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買っておいたサバの煮付けだけで、ご飯を二膳食らい、熱い息を噴き上げて、そのまま寝た。
目を覚ましたのは夜の九時半で、梅本は三時間ほど眠ったことになる。たった三時間だったが案外すんなりと目覚めるものだ。睡眠のメカニズムからして、このへんがちょうど良いタイミングだったのかもしれない。とくに痛いところもなく、すこぶる快調だ。
梅本は目覚ましを部屋に入れてやるために、吐き出し窓を少し開いてから、冷蔵庫へ向かった。
牛乳を小皿に分けてやって、流しの前の床へ置いた。自分は一リットルのパックをラッパ飲み。下痢をしたくないので、二口だけに留めておく。これがただの水道水でも同じことを思ったかもしれないが、美味かったし体に染みた。
もうないのか、とベッカムが見上げて脚にまとわりついてくる。
「いつも思うけど、お前、家でメシ食ってねぇの?」
言いながら、定番のウインナーを一つやり、梅本は洗いものを始めた。茶碗と箸のワンセットだけなので、あっという間だ。それと同じ早さで、ベッカムがまた催促してくる。
今度はスライスチーズを一枚、それを四つ折りにして与えてやる。
がっついた猫は、それをひと噛みで奪っていった。感謝もへったくれもない。与え甲斐のない奴だった。
ちょっとすると「ンアー」と、あまり聞かない鳴き方をするので一瞥する。ベッカムが大きく口を開けて喘いでいた。チーズが上顎に貼りついてしまったらしい。その愚か者ぶりが何とも笑える。
梅本はスマホの電源を入れ、布団で寝そべった。
検索ワードのトップからニュースを流し読みしていく。そのうちにふと思いついて、拳銃の分解清掃を検索する。動画が貼りつけてあるページにたどりついて、一回で覚えられるくらいに集中した。
布団に乗ってきたベッカムが、梅本の頭の近くで毛繕いを始めている。手で顔をこすり、片足をあげて、腹や尻を舐めている。そして、梅本の頭部に額をこすりつけてきた。頬を舐められたので、梅本はベッカムをグイッと押しやった。
それでふと大学時代の友人のことを思い出した。男ばかり四人で酒盛りをしていたときのことだ。
その日はKの自宅に集まっていた。彼がその日の主役だった。
同じ女に三回告白してフラれたら、きれいさっぱり諦める、と言っていたKが、その日の放課後に三回目を迎えた。慰労会、平たくいうと、Kの愚痴を聞いてやって、彼を励まし、仲間内で暗い雰囲気を作らない、の集いだった。
帰りのことは考えなくていいので、このまま酔いつぶれようと構わない。それは他の三人も同様だが、彼の家族が他の部屋にいるので、梅本たちとしてはKとまったく同じというわけではなかった。
すでに肴はなくなり酒だけが進んだ。
眠くなってくる頃だ。
そして、梅本たち三人はうんざりしている。わざわざ合コンをセッティングしてやる約束までしたのに、それでもKはメソメソとしつこかった。
そんなとき、彼の隣で大きめの屁をした梅本を、Kはいきなり立ち上がって、他の二人がひくほど罵った。そして、勢いに任せて持論をぶちまける。
「……だから、におい分子を、俺の嗅粘膜がキャッチして、電気信号に変換して脳へ送ったから、臭いんだ。つまり、屁が匂うってことは、お前のウンコのちぎれカスが、俺の鼻に届いたってことだろ。お前は他人のウンコを、丸めて鼻の穴に詰められても平気なのか! ちゃんと謝れよ!」
梅本は最初こそ笑って聞いていたが、あまりにも顔を近づけて怒鳴るので、Kを押し返して殴りたおした。
最初から半分泣いていたようなKが、ソファにひっくり返り嗚咽を漏らした。
「よぉ、そろそろ帰るか」梅本は他の二人に言った。
「そうだな……。面倒くせぇ奴だ」
「あぁ俺も帰るわ。――んじゃ、お大事に~」
そして次の日。
学食で昼食を摂っていた梅本たちの前に、Kが頬を腫らしてやってきた。
「よお。お前らいつの間に帰ったんだよ。つっ、なんか顔が痛ぇんだけど……」
と、まったく覚えていなかった。本当に覚えていないのか、反省したのかは訊かないでおいた。
「おい、お前。いま自分のケツを舐めていただろ。汚ぇよ」
間接的にでも、ベッカムの肛門が頬に当たるのはよろしくない。梅本はスマホを一旦置き、両手でベッカムを揉みくちゃにした。そうして遊んでやっているうちに、猫が外へ出たがったので、今晩はこれでさようならだ。
一人になった梅本は、さて続き……と先ほどの検索画面を表示した。
コーヒーを淹れ、戻るときに工具箱を取ってきた。
黒星に限らず、銃の調整には専門の知識が必要だが、バラして磨く程度なら簡単そうだった。工具も細い棒状の物一本あればできそうだ。工具箱にあるベビードライバーで事足りるだろう。
さっそく、押し入れの奥から拳銃を出してくる。可動する部分をカチャカチャと弄った。
それで実際にやってみると……。
バレルのブッシングの外し方さえわかれば、後は馬鹿みたいに簡単だった。
スライドストップもベビードライバーで押し込んでやれば何のことはない。梅本は分解と組立を二回繰り返し、その簡潔な構造に舌を巻いた。こんな簡潔にできた物で人が殺せるのか……と一旦は驚嘆したものの「まぁ、命なんてそんなものか」とつぶやいた。バットで殴ったって、包丁で刺したって人は死ぬ。身近にある物で、人は結構簡単に死ぬのだ。
真鍮のワイヤーブラシと潤滑スプレーを持って流しへ行くと、見よう見真似で磨いていった。
時刻は二十二時。
梅本は後三時間くらい経ったら出掛けよう、と決めた。




