ」――梅本同様、けっこう気に入っているようだった。


 三人が一様にホッと息をついていると、階段から忙しない足音が聞こえてくる。

 気になった梅本が部屋から出て見ると、階段から飛び出してきたのは、本家のポンピンタンだった。

 勢いもそのままで、彼は「すんません! すんません!」と連呼した。鼻あぶらの噴き出し具合が尋常ではなかったので、彼が切羽詰まっているのは明らかだ。この部屋になぜ三人も固まっているのかなんて気にしていられないほどだった。

「予備の基盤、残ってっか!」

 そうがなりたてるや否や、植草は床に目を這わせ、プチプチに包まれた基盤を見つけた。彼は腹の出っ張りをものともしない動きでそれを拾い上げると「コレ、借して!」と言い放ち、桔梗院の返事を待たずして、ドタドタと走っていった。


 梅本たちは呆気に取られていた。まず口を開いたのは、彼女だった。

「なにあの人ぉ。さんざん調子に乗ってたくせにぃ」

「あ~あ、やっちゃったんだろうなぁ」と梅本。

 桔梗院は例のごとくニヤニヤとしている。

「今持っていったの、古いほうのやつですけど、どうします?」

「えっ……、どうしますって、そりゃさすがにマズいだろ。全体にかかわるし」

「そうなんっすよねぇ」

 梅本の脳裏に浮かんだのは、森くんが卒倒して失禁する姿だった。


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