タイヤ
プレハブ小屋の中は、簡素な間仕切りで事務所とロッカー室に分けられている。入り口正面に流し台があり、その横に、茶だんすと黒く汚れた冷蔵庫が配置してあった。
その小さな冷蔵庫からお茶を出してコップを探した。
盆の上でひっくり返してあるコップには、それぞれに名前が書いてある。茶だんすにあった湯のみに手を伸ばした。昨日、出てきた薄いコーヒーを思い出していた。これが来客用だろう。梅本は続けざまに二杯飲んで、コップをさっとすすいで元に戻しておいた。
麦茶は美味かった。が、やはり喉に引っ掛かるような刺激が足りない。冷えたコーヒーが飲みたい。
自販機へ行こうと倉庫から出たところで、車から降りてきた鳴子に出くわした。
「よぉ、昼飯は食ったのか?」
「ここの弁当を買いました」
「ふ~ん……不味かったろ?」
「はい」苦笑いを隠さない。
鳴子は豪快に笑ってから「すまんなぁ。言っときゃ良かったな」爪楊枝を唇でくわえている。
――本当にそうだ。一人どこかで食ってきたんだな。帰りにコンビニにでも寄ってくれればいいのに。
「昼は一時十分くらいからスタートしようか」
「わかりました。――あの、トイレってどこですかね?」
「あぁ、そこから倉庫の横手に回った所。昔懐かしいボットン便所だから、財布とかケータイを落としたら怖ろしいことになるぞ」
「そ、そうなんですか……。気をつけます」
梅本はトイレに寄って小用をたし、表通りにある自販機へ向かった。
そこで買った缶コーヒーを味わって飲みながら、スマホを取り出して、竹本にかけてみた。
「よぉ。電話した?」
(何だよ梅本。派遣のくせに、ちゃんと一回目で出ろよな)
「派遣のくせに、の意味がわからねぇよ。営業職じゃねぇんだから、スマホなんて休憩中にしかいじれねぇだろ」
(それより今な!)
「それより今夜な……」二人が同時に言う。
竹本のほうが、勢いがついていたようなので、梅本は譲った。
(昨日お前、部長に会ったって言ってたよな。どこへ行くとか言ってなかったか?)
「はぁ? あのツバ吐き女か? そんなの知るかよ。――もしかして、まだ連絡が取れねぇとか?」
(うん……まぁそんな感じなんだよ)
「何だそりゃ。――急ぎで部長の承認がいるんだったら、不在を理由に専務とかへ話を持っていったらいいんじゃねぇの」
(専務も行方不明だ)
「行方不明って、お前……。何がどうなってんの?」
(こっちが知りたいくらいだって。とにかく聞いてないんだったらいいよ。また連絡する)
「あっと待て待て。社長のほうが、飛行機がどうとかって言ってたような気がするな」
(飛行機……)少し間があって(それだけか?)
「あぁ。間に合わなくなる、みたいなことを言って、ジャガーで走り去っていった」
竹本からの反応がなかった。
「お~い、もしもしぃ」
近くで数人が電話しているような雑音が耳につく。
(悪い! また電話する――)プツンッと通話は一方的に切れた。
――何だよ、竹本のやつ。晩飯奢ってくれよぉ。
頭で悪態を吐きながらも、松コーポレーションに忌々しき問題が起こっていることは想像に難くない。あの会社のトップ3が揃って行方知れずとなれば、梅本の頭で考えられることは一つだ。
あそこでどんな損失事案が発生しようと、自分にはまったく関係ないと思う一方で、笹尾や他の元同僚たちの顔が浮かんでは消えた。
気を揉んだところで、梅本にとって今や縁遠い会社の事態が好転するわけもないので、皆の所へ戻っていくことにした。
午後からのためにペットボトルのお茶を一本購入しておく。明日にでも竹本を飲みに誘って、結局は大したことがなかったという(オチ)を聞いてやるか、と安易に思った。
倉庫へ戻ると、三名の社員がテーブルを片している最中だった。
梅本は駆け寄った。せめて自分が出した椅子くらいは自分で片づけなければ。
その中には鳴子もいて、梅本に気づくなり車のキーを放って寄こした。
「ここはいいから、さっきのトラックをこの建物の裏手へ回しといてくれ」
カンネスサービスの決まりでは、保障上の理由から車の運転をしてはいけないことになっているが、敷地内でのことだし、頭の固い話は抜きだ。
「裏ですね?」
「おう。裏へ行ったら誰かしらいるはずだから」
「はい」
梅本はスマホとペットボトルのお茶をポケットにねじ込んで、小走りに向かった。
久しく四輪の運転をしていなかったこともあり、そこら中ガタガタになっている車ということもあり……。やや緊張気味に運転して、建物の裏手へ移動させた。「ここへバックで着けてくれぇ!」との指図に対しても、梅本はおっかなびっくりだった。
――後ろがまったく見えねぇよ。
そこで違うトラックに乗り換えて、表に戻っていく。これが午後からの回収に使う車らしい。
梅本たちが午前に回収してきた荷は、会社に居残る者で移しかえるのだとか。その手順がいかに非効率的であっても、梅本の意見するところではない。そうした無駄にも、人に仕事を与えるという意味では重要なのかもしれない。だからこそ梅本に仕事が回ってきたのだと考えれば、非効率作業大歓迎である。
倉庫の出入り口付近にトラックを着けて、エンジンを切った。お茶とコーヒーが早くも汗となって首筋を伝った。
「もう一本吸ったら出発するから、ちょっと待っててくれ。昼からはあんな大物はないだろうけど、数がなぁ」
「多いんですか?」
鳴子は、くわえ煙草から立ち上る紫煙に目を眇めながら、依頼書をめくっている。
「まぁ梅本くんなら余裕だろ」
――意味がわからない。




