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ホイールと合わせて百キロにもなる大型車のタイヤは、整備工場のフォークリフトで積み込んでもらえる。だから何もすることがない。一番つらいのは六十キロくらいのやつで、途中で一旦動きを止めてしまうと、もうそこから持ち上がらない。一気に載せてしまうしかないのだ。
「ダメだと思ったらすぐに手を離せよ。抱えたまま粘りすぎて、タイヤの下敷きになった奴もいるからな」
「はひぃぃ」
梅本はここ最近で一番歯を食いしばっている。バイク屋で十キロに満たないタイヤを、ほいほいと積み込んだ後に訪れた今日一番の山場だった。
鳴子は、コツを伝授して応援はしてくれるが、手を貸してくれない。荷台で受け取る役に徹しているからだ。
汗が一気に噴き出した。服が汚れないように、手だけでやっていてはとても無理だった。タイヤに抱きつくようにして持ち上げ、最後は頭部も使って載せた。これが後、三十一個もあるのかと思うとゲッソリとしてくる。
ラスト十個というあたりから、あきらかにフラフラになった梅本を見かねて、鳴子が荷台から降りてきた。不適格の烙印を捺されたような気がした。が、根性を披露して断れるほどの意気地がなかった。
鳴子は固定ロープを掛けてから降りてきて、首に掛けていたタオルで額を拭う。体を左右に捻る。さすがに息が上がっていた。
「ここが一番デカいタイヤを扱っている所だからな。よくがんばったよ。おつかれ」
何とか持ちこたえた広背筋を褒めてあげたい。
「そうっすか。――手伝ってもらって、すんませんでした」
「いやぁいい。前に来たバイトくんは、もっと少なかったのに、途中で力尽きてたぞ。それでそのまま辞めちゃったしな。梅本くんはなかなか大したもんだよ」
鳴子が労う。
梅本は頭皮に入り込んだ砂を払い落とし、力なくタオルで顔を拭った。それを素直に受け取って喜べるほど単純ではない。
「よーし、一旦戻ろうか」
「そうですね」
「帰ったらちょうど昼飯になるかな」
一見して過積載のトラックが鈍く発進していった。
ここは弁当の宅配業者と契約しているらしく、事務所に日替わり弁当が届いていた。朝に必要数を伝えておくと、十一時半くらいまでに配達される手筈になっている。
「今朝、社長が一つ余計に頼んだから、あんたの分もあるんだけど。買ったら?」
みんなから麻子ちゃんと呼ばれている、見るからにやんちゃそうな事務員が言った。昨日、ちょっと濁ったお湯かと思ったくらい薄いコーヒーを淹れてくれた女だ。
「そうですか。えっと、それじゃいただきます。いくらですか?」
「四百円」
梅本がいらないと言ったら、その弁当はどうなるのかと、どうでもいいようなことを考えながら、彼女に小銭をちょっきり手渡した。
「じゃ、あそこに積んであるやつから、一つだけ持っていって」
二十歳そこそこに見える彼女は、ここの従業員に対しても敬語を使わない様子。誰もそのことで注意をしないし、寧ろそれも含めて可愛がられている感じだ。今日一日だけ呼ばれている梅本が、何を言うはずもなかった。
「空箱はこっちに返却して。あんたは時給に換算したら、あたしより高いくらいなんだから、残さず食べてしっかりと働いてよ」
「はぁ」
この事務員は出納帳を任されているらしい。カンネスサービスに支払う金額も知っているわけだ。
ただ、それがそのまま梅本の懐に入ってこないことくらいはわかりそうなものだが……。彼女はひと言多い。それにしても、と思う。(あんた)はないだろう。仕事帰りに車に轢かれて骨折でもしやがれ、と念じた。
梅本は彼女から目を逸らして事務所から出た。同じ倉庫内の端に長テーブルが出ていて、そこに従業員が六人ほどかたまっていた。
「どうも、おつかれさまです」
梅本が近寄っていくと、六人の中で一番若そうな男が、壁際を指差す。
「椅子はあそこっすよ」
うなずいて、立て掛けられている折り畳みの椅子を取りにいった。
腰掛けながらさっそく弁当を開けると、ため息が漏れる。
――うわぁ。
米の割合は七割強くらいあるだろうか。おかずはなかなかにシンプルな内容だった。
「ま、そういう顔になるわな」
梅本の対面に座る男がニヤニヤとして言った。他のみんなが一斉に笑う。
「四百円も出したら、普通もっといい弁当が食えるよな」
「そうですよね。――弁当屋を替えたほうがいいんじゃないですかね」
「それがな、この弁当屋をやってるのが、ここの社長の、じつの姉ちゃんなんだわ」
「はぁなるほど。そういうことですか」
「ほら、そこにフリカケの小袋が付いてるだろ。それで何とかしろってことだよ」
皆がまた笑い声を上げた。梅本も一緒になって笑い、納得したようにうなずいた。
それからは、転入初日に新しいクラスメイトに囲まれるような注目を浴びて、いろいろと質問されることになる。一日だけとはいえ、煩わしさをおくびにも出さず、そこは愛想良く応対しなければならない。
まずは(ド短期)というシステムについて説明だ。それは幾度となく繰り返してきたことなので、淀みなく淡々と熟した。
そうすると今度は「ここは他と比べてどうだ?」という質問。今までも同じようなことを訊かれてきたものだ。
それに梅本は「まだ半日しかやってない」と、反論に備えた前置きをしたうえで「ここほど筋肉を酷使する会社はなかったですよ」と答える。他よりも大変な作業をしている、と他所から来た者が言えば、なぜか喜ばれるのだ。
「まぁ、たしかにしんどいけど、梅本くんもコツさえ覚えれば、すぐに慣れるって。昼からもがんばってな」――さらには励まされたりする。
「生き方が卑怯な奴ってば、後半に向けて体力温存とか言って、手を抜きやがるんだよ。そんなだらだらやってる奴に限って音を上げるのが早ぇ」
「そうそう、最初からフルパワーでやって、ポテッと倒れる奴のほうが、まだいいよ」
「お前、もうちょっとペースってものを考えろよ、くらいは言うけどな」皆が笑う。
ここでは要領のいい奴が嫌われる。それがわかったところで、梅本は腰をあげた。
冷蔵庫にお茶が冷やしてあると教えられたが、立場的になかなか貰いづらい。あの事務員から余計なひと言を貰いたくない。自販機へ行くことにした。
しかし、弁当の空箱を返却するために事務所へ入らなければならない。
梅本は空箱を(ごちそうさまでした)と言って返却した場合のことを、事務所までの十メートルで想像する。
(あんたにとっては、そんなのがご馳走なの? 安上がりで結構ね。もっと稼いで美味しいもの食べたらいいのに。三十にもなって定職に就いてないってヤバいでしょ。 何かしたい仕事とかないの? いっつも違う仕事じゃいつまでたっても身につくものがないじゃない。だいたいあんた……)
そのときに麻子が事務所から出てきた。
「ああ、空箱はきちんと重ねといてね」
「はい」
彼女はそれだけ言って、目の前を歩いて出ていった。
梅本は代わって誰もいない事務所に入り、深くため息をついた。ロッカー室にあずけてあるリュックからスマホを取り出して電源を入れた。着信は二件。見ると、二件とも竹本からだった。
たしか、イベントの次の日は休みになることが多かった。それで、今夜あたり飲みいこうという連絡だと思った。




