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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 貴金属店は高い保険を掛けているはずなので、今回の損失は保険で穴埋めされるはず。ただ、創業者一族の犯行となれば、すんなりと保険金が支払われるとは思えない。

 とりあえず経営者は刷新せざるを得ないとして、そうして仮に会社を立て直そうとがんばったところで、今後どこの企業が取引に応じてくれるだろうか。上得意の客は、いくつかの同業者が一斉に奪い合うだろうし、低価格を売りにするアクセサリーショップに成り下がっては、社員の給料を賄うことすらできないだろう。

 松コーポレーションの行先は真っ暗闇だ。


 これから無職になろうとしている三人を前にして、何とか明るい話題に切り替えたいと思っていたところ、美咲さんの「いらっしゃいませー」が聞こえた。

 あっと声を上げた梅本の視線を追って、三人が出入り口付近へ目を向けた。

 その男の堅気に見えない風貌を見て「お知り合いですか?」と、笹尾が当惑したような表情で振り向いて言った。

 陣内だった。今夜も晩飯をたかりに来たのだろう。

 笹尾とはコンビニ前で一度すれ違っているが、あのときの陣内は車から降りてこなかったので、彼女が知らなくて当然だ。


「あぁ。不動産屋さん。派遣先でお世話になった人。う~ん、挨拶しとくべきかな……。ちょっと面倒くさいんだけどな」

 雇用主側は、ド短期で来るスタッフのことを一々覚えていない。陣内にとって初めて派遣会社を利用したときに来たスタッフ第一号であろうと、飲みに行った、泊まった、などとエピソードがあろうと、それで両想いとは限らない。

 数回派遣された先の課長と街でばったり遭遇し、ここぞとばかりに挨拶を交わしたが、先方が不倫中だったので嫌な顔をされた。それ以来、呼ばれることがなくなった、なんて例もある。

 何事も(切っ掛け)を大事にする営業マンなら、形振(なりふ)り構わずの声かけで、顔を繋ぎ止めておきたいところだろうが、要は状況判断だ。

 陣内は一人の様子。カウンター席に着いた。こちらに来そうもない。それで、どうしたものかとチラ見していると、美咲さんがカウンター越しにこちらを指差したので、

ん? と振り返った陣内と目が合った。

 こうなってはしかたないと、梅本が腰を浮かして一歩横へ出ると、陣内がサッとスツールを降りて、やって来た。


「またずいぶんな恰好だなぁおい。また誰かのゲロをかぶったのかよ、梅本くん」

 すっかり忘れていた。

「ハハ、これですか?」ジャージのズボンを引っ張ってみせる。

「じつは、アパートを焼け出されてしまいまして。着る服がないんですよね」

 これには陣内と他の三人も驚いた。

「うへぇ。そりゃまた災難だったな。――あ、ってことは、あそこか? 神立ハイツだっけ」

「そうです。ご存知でしたか」

「まぁ、この業界も狭いからな。近隣で客の取り合いだ。たしかあそこは全焼したんだっけか」

「ええ……」

 梅本に、連れがいることに遠慮したのか、

「まぁ近いうちに店に顔を出せよ。ちょっと手伝ってやれることもあるだろうし」

――部屋を世話する、と受け取っていいのだろうか?

「はい。ありがとうございます」

 陣内は梅本の肩を叩き、さっさと元の席へ引き上げていった。

 それを見届けて、梅本がふ~っと息をつく。座った。


「全焼ってマジかよ、お前」

 竹本が口火を切り、松本は「それニュースで見たけど、梅本さんのとこだったの?」と言い、笹尾は「もしかして、放火?」と訊いた。

 もちろん細かい説明を省き、新しいバイクを購入したので、嬉しくて走り回っていた。それで偶然にも難を逃れたということにした。帰宅したらすべてが終わっていて、燃えさかる炎と迫り来る煙の恐怖は味わっていない、という話を聞かせた。

――どうだ、奢りたくなってきただろう?



「最近、面白い話が一個もないな……」

 竹本がしんみりと言い、このテーブルだけが静かになる。

「そうだね」と、松本はちらりと笹尾を見た。「明日から忙しくなりそうだし、そろそろにしようか」

 松本が椅子を引き、笹尾も立ち上がった。


 店からタクシーを一台呼んでもらい、そろそろ到着するだろうという頃にお開きになった。梅本は陣内の後ろを通るときに、ひと言声をかけて店を後にした。精算は松本がしていた。

 タクシーは、てっきり松本たちが乗っていくものと思っていたが、竹本のために呼んだのだとか……。松本はマンションに引っ越したらしく、電車でここから四つ先まで帰るという。すでに笹尾と一緒に暮らしているらしい。

「俺んちで飲み直そう」と竹本が誘うので、梅本も乗車した。泊まりになる。


 梅本は後部座席で、不機嫌そうに窓枠に肘をついていた。

「あいつら、いつから一緒に住んでんの?」

「知らねぇって。――松本が引っ越したのは一年くらい前だったかな。一回だけ行ったことがあるよ。そのときはまだ独りだったと思うけど。付き合い出したことは知ってたぞ。女どもが騒いでいたからな」

「あいつら結婚するんかな?」

「そりゃするんじゃねぇの。もう三十歳だし、頃合いだろ。それにあいつ、地区統括マネージャーになって、給料も上がったろうからな」

「へぇ……。それで竹本は何マネージャーになったんだ?」

「なってねぇよ!」

 梅本がいた頃は、営業部は部長以下すべての社員がヒラだった。地区統括マネージャーなんてのは、稼ぎ頭の松本のために作られた役職らしい。


「それじゃ、今はお前の上司にあたるんだよな。もしかして、会社では松本に敬語とか使ってんの?」

 チッと舌打ちが聞こえた。「いちおうな」

「ふ~ん。じゃぁ笹尾が松本と結婚したら、彼女は上司の奥さんってことになるだろ? それでもし、笹尾から呼びつけられて何か命令されたら、そのときはお前どうすんの?」

 昼間の仕事疲れからか、酒の回りが早い。

 梅本の妄想では、後輩からの立場逆転現象が起きて、言葉責めプレイに始まり、マンションに住まう若妻を、旦那の留守中に寝取るところへんまで膨らんでいた。

「……梅本お前、くだらないことばっか考えてんだな。派遣社員になって、さらに馬鹿になったんじゃねぇの。そんなの、会社がなくなったら関係ねぇだろ」

「あ、そうか」


 竹本も幾度か泊まりに来ている神立ハイツ近くでタクシーを帰し、二人はブラブラと歩いた。どんな状態になっているのか見たい、と竹本が言い出したからだ。

 狭い路地に入って少し行くだけで、プラスティックが溶けたような匂いがしてくる。神立ハイツはまったくの手付かずに見えた。火災があってから一週間と経っていないのだから、当然か。

 ご近所さんの淡い光で浮かぶ全焼物件を前に、竹本は「コリャひでぇ」と呟いた後、冗談の一つも言わなかった。

 梅本はアパート正面に立つは一軒家の塀越しに、ベッカムの姿を探した。

――どこで飯を貰ってんだか……。


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