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この道を真っ直ぐ進むと、松コーポレーションの前を通る。
頭の片隅では、やはり竹本の話が気になっている。心配半分、興味半分といったところだ。
イベント中は、店のブラインドカーテンを閉じるのが通例になっていて、道路から、ましてやトラックでサッと通過する程度で何を把握できるわけでもないだろうが、梅本はバインダーから視線を外して、前方を見ていた。
ところが、鳴子は一つ手前の交差点で右折車線に入った。
梅本は窓枠に肘をつき、フンと鼻息を漏らして、またバインダーに目を落とした。
やがてトラックは大きな河川沿いにある某ディーラーの車検場に入っていった。
トラックが奥まで乗り入れると、開け放たれた工場内に、天井リフトに吊られた車がゆっくりと巡っていく様子が窺えた。パッと梅本の目につくところでは、軽自動車が多いようだった。一人に一台。田舎では珍しくない現状に、車検場は大忙しといったところだろうか。
ブロック塀で囲われただけの廃棄タイヤ置き場に鳴子がトラックをバックで着けた。
回収物は、トラックを降りてからの柔軟体操を裏切るほどしかなかった。
「車検する車が、みんなタイヤ交換するわけじゃないしな。ここはいつもこんなもんだ。交換するにしても、違う所でしてから、ここに運ばれてくるらしいからな」
梅本は相槌を打ちながらも、せっせとタイヤを運び上げていく。なかにはまだ溝のあるタイヤも混ざっていて、じつにもったいない。
しかし、ゴムとワイヤーでできているタイヤは生ものみたいなもので、まったくと言っていいほど乗っていなくて溝が充分に残っていたとしても、側面にひび割れが見られれば、検査にはパスできないそうだ。
車社会において、タイヤ製造メーカーの笑いは止まらない。皆がアスファルトで消しゴムを使うかのように、タイヤを消費するのだ。フッと吹き飛ばしたカスの行方はわからない。大方、雨に洗われていくのだろう。
とにかく、検査員がOKのハンコを捺してくれないなら、それはもう交換するしかない。
「ここは一日で、だいたい三十五台くらいって聞いたことがあるな」
車検の台数のことだ。へぇ……と返事はするが、あまり興味のない情報だった。
梅本は廃タイヤを持ち上げ、荷台の尻から前へ向かって押し転がす。荷台に上がっている鳴子に直接受け取ってもらわなくても、タイミング良くタイヤを転がして、彼が一歩も動かなくていいくらいに、小慣れしてきている。
梅本が作業スピードを上げれば、鳴子も同じだけ忙しくなるが、半日やっただけの梅本が、上から目線で社員を気遣うことこそおこがましい。体力の続く限り、遠慮なく運び込むのだ。
重い物を運ぶか、数をこなすか。
梅本には後者のほうが性に合っているようだ。
ならば、そっち方面を伸ばすために有酸素運動で体力増強を図るか、それとも弱点を補うために筋力トレーニングをするか……。
おそらく梅本はそのどちらも実行しない。
たとえば、本気で遊ぶために、日々トレーニングを欠かさない人がいる。達成感を味わい、より長時間面白くすごすためだ。
努力する人を笑うことはないにしても、梅本はそれを邪魔くさいと思ってしまう。松本のように、休日にまで仕事のことを考えたくないのだ。
それでも、定位置が見つかれば、そこで本気を出そうなどと考えたこともある。今いる位置で自分に何ができるかを考えて動き出さなければ、どこへ行っても同じことの繰り返しになるのに。
梅本が神立ハイツにいた頃、ポストに資格を取ろうという宣伝チラシがしょっちゅう入っていたが、良質の紙だったので、梅本は生ゴミを包むために使っていた。そんな些細な転換の切っ掛けには気づかない。
トラックは一旦会社へ戻った。
すると、午前に使ったボロ車がまた回ってきた。鳴子には、梅本の虚脱が伝わらないようだ。すべては慣れの問題かと思わせる。
そうして移動時間に水分を補給する。このインターバルに体力と筋力の回復を願うので、次の現場があまりに近いとがっかりするのだ。回収物がタイヤ二つだけというオイシイ所も回りながら、着実に今日の終わりへ近づいていった。
鳴子が運転席で最後のひと口を飲み干した。
「もう三、四件で終わりだけど、飲み物を補充しとこうか? 梅本くんががんばってくれているから、今日は時間的な余裕があるしな」
梅本は会社へ戻ったときに、ペットボトルを水道水で満たしてきていた。それで充分だが、鳴子が欲しているのだろうと忖度する。
広い駐車場を持つコンビニの一番端に停め、また缶コーヒーを買った。これをゆっくりと飲み干すまでの間、休憩になった。
鳴子は会社に電話して、回収物の追加がないか確認を取っている。梅本がスマホを見ると、竹本からショートメールが着信していた。
(マジヤバい。会社潰れるかも)
一瞬、冗談なのか判断がつかなかった。
(こっちの仕事が終わったら電話する。晩飯を奢ってくれ)と返信して、スマホをしまった。




