表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
就業ルイン  作者: ゆぞぅ
38/96

 38


「ここに、マル営に要連とありますけど、これは何ですかね?」

 おそらく忘れているだろうと思って、梅本はそれとなく疑問形をとった。

「おっそれな。その横に電話番号もあるだろう」

「ありますね」

「現地で営業の奴と落ち合うって印だ」

 藤本はダッシュボードに立ててある、ガラケーを取って寄こした。

「ナビの画面で到着予定時刻を見て、店の名前と一緒に伝えるだけ。んじゃぁ電話してみてくれ。――えっと回収の欄には何て書いてある?」

「えっと、何もないです」

「それじゃたぶん新規オープンだな」

 梅本は言われた通りに電話をかけた。こういうことを苦手とする人は多いらしいが、顔の見えない相手に何の気後れがあるというのか、と梅本はまったく気にしない(たち)だ。

 そしてこちらでも、遅いとか予定がどうだとか言われたが、言い訳しても始まらない。気のない謝罪を口にして「できるだけ急ぎますので」と言っておいた。


 そうして、今日一番の重量物を設置し終わると、すぐ近くの美容室で配達設置を一件こなし、また高速道路に上がった。午前中のほとんどが移動に費やされて、時刻は十一時。

 サービスエリアに寄った際「ここで飯を食っといたほうが良さそうだな」と藤本が言った。朝の四時に、お茶漬けをさらさらと食っただけの梅本は、腹がペコペコだった。大賛成だ。

「ここらの特産って何ですかね?」

「さぁな。わしは弁当持ちなんだ」

 藤本がシートベルトを外して、運転席で後ろを向いて膝立ちになった。背もたれの後ろにあるちょっとしたスペースからゴソゴソと布袋を取り出している。

「そうっすか。んじゃ、私は何かてきとうに食ってきます」

「食ったらすぐに出発するから、早めにな」

 明確な休憩時間はないようだ。梅本の場合は助手席に乗っているだけなので、ずっと休憩中みたいなものだが。

「何か買ってきましょうか?」

「いぃや何もいらんよ。さっさと食ってこい」


 移動も仕事だといって、きっちりと休息を要求する者はいる。以前の梅本がそうだった。

 どっちが良いのかと問われても、今の梅本なら業種によるといって回答を避ける。

 雇用契約に(のっと)ってさえいればいいのか? たしかに契約を盾に争えば勝つ。それが社会規範だが、人の感情というのは互いにイーブンで割り切れない。すべての人が同じ方向を向いていない以上、どこかに歪みは生まれるものだ。

 円滑に物事を進めるために、どちらかが一歩引かなければならない状況は往々にして起こる。誰かが損をしなければならないという状況なら、代金を受け取る側が(こうむ)るというのが(なら)わしだ。いつでも切られる派遣スタッフなら、なおさらだ。

――いやいや、そんな休憩くらいで大袈裟な。


 トラックの駐車スペースから店までがちょっと遠かった。出勤時は寒いと思っていたほどだったが、当然のことながら気温はぐんぐんと上がっている。まわりにもTシャツ一枚でいる男性が多い。アスファルトから上ってくる熱で、全体に蒸しあがりそうだった。

――荷台からバイクを降ろして、ビューンと行くわけにはいかないよな。

 梅本は頭に巻いたタオルを取って、鼻筋から首元にかけて拭った。

 この依頼は朝が早いことを除けばかなり楽だ、と感じている。ただ、長時間に渡ってドライバーと二人きり。そりが合わないと、なかなかに厳しいものがあるのかもしれない。幸い藤本は見かけによらず、いい人だ。

 ふと、先週一緒に除草作業をした草村のことを思い浮かべた。

――アイツにはむいてないかな。



 健康ランド内、養護施設内、と理容室というのはいたる所にあるものだと知った。ごく一般家庭の玄関から靴を脱いで上がって、奥の一室が散髪屋になっている家には、さすがに驚嘆した。

 その家の奥さんが、梅本らの帰りがけに「裏の畑で採れたのよ」と言って、やたらと太い大根を一本ずつ持たせてくれた。そうして本日の仕事は半分以上をこなしたことになる。


 ようやく地元も近くなってきて、十六時ちょうどに到着した理髪店は図書館の横にあった。

 ここで納品する商品は、手持ちで運べるような排水パイプだけだ。それの交換修理という依頼だった。洗髪台の内部構造を見られる、またとないチャンスだ。

 店には四人の来客。挨拶を済ませて工具箱とパイプを運び入れた。

 へぇ、そこが外せるようになっているのか……というときになって、梅本は追い出されてしまった。狭い店内で人口密度が高すぎるのだ。


「荷台を整頓しといてくれよ。持って帰るのは古いパイプくらいだから、ちょっとだけ開けといてくれたらいい。こっちは最終点検まで終えて、三十分ってところだな」

「はい……」見られないのが残念だった。


 梅本はトラックへ戻って、シートを丸めながらまくっていった。

 回収品をとにかく前へと移し、後は伝票を見ながら配置を変えていく。回収品といえど、完全廃棄というわけではないらしく、ぞんざいな扱いは禁止されている。それにビニールをかけ、緩衝材に畳んだダンボールを使った。一番の大物がなくなっているので、スライディングロックパズルのように知恵を働かさなくてもいい。そんなレイアウトに独自のセンスをみせてやろうと思ったが、面倒くさいので止めておいた。

 キューキューと嫌な音をたてる発泡スチロールをゴミ袋にまとめ、(ほうき)に絡ませる。トラックシートを元に戻し、後はシートゴムを掛けるだけにしておく。

 そして、することがなくなった。


 エアコンがストップしている車内には五分といられなかった。梅本は車外に出て、周囲を散歩するともなしにうろついた。

 家が近くなっているとはいえ、ここら辺の土地勘はない。図書館があるからなのか、自転車に乗った子供の往来がやたらと目についた。その自転車を目で追った先に自販機を見つけた。梅本は缶コーヒーでもと思い、図書館のほうへ歩いていった。

 そして、その場で飲んでいるところ「梅本」と、自分の名が呼ばれたような気がした。さして珍しい苗字というわけでもないが、そこはやはり反応してしまう。

 梅本が横目でちらりと見やると、そこには笹尾葉月が立っていた。


「ほらぁ、やっぱり梅本さんでしょ」

 笹尾は隣にいる男性の腕をペシペシと叩いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ