表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
就業ルイン  作者: ゆぞぅ
49/96

 49


 買っておいたサバの煮付けだけで、ご飯を二膳食らい、熱い息を噴き上げて、そのまま寝た。


 目を覚ましたのは夜の九時半で、梅本は三時間ほど眠ったことになる。たった三時間だったが案外すんなりと目覚めるものだ。睡眠のメカニズムからして、このへんがちょうど良いタイミングだったのかもしれない。とくに痛いところもなく、すこぶる快調だ。

 梅本は目覚ましを部屋に入れてやるために、吐き出し窓を少し開いてから、冷蔵庫へ向かった。

 牛乳を小皿に分けてやって、流しの前の床へ置いた。自分は一リットルのパックをラッパ飲み。下痢をしたくないので、二口だけに留めておく。これがただの水道水でも同じことを思ったかもしれないが、美味かったし体に染みた。

 もうないのか、とベッカムが見上げて脚にまとわりついてくる。


「いつも思うけど、お前、家でメシ食ってねぇの?」

 言いながら、定番のウインナーを一つやり、梅本は洗いものを始めた。茶碗と箸のワンセットだけなので、あっという間だ。それと同じ早さで、ベッカムがまた催促してくる。

 今度はスライスチーズを一枚、それを四つ折りにして与えてやる。

 がっついた猫は、それをひと噛みで奪っていった。感謝もへったくれもない。与え甲斐のない奴だった。


 ちょっとすると「ンアー」と、あまり聞かない鳴き方をするので一瞥(いちべつ)する。ベッカムが大きく口を開けて(あえ)いでいた。チーズが上顎に貼りついてしまったらしい。その愚か者ぶりが何とも笑える。


 

 梅本はスマホの電源を入れ、布団で寝そべった。

 検索ワードのトップからニュースを流し読みしていく。そのうちにふと思いついて、拳銃の分解清掃を検索する。動画が貼りつけてあるページにたどりついて、一回で覚えられるくらいに集中した。

 布団に乗ってきたベッカムが、梅本の頭の近くで毛繕(けづくろ)いを始めている。手で顔をこすり、片足をあげて、腹や尻を舐めている。そして、梅本の頭部に額をこすりつけてきた。頬を舐められたので、梅本はベッカムをグイッと押しやった。

 それでふと大学時代の友人のことを思い出した。男ばかり四人で酒盛りをしていたときのことだ。


 その日はKの自宅に集まっていた。彼がその日の主役だった。

 同じ女に三回告白してフラれたら、きれいさっぱり諦める、と言っていたKが、その日の放課後に三回目を迎えた。慰労会、平たくいうと、Kの愚痴を聞いてやって、彼を励まし、仲間内で暗い雰囲気を作らない、の集いだった。

 帰りのことは考えなくていいので、このまま酔いつぶれようと構わない。それは他の三人も同様だが、彼の家族が他の部屋にいるので、梅本たちとしてはKとまったく同じというわけではなかった。


 すでに(さかな)はなくなり酒だけが進んだ。

 眠くなってくる頃だ。

 そして、梅本たち三人はうんざりしている。わざわざ合コンをセッティングしてやる約束までしたのに、それでもKはメソメソとしつこかった。

 そんなとき、彼の隣で大きめの屁をした梅本を、Kはいきなり立ち上がって、他の二人がひくほど罵った。そして、勢いに任せて持論をぶちまける。


「……だから、におい分子を、俺の嗅粘膜(きゅうねんまく)がキャッチして、電気信号に変換して脳へ送ったから、臭いんだ。つまり、屁が匂うってことは、お前のウンコのちぎれカスが、俺の鼻に届いたってことだろ。お前は他人のウンコを、丸めて鼻の穴に詰められても平気なのか! ちゃんと謝れよ!」

 梅本は最初こそ笑って聞いていたが、あまりにも顔を近づけて怒鳴るので、Kを押し返して殴りたおした。

 最初から半分泣いていたようなKが、ソファにひっくり返り嗚咽を漏らした。

「よぉ、そろそろ帰るか」梅本は他の二人に言った。

「そうだな……。面倒くせぇ奴だ」

「あぁ俺も帰るわ。――んじゃ、お大事に~」


 そして次の日。

 学食で昼食を摂っていた梅本たちの前に、Kが頬を腫らしてやってきた。

「よお。お前らいつの間に帰ったんだよ。つっ、なんか顔が痛ぇんだけど……」

 と、まったく覚えていなかった。本当に覚えていないのか、反省したのかは訊かないでおいた。



「おい、お前。いま自分のケツを舐めていただろ。汚ぇよ」

 間接的にでも、ベッカムの肛門が頬に当たるのはよろしくない。梅本はスマホを一旦置き、両手でベッカムを揉みくちゃにした。そうして遊んでやっているうちに、猫が外へ出たがったので、今晩はこれでさようならだ。


 一人になった梅本は、さて続き……と先ほどの検索画面を表示した。

 コーヒーを淹れ、戻るときに工具箱を取ってきた。

黒星(ヘイシン)に限らず、銃の調整には専門の知識が必要だが、バラして磨く程度なら簡単そうだった。工具も細い棒状の物一本あればできそうだ。工具箱にあるベビードライバーで事足りるだろう。

 さっそく、押し入れの奥から拳銃を出してくる。可動する部分をカチャカチャと弄った。

 それで実際にやってみると……。

 バレルのブッシングの外し方さえわかれば、後は馬鹿みたいに簡単だった。

 スライドストップもベビードライバーで押し込んでやれば何のことはない。梅本は分解と組立を二回繰り返し、その簡潔な構造に舌を巻いた。こんな簡潔にできた物で人が殺せるのか……と一旦は驚嘆したものの「まぁ、命なんてそんなものか」とつぶやいた。バットで殴ったって、包丁で刺したって人は死ぬ。身近にある物で、人は結構簡単に死ぬのだ。

 真鍮(しんちゅう)のワイヤーブラシと潤滑スプレーを持って流しへ行くと、見よう見真似で磨いていった。


 時刻は二十二時。

 梅本は後三時間くらい経ったら出掛けよう、と決めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ