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「……さん、これで月間トップ賞、二十回目でしょ。すごいわよねぇ」
「うんうん。もぉ、かっこよくて仕事ができて最高ですよね! あたしマジで狙いにいきますぅ」
「ちょっと落ち着きなよ……。でもまぁトップセールスを逃した月でも、そこそこ上位の成績でしょ。何ていうか彼、安定しているわよね。去年の年間トップ賞から引き続いて、さい先のいい滑り出しって感じ」
「ミッチ先輩には、ちゃんとしたカレシがいるじゃないですか。松本さんに色目を使う権利はないですよ」
「何よ、権利って……。あんたみたいに狙うとか言ってないでしょう。……まぁそんなのは今後どうなるかわからないけどね」
雪がチラつく中、梅本は顧客訪問と称して、街をてきとうにドライブしていた。そして、十八時くらいになると、何の成果も上げられずに帰社して、駐車場側にある従業員通用扉から入った。そこで立ち止まって、頭や肩の雪を払っていたところに聞こえてきたのが、彼女らの会話だった。彼女らは休憩室の出入り口付近で溜まっているらしく、声がよく通っていた。
ガラス戸で仕切られた休憩室には自販機が設置されていて、食堂としても使用されている。外から帰った営業マンはここで一服し、オフィスへ上がっていくのだ。女性社員らは、ここで少し喋ってから帰るのが習慣になっているようで、普段、三階以上へは上がっていかない店内販売員と他の社員たちが、この休憩室で意見交換みたいなことをしていた。
「私、松本さんに告られたら、たぶん今のカレシと別れると思うわ」
「うわっ、ひどーい。でもまず告られることがないじゃないですかぁ」
「何でよ。松本さん、カノジョいないっていってたし、背の高い女性が好みだって聞いたことがあるわよ」
彼女らが話しているのは、松本幹夫のことで、梅本とは同時期の入社だ。
竹本を含め、三者三様の事情があり、中途採用の急募に引っ掛かった。それから四年が経っていた。
三人の年齢は偶然にも同じで、三ヶ月間の社員研修のうちに、それぞれの事情は聞き語られ、ある程度気心が知れるような仲になっていた。
松本はノーブルな顔立ちをしていて、彼が微笑むだけで、リピート率の高い成金マダムはとろけるらしい。営業で好成績をたたき出せるのも、きっとそのおかげに違いない。まるでホストクラブのようだと思った。
梅本の中にも、彼だけは別格だという認識があるので、わざわざ張り合おうなどと考えていない。同期ということで、毎度比較されることにもそこそこ慣れている。
松本のことなら同期の俺に訊けとばかりに、彼女らの輪に入っていって、コーヒーを飲んでいこうと思った。
「私、思うんだけど……この中じゃ、可能性として一番高いのは、やっぱり葉月じゃない?」
「う~ん、やっぱり最大のライバルっていうと、葉月先輩になるのかなぁ」
「ライバルって……」
――笹尾までいるのか。
「そう言えば、葉月って松本さんと、たまに二人で話し込んでるじゃない」
「えぇ、葉月先輩、まさかの抜けがけですか?」
――笹尾と松本が?
入室しづらくなった。笹尾の返答に聞き耳を立てた。
「もぉ。……ただ仕事の話をしているだけよ。えっとね、来店したお客様が、どの商品の前で立ち止まることが多いのか、を知りたいんですって。――それに私、あぁいう、いかにもモテる人って苦手なんだよね」
――そうそう、彼女はよく理解している。あんな、天に二物も三物も与えられたような奴は、きっと頭の芯の部分が変態だ。付き合い始めれば、一ヶ月と経たないうちにアクロバティックなセックスを強要してくるに違いない。
梅本は、あらためて笹尾に惚れなおした。
松本が中途入社な訳は――イギリスの大学を卒業してからNPOだか何だかで、海外に行っていたからだ。
高卒で就職するも一年で辞めて、それから四年もの間、遊んでいた竹本や、同棲していた女から背中を数か所刺されて、長期入院していた梅本とは、履歴書の書きやすさが違う。
「えぇ、あたしの松本さんにケチつける気ですか。本人にチクリますよ」
「バカ、何いってんのよ、美雪……」
「ほら、こんな美雪みたいなのが次から次へと現れて、絶対苦労すると思うのよ」
「わたしみたいなのって何ですか。それに松本さんは浮気なんてしないと思います」
「松本さんにその気がなくたって、ねえ……」
梅本は休憩室の前を通りすぎた。彼女らの話し声がピタッとやんだ――。
「マジで梅本さん? えっと、すごい久しぶりだね」
同期や後輩をも(さん)を付けて呼ぶ松本は、三年前と少しも変わった様子はなかった。
「おう松本かぁ、久しぶりだな。こんな所ですげぇ奇遇っていうか、こんな所で二人して何やってんの?」
「まぁ、見ての通り、葉月とデート中なんだけどね。梅本さんはその恰好……仕事?」
そう言って松本は、ニヤリと不快な笑みを見せた。
――お前ら、いつから付き合ってたんだ?
「ああ。今日は、その、トラック配送の助手」
「そういえば、竹本さんがそんなことを言っていたような……」
笹尾が松本の腕に絡み、割って入ってきた。
「こんなの全然デートじゃないですよぉ。せっかく揃って連休が取れたっていうのに、私たち、昼まで市役所にいて、それからずっとブラブラと歩いて、で、今までそこの市立の図書館にいたんですよ」
薄青の外壁の図書館を一瞥した。
「市役所に図書館? 何だそれ」
松本は女性が喜びそうな、少し困ったような顔を笹尾へ向けた。
「――今度、この地区にも営業をかけようと思っていてね。どんな街なのか、下調べだよ。この土地の歴史とか、有力者の情報とか、昔の大地主のことなんかを調べているんだ。誰に声をかけたら、誰に買ってもらえば、宣伝効果が上がるとかさ。それに、街にはそれぞれの雰囲気があるからね。歩いて巡っていると見えてくるものがあったりして、けっこう面白いんだよ」
「私が全然面白くないんですけど……そんなの、わざわざ休みの日にしなくていいでしょ」
「悪いな。もうちょっと付き合ってくれよ。商店街で買い物ついでに情報収集もしたいんだよな」
「ええっ!」
――ずっと今までもそうしてきたのか。俺はそんなことをしたことがない。営業研修でも、そんなことは教えてくれなかったはずだ。
トラックまで三人で歩いた。
会社を辞めた梅本になら何を知られても大丈夫だと思っているのか、松本は仕入れた情報に私見をまじえて饒舌に語った。
そして梅本が立ち止まると、松本は「じゃあ」と、片手をちょいとあげた。暑い中、腕を絡ませたままで笹尾が頭をペコッと下げる。
梅本はしばらく二人を見送っていた。
そして、おもむろに手で拳銃の形を作り、離れていく二人の背中を撃った。




