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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 配達先は後二つ。うち一つは片手でも持てるデザインチェアを納品するだけなので、梅本は地元に一番近づく次の配達先で、お役御免となる。

 藤ノ浦運送としては、早朝出勤の時給加算分が馬鹿にならないらしく、なるだけ早く梅本を解放するようにとの指示が出されていた。

 時間消費の大半が移動。しかも梅本は、ただ助手席に座って、藤本の戦国武将の逸話を聞いているだけでお金になるのだから、一日だけならこんな楽な仕事はないと思っていた。これくらいの渋滞はむしろ歓迎だった。

「ここは迂回ルートがねぇんだよなぁ」

 そんな藤本の独り言に相槌を打ちつつも、頭の中ではチャリーンと小銭が溜まる音を聞いていた。


「お、梅本くん。あそこの自販機でコーヒーを買ってきてくれよ。一本くらい奢るからよ」

 比較的周囲より高い視点のおかげで、前方の自販機がよく見える。

「はい。いいですよ」

「わしはブラックな。えっと、まぁ銘柄は何でもいいや」


 花川からの愚痴で初めて知ったのだが、こういう小間使いを仕事ではない、と突っぱねるスタッフがいるらしい。梅本からすると、きっぱりと(こば)めることのほうを凄いと思ってしまうのだが……。

 花川がそのことで彼を(たしな)めると、そいつは正論武装で延々と反論してきたそうだ。以来、花川は、彼のことを屁理屈こね野郎と呼んでいる。

 気位が高いことでいうと、梅本も春ごろに一人遭遇している。一緒に食品加工の工場へ派遣されたオッサンのことだ。彼はまさに、自己都合で今の立場より年齢や矜持を重く見るタイプだった。

 彼はとある会社を経営していたそうなのだが、倒産させてしまったらしい。そこの社長だったのは六年も前の話だというのに、彼は当時のプライドをひきずったまま、派遣されていた。スーパーなどで売っている、ソバ、うどんを詰めて梱包する部門、ライン作業だ。


「また入れ忘れてますよ。薬味と七味の小袋」

 ライン管理の女性社員は、自分の父親ほどの派遣スタッフに対して、かなり柔和な物言いだった。

 が、彼は機嫌を損ねたまま昼休憩に突入し、五分ほど仕事内容に文句をつけたあげくに、職を放棄して帰ってしまった。

 一部始終を見ていた梅本が、しかたなしに事務所所長へ連絡を入れると、飛んできたのは花川だった。

 なぜ引き留めなかったと罵られても、梅本は上の空。


 結局、花川は既定の作業服を身にまとい、午後から梅本の隣に立った。

 マスクで覆われた口から「あのクソじじい!」と連発しながら、油揚げをパートのおばちゃんに負けない手さばきで、シュパシュパと入れていた。

 それらのことが思い起こされるのは、松本と笹尾に出会ってしまったせいだ。ショックで思考がマイナス方向に向かっていた。



 五百円玉を一枚渡されたので、梅本は自販機があるていど近づいてから、降りて小走りに行った。

 先ほどの図書館前で飲んだばかりだったが、せっかくなので自分の分も買った。そして振り返ると、トラックは十メートルほど先まで進んでいた。難なく追いつき乗り込んだ。こんなことができてしまうくらい、トラックはちょっとずつしか進んでいない。


「これでよかったですか? それにしても全然進んでないですね」

「あぁまいったなコリャ」

 それで藤本は「先月のあれよりはマシだけどな……」と述懐し始めた。それは運送業界の悪日、地方のイベント開催当日の話だった。


 花火大会の渋滞に巻き込まれた藤本は、トラックの中で電話の応対に辟易(へきえき)していた。こんな日はしかたがないと了承してくれる客もいれば、端から攻撃口調で攻め立てる客もいたらしい。

 運送会社にかかってきた問い合わせには、事務の者が対応し、そこで食い止めることもできる。極力現場のドライバーを守ってくれるそうだ。

 ただ、メーカーのカスタマーセンター経由の案件がなかなかに厄介で、ドライバーにまで下りてくるのだ。運送会社は商品を扱わせていただいているという立場なので、メーカーには頭が上がらない、ということだ。

 巣ごもり消費などと呼ばれる、ネットショッピングの利用拡大が運送業に利益をもたらす一方で、ドライバーはどんどん疲弊していっている、と藤本は、関係のない梅本に訴える。――愚痴だった。

 さらには「早く来い!」と再三せっついて、いざ到着すると「今日はもう遅いから、明日にして」と言われたことを、いまだ根に持っているようだった。


「設置までしなきゃならない大物だったからよぉ。また資格を持ってる奴が、わざわざトラックで出向かなきゃならねえんだよ。三十分くらい店を開けてくりゃぁ設置できるんだぜ。そんなの嫌がらせ以外の何ものでもないよな。――向こうの言う通りの時間に作業を始めるにはよ、午前のうちにあの店の前に到着しておいて、作業時間まで待機するしか方法がねぇじゃねぇかよ……。そんなことできるかっつうの。ついでに次の日も予約でいっぱいだっつうの」

 毎年のことなので渋滞は予測できた。しかし、それが予想以上だったというのが、客に対する言い訳であり、自分に対するせめてもの慰めだ。

 その現場にいなかった梅本には薄らとしか伝わらないが、とりあえずは「そいつ、なかなか嫌な奴ですね」と、同調した。



 そうして話を聞いているうちに、よく知った街並みに帰ってきた。田舎町はいい。六メートルのトラックが停め放題だ。

 渋滞を抜ける直前に、藤本自らが次の配達先へ電話を入れていた。

 ここでの納品は一機だけ。電動シャンプーチェア、五十二キロ、二十八万円也。設置といっても位置を決めて、床のコンセントに繋ぐだけらしい。

 やがて到着したエステサロンは、梅本も何度か通ったことのあるバイパス沿いにあった。もちろん、このエステを利用したことはない。


 二人してシートをまくり、商品を台車に載せた。パワゲートを操作して地面に降ろせた時点で、藤本が店へ挨拶に向かった。

 梅本は台車が転がりにくいアスファルトをクリアし、コンクリート敷きの敷地内へ入った。そこでも商品が台車からずれ落ちることに注意を払い、腰を折って最下部を引いていた。


「このバカ野郎ぉ! 業者は裏から来いよ。それくらい常識だろうがよっ!」

 響き渡る、女性の怒号に顔をあげた。藤本が追い返されたところだった。

 まだ運び込んだわけじゃない。挨拶に伺っただけだ。

 藤本はチラチラと店舗を振り返りながら戻ってきた。

 梅本が無言で呆気にとられていると、

「裏口があるとか、聞いてねぇよ……」と悄気(しょげ)て言う。


 程なくすると、店からすらっとした女性が出てきて「早く! こっちよ」と、指一本でチョイチョイと招いて、さっさと先導していった。

 さっきの声と違うので、また別の女性だということが、梅本にもわかった。この店には最低でも二人、腹の立つヒト科のメスが働いているということだ。


 裏の通用口を開けもらって、通路を行くとエレベーターが一機あった。その向こうに表扉があったので、梅本は(結局ここに出るなら一緒じゃねぇか)と憤慨した。

 作業じたいは十五分。二人ですごすごと後片付けをして、また裏の通用口から出ていった。

 回収品を固定し終えると、今度は梅本のバイクを降ろす。……そのはずなのに、藤本はシートを被せようとしている。

 梅本は、アルミカバーを外しながら「サイン伝票の記載は五時半でいいですか?」と声をかけた。

 それに藤本はハッとしたようで、タイヤに足を掛けて荷台へ上がってきた。

 藤本は凄味のある風体なのに、メンタルが弱いようだ……。


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