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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
68/96

 タイヤ


 プレハブ小屋の中は、簡素な間仕切りで事務所とロッカー室に分けられている。入り口正面に流し台があり、その横に、茶だんすと黒く汚れた冷蔵庫が配置してあった。

 その小さな冷蔵庫からお茶を出してコップを探した。

 盆の上でひっくり返してあるコップには、それぞれに名前が書いてある。茶だんすにあった湯のみに手を伸ばした。昨日、出てきた薄いコーヒーを思い出していた。これが来客用だろう。梅本は続けざまに二杯飲んで、コップをさっとすすいで元に戻しておいた。

 麦茶は美味かった。が、やはり(のど)に引っ掛かるような刺激が足りない。冷えたコーヒーが飲みたい。

 自販機へ行こうと倉庫から出たところで、車から降りてきた鳴子(なるこ)に出くわした。


「よぉ、昼飯は食ったのか?」

「ここの弁当を買いました」

「ふ~ん……不味かったろ?」

「はい」苦笑いを隠さない。

 鳴子は豪快に笑ってから「すまんなぁ。言っときゃ良かったな」爪楊枝を唇でくわえている。

――本当にそうだ。一人どこかで食ってきたんだな。帰りにコンビニにでも寄ってくれればいいのに。

「昼は一時十分くらいからスタートしようか」

「わかりました。――あの、トイレってどこですかね?」

「あぁ、そこから倉庫の横手に回った所。昔懐かしいボットン便所だから、財布とかケータイを落としたら怖ろしいことになるぞ」

「そ、そうなんですか……。気をつけます」


 梅本はトイレに寄って小用をたし、表通りにある自販機へ向かった。

 そこで買った缶コーヒーを味わって飲みながら、スマホを取り出して、竹本にかけてみた。


「よぉ。電話した?」

(何だよ梅本。派遣のくせに、ちゃんと一回目で出ろよな)

「派遣のくせに、の意味がわからねぇよ。営業職じゃねぇんだから、スマホなんて休憩中にしかいじれねぇだろ」

(それより今な!)

「それより今夜な……」二人が同時に言う。

 竹本のほうが、勢いがついていたようなので、梅本は譲った。


(昨日お前、部長に会ったって言ってたよな。どこへ行くとか言ってなかったか?)

「はぁ? あのツバ吐き女か? そんなの知るかよ。――もしかして、まだ連絡が取れねぇとか?」

(うん……まぁそんな感じなんだよ)

「何だそりゃ。――急ぎで部長の承認がいるんだったら、不在を理由に専務とかへ話を持っていったらいいんじゃねぇの」

(専務も行方(ゆくえ)不明だ)

「行方不明って、お前……。何がどうなってんの?」

(こっちが知りたいくらいだって。とにかく聞いてないんだったらいいよ。また連絡する)

「あっと待て待て。社長のほうが、飛行機がどうとかって言ってたような気がするな」

(飛行機……)少し間があって(それだけか?)

「あぁ。間に合わなくなる、みたいなことを言って、ジャガーで走り去っていった」

 竹本からの反応がなかった。

「お~い、もしもしぃ」

 近くで数人が電話しているような雑音が耳につく。

(悪い! また電話する――)プツンッと通話は一方的に切れた。

――何だよ、竹本のやつ。晩飯(おご)ってくれよぉ。


 頭で悪態を吐きながらも、松コーポレーションに忌々(ゆゆ)しき問題が起こっていることは想像に難くない。あの会社のトップ3が揃って行方知れずとなれば、梅本の頭で考えられることは一つだ。

 あそこでどんな損失事案が発生しようと、自分にはまったく関係ないと思う一方で、笹尾や他の元同僚たちの顔が浮かんでは消えた。

 気を揉んだところで、梅本にとって今や縁遠い会社の事態が好転するわけもないので、皆の所へ戻っていくことにした。

 午後からのためにペットボトルのお茶を一本購入しておく。明日にでも竹本を飲みに誘って、結局は大したことがなかったという(オチ)を聞いてやるか、と安易に思った。


 倉庫へ戻ると、三名の社員がテーブルを片している最中だった。

 梅本は駆け寄った。せめて自分が出した椅子くらいは自分で片づけなければ。

 その中には鳴子もいて、梅本に気づくなり車のキーを放って寄こした。


「ここはいいから、さっきのトラックをこの建物の裏手へ回しといてくれ」

 カンネスサービスの決まりでは、保障上の理由から車の運転をしてはいけないことになっているが、敷地内でのことだし、頭の固い話は抜きだ。

「裏ですね?」

「おう。裏へ行ったら誰かしらいるはずだから」

「はい」

 梅本はスマホとペットボトルのお茶をポケットにねじ込んで、小走りに向かった。


 久しく四輪の運転をしていなかったこともあり、そこら中ガタガタになっている車ということもあり……。やや緊張気味に運転して、建物の裏手へ移動させた。「ここへバックで着けてくれぇ!」との指図に対しても、梅本はおっかなびっくりだった。

――後ろがまったく見えねぇよ。

 そこで違うトラックに乗り換えて、表に戻っていく。これが午後からの回収に使う車らしい。

 梅本たちが午前に回収してきた荷は、会社に居残る者で移しかえるのだとか。その手順がいかに非効率的であっても、梅本の意見するところではない。そうした無駄にも、人に仕事を与えるという意味では重要なのかもしれない。だからこそ梅本に仕事が回ってきたのだと考えれば、非効率作業大歓迎である。

 

 倉庫の出入り口付近にトラックを着けて、エンジンを切った。お茶とコーヒーが早くも汗となって首筋を伝った。

「もう一本吸ったら出発するから、ちょっと待っててくれ。昼からはあんな大物はないだろうけど、数がなぁ」

「多いんですか?」

 鳴子は、くわえ煙草から立ち上る紫煙に目を(すが)めながら、依頼書をめくっている。

「まぁ梅本くんなら余裕だろ」

――意味がわからない。


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