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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 梅本はいまだ冷めやらぬ興奮を胸に、片腕を枕にして、天井を見上げていた。

 その胸の上には猫が乗っている。

ベッカムは伏せた状態でじっと梅本の顔を見つめ、彼の呼吸に合わせて上下していた。

 もう片方の手で、梅本はベッカムを撫でてやった。ゆっくりと頭から背中へ。這わす指が尻尾の付け根らへんまでいくと、背中全体がヨヨンッと波打つのが可笑(おか)しい。


 あの後、梅本は段々畑の最上段にあったブルーシートをちょっとだけめくり、地面を掘れるような道具を探した。そしてすぐに、ちょっと掘るには大仰すぎる(くわ)を見つけたが、他の農具ときつく縛ってあったので諦めた。

 ブルーシートを元通りに戻し、押さえのブロックも寸分たがわぬ位置へ置いて、バイクまで下りていった。

 弾丸の残りは九発……。

 それを撃ち尽くしてから廃棄してもいいんじゃないか? そんな考えが頭を支配していた。


 梅本は拳銃をタオルで巻いて、リュックの奥底へしまった。エンジンをかけ、バイクを方向転換させたときに、地面にキラリと光るものがあった。射出された薬莢(やっきょう)だ。

 こんな所にまとまって落ちていたら、さすがにこの段々畑の主も黙っていないだろうから、拾っておいたほうがいい。梅本はまたペンライトを出して、パッと目につくものから拾い集める。十六発分すべてを見つけてポケットに入れた。

 そして、走行中にポトリ、ポトリ、と撒きながら帰ってきたのだった。



 梅本はゴロリと横寝になって、軽率だったかと表情を険しくする。ベッカムが驚いて瞬発的に飛び退き、無言でまた乗っかってきた。

 撒いてきたといっても、むろん、種ではないので人の注意を集めるような花は咲かないし、問題にはならないはずだ。そう思って捨ててきたのだが、今思うのは……詳しい人が見れば、たった一つの薬莢でもそれだとわかるので、いちいち吹聴して回るかもしれないという危惧だ。


「こんな物を見つけました」と、有閑なお節介焼きが騒ぎ立てれば、そんなことでも警察は捜査を始めるのだろうか? ――後の祭りだ。

 とにかく今となっては、いろんなものに踏まれて、薬莢だか何だかわからないようになってくれるのを祈るしかない。たとえ見つかって騒ぎになったとしても、そこから梅本にたどりつく可能性はないのだからと、気に病むほどでもないと、自身に言い聞かせた。


 まだ二十三時。

 とくにすることもないので、端に畳んで寄せてある布団をツツッと伸ばして、部屋の中央を占領する。


「お前、泊まってくの? 窓は閉めるぞ」

 理解していないのだろう、ベッカムが梅本より先に布団に乗った。

 とにかく今夜は、目の奥に鈍い痛みがあった。おそらく、揺れるライトが照らす範囲を凝視しすぎたせいだ。梅本が部屋の電灯を消して、もそもそと布団に沈んでいく。生温かい物体をグイッと押し退けて目を閉じると、意識はすぐに遠退いていった。



 夢現(ゆめうつつ)の狭間で目覚まし時計が鳴っていた。

 ピタッと聞こえなくなったので、気のせいかと思った。

 しばらくすると、やはり鳴っているような……。

 今度こそ現実かと細く目を開けると、クソ猫が目覚ましベルの停止ボタンを押していた。


――お、お前、なんちゅうことを……。

 梅本は飛び起き、洗顔に向かった。

 その勢いに、一旦は逃げる素振りを見せたベッカムが、悪びれもなく梅本の脚にすり寄ってくる。梅本は顔を拭いながら、冷蔵庫からウインナーを一つ取り、掃出し窓を開けて物干し場へ落とした。ベッカムがそれを追っていく。その隙に窓を閉めて施錠した。


 今日の仕事現場は最寄り駅のすぐ近く。知っている場所なので、その点に関してだけは若干の心的余裕がある。

 派遣三社合同で三十名の募集。久々の大所帯だ。休憩時間には、各々の待遇などについて、情報交換なんてことが行われるやもしれない。

 ただ、大所帯の現場には独特な雰囲気があって、(つど)った烏合の衆を左右する。やる気のある奴だけが呼ばれて来ているわけではないので、大所帯の単発依頼は統率が取れにくい。長期派遣にいるような、リーダー格の存在価値をあらためて思い知らされる。

 

 今日の現場には、カンネスサービスから梅本を含め、六名が参加するらしい。どこかの派遣会社は、依頼された人数を確保できずに、営業間の相互援助で他社に再依頼したのだろう。

 そして本来ならば、オコボレ(いただ)き組が肩身の狭い思いを強いられることはないが、先方の担当社員が邪魔くさがったり、人員配分に慣れていない人だったりすると、どうしても派遣会社単位で枠を作ろうとする。

 そうすると、小さな枠はまともな指示が貰えず、右往左往して、結果、サボっているように映るのだ。

 初日の反省点を改善して、二日目以降に活かしていくのが、どの分野にも通ずる道理だが、その二日目以降のないド短期はそれっきりだ。


 前回の大所帯派遣では、偶然にも梅本より年嵩(としかさ)のいったスタッフがいてくれたので、その人が中間伝達係のような役を買って出てくれた。簡易のリーダー誕生だ。

――今回もああいう人がいてくれると、楽なんだけどな。


 場合によってリーダー的役割の者は、他人を叱責しなければならない。会社の上司ならそれもいち業務だが、明確な上下関係のないスタッフ同士では、たとえそれが正論であっても、咎められる側が「なに威張ってんだよ、あのオッサン」となる。梅本もそう思っていた時期があるので、よくわかるだけにその役をするには抵抗があるのだ。

 バラバラで圧倒的に二十代の多い派遣スタッフを束ねるには、誰もが一目置くような知識や技術がいる。少しでも尊敬されていなければならない。そうでなければ、上からリーダーを任命されるかだ。


 梅本はコーヒーを淹れ、台所で立ったままパンをかじった。

 人数が多ければ多いほど、どこかに(まぎ)れてサボることができる、と考えていた昔を懐かしく思うのだった。


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