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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 曇天に不快な湿度――。

 銀行で通帳を再発行してもらい、出てきたところへ電話が鳴った。登録のない番号だったが、とりあえず出てみると、相手は保険屋だった。

 三十分後に伺うとのことだったので、梅本は了承して電話を切った。この後、下着類を買い揃えるつもりだったが、時間的余裕をもって選びたかったので、一旦断念する。梅本はバイクにまたがり、駅に向かって走り出した。


 あれから、もう一晩だけ西町会館に寝泊まりした。

 不動産屋と個々に面談が進む中、梅本に提案された物件は、駅近くのウィークリーマンションだった。何から何まで揃っているので、この身一つで即入居可能。ビジネスホテルのようだと思ったので、その言葉に飛びついた。そして実際に案内されてみると、狭さに慣れさえすれば、じつに快適そうだった。

 通常ならばここに一ヶ月も住まうと、十二万円ほど取られるらしい。それを四万円でいい、と不動産屋は言う。全焼したアパートと同じ家賃が提示されているわけだ。そのうえ、光熱費と水道代がいらないというのだから、梅本はその場で契約書にサインしていた。

 しかし、今の経済状況で月十ニ万円の部屋に住み続けられるわけはなく、ただ、自分で適当な所を探して引っ越すまで、一ヶ月間の猶予が与えられたにすぎない。この不動産屋が、神立ハイツと同程度の物件をすぐに紹介できるなら、最初からそうしているだろうから、他の不動産屋に自らあたってみるしかないだろう。

 梅本の脳裏に、派遣で世話になった陣内の顔が浮かんだ。あそこも一つの選択肢か……。


 梅本がマンションに到着すると、すでに保険屋が来ていて、操作盤で梅本の部屋番号を押しているところだった。坂道で(つまず)けば、際限なく下まで転がっていきそうな、ふっくらとして丸い体型の女性だった。

「梅本様ですか?」

 うなずくと「この度は云々……」と、エントランスホールで慰めのご挨拶。

 今さらながら、オートロックに不慣れな梅本が鍵を探していると、小窓からこちらを窺っていた初老の管理人が、開錠ボタンで開けてくれた。二時間ほど前に新入居の挨拶を交わしたものだから、顔パスで気安い。

 二人はエレベーターで十八階まで上っていった。


「下着も全部焼けちゃったもんだから、このクソ暑いのに着替えもできないんですよ」

「ここへ来る前に、私もアパートへ寄ってきたんですよ。もうビックリしました。あらためて中に入ってみるまでもなく全焼でしたね」

「ええ」

「本当に大変でしたね。お体のほうは、お怪我はありませんでしたか?」

「それが、出掛けていたもんですから……まぁ」

「そうでしたか」

 エレベーターのカゴ室内が息苦しい。酸素の八割を彼女が奪っているようだ。


 部屋の前に立ち、二箇所のロックを解除して入った。

 お茶も座布団も出せないと言って、適当に座ってもらう。梅本はベッドに腰を下ろした。


「失ってから気づくような必需品もありますしね」

 そう言って、保険屋はハンカチで汗を拭いつつ、粗品と封筒を差し出した。タオルセットと現金だ。

 たしかに、ちょっとした日用雑貨がない。急ぎトイレットペーパーが必要だ。電気ケトルは備えてあるようだがコップはない。鍋や皿、包丁がない。電子レンジ万能説をうたう数々のレシピ本が、グイグイと勢力を増すようだ。出張やらで一週間だけ過ごしていくような人は、料理などしないのだろうし、たとえあったとしても、誰のお古ともわからない物は使いづらい。


「見舞金っていうか……急場を凌いでいただくという意味で一時給付金が支払われます。どうぞお納めください」

「へえ、これですか」

 さっそく中を確認。八万円か……。小躍りしそうだ。梅本の頬が弛緩する。

 その顔を確認してから、彼女は「ここに受取のサインをお願いします」と、用紙を滑らせた。

 彼女個人からの(ほどこ)しでもないが、それを当然の権利とふんぞり返るのは、今さらで恰好悪い。梅本は上機嫌に深く礼を述べて受領印を捺した。


 その後、損害品リストを作成するとのことで、梅本は思いだせる限り部屋にあった物品を用紙に書き入れた。ずっと頭にあったので、トイレットペーパーもストックの十ロールが焼失したと申告した。嘘ではない。もちろん、そんな物は保証されないですよ、みたいなツッコミを期待しての冗談だが、彼女は何も言わなかった。

 そして、そんな心の余裕は、専門の損害鑑定士のことや、時価払いと新価払いの説明を受けて、急速に(しぼ)んでいった。けして納得しているわけではないが、保険会社が儲かる仕組みになっていることは承知しているつもりだ。

「支払金がゼロ、なんてことにはなりませんよ」

――その言い方……何とかならねぇの?



「……というわけで、明日は無理だな。最低限の生活環境を整えないとさ、仕事にも身が入らないよ」

 例によって、カンネスサービスからお呼びが掛かっていた。相手は花川だ。いつもの(明日、暇でしょう?)に対して、やっとまともに言い返すことができた。

(う~ん、わかった。あ、それとスタッフの登録変更が必要だから、そこの住所を教えてよ)

 梅本が伝えると、花川は(そこ、知ってる。私のマンションのすぐ近くだわ)と言った。

「へぇ、花川さんの家って、どこ?」

(それは絶対に教えない。――それより、あそこってウィークリーマンションなんでしょう。割高なんじゃないの?)

 水面にさざ波が立つような感覚をおぼえながら、梅本は一時的な仮の住まいだということを、早口で説明した。


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