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トラックは東名高速に乗り、静岡をめざしていた。
バイクを気にかけてくれているのか、運搬物のことを考えてこれがいつも通りの運転なのかわからないが、藤本は空いた直線道路でも法定速度+ちょいで走らせていた。
「根本さんっていう人は、最近よく休まれてるんですか?」
「そうだなぁ、わしの補助に入るときは、そんな感じもしないけどな」
「けっこう有給は自由に取れるって感じですかね」
藤本は煙をモワッと吐き出した。
「何言ってんだよ。根本はお前んとこの派遣から来ている奴だぞ」
「え、そうなんですか。カンネスサービスのスタッフなんですか」
電話では誰それの代役という話はなかったから、てっきり藤ノ浦運輸の社員が病欠か何かで、人員が足りなくなったのだと思っていた。
「あ~っと、そんな名前の派遣会社だったかな。……忘れた。まぁ根本は根本だ。もう半年以上になるぞ」
「とにかく朝五時までに行ってくれ、としか聞いてなかったもんですから。……へぇそうだったんですか。根本ね……う~ん、やっぱり知らないですね」
「自分とこの社員の名前と顔を知らないのか? アンタんとこは、いつもそんな感じか?」
根本という奴は、カンネスサービスに登録して、一番最初に派遣されたところがこの藤ノ浦運輸だったらしく、それからずっと長期の専属になっているという。まとまった額を受け取るスタッフは、銀行振り込みを希望する者が多い。事務所に顔を出さないなら、知らなくて当然か、と思った。
彼は仕事の流れも当然把握していて、最近では指示がなくても、先々と動けるくらいになっているそうだ。
そんな根本から聞ける(派遣あるある)は大したことがないだろう。梅本は話題に事欠かなかった。
高速道路では順調だったものの、トラックは下に降りてから通勤ラッシュに嵌まった。一件目の美容室に到着したのは八時をすぎた頃で、これくらいなら道路状況という言い訳で納得してもらえるだろう、ということだった。
藤本は依頼伝票へ正直に到着時間を書きいれ、ポンとコンソールボックスに投げてから言った。
「ヨシ、行くか。ここにはスタイリングチェアを二脚入れるだけだ。店に運び入れて、ちゃちゃっと脚をセットするぞ。わしが客の了解を得たら指示を出すから、そしたら梅本くんは、ダンボール箱と緩衝材を外へ運び出して畳んでくれ。シートの掛け方は会社でやった通りな。わしが挨拶を済ませて出てきたら、さっと出発できる状態になっているのが、まぁベストだな」
二人掛かりでシートをまくり上げ、どの品物かを教えてもらう。ハンドルのない、スケートボード三枚分のような台車の扱い方を実践してみせた後、藤本は店に向かった。その間に梅本がパワーゲートを操作して、品物を降ろしておく。
藤本が「あれ~」と首を傾げながら戻ってきたのは、梅本がまだ商品を降ろしおえる前のことで、一旦運転席に戻りバインダー片手に降りてきて、電話をかけていた。店が閉まっているのだ。
「ハァ、二十分くらいで、ここに来るってよ」
梅本が陣内ハウジングで経験したようなことはなく、客と直接連絡が取れたようだ。
「住居が別なんですね。……で、どうします? 箱から出してしまいますか」
「そうだな。天気もいいし外で出しちまうか。ビニールは取らないままで、ダンボールを下敷きにしてな。店を開けてもらったらパッと納品して、サッと次へ行けるようにしとこうか」
それから梅本たちは、店の前で三十分も待たされた。
目の前にちょうど二脚の椅子があるものの、もちろん商品に腰掛けるわけにもいかず、これをここに放置してトラックへ戻るわけにもいかない。
トラックはその間、ずっとハザードを点滅させたままで路上駐車。そのせいで前の道路は交互通行になってしまっていた。時折、こちらを睨んでいくドラバーがいて、梅本はその都度、目をそらした。
「八時の配達予定だから、こっちが遅刻したくらいなのにな……」
そう呟いた藤本は煙草を我慢しているようだった。
やがて自転車に乗った、派手な髪型をしたオバサンが何食わぬ顔で現れ、開口一番に文句を言った。
「何時頃になるとか、事前に連絡しておいてくれないと、こっちにも準備があるじゃない! ほんとに、もぉ!」
藤本の呟きによるとそれは連絡してあったはずだが、心疚しさから、逆に怒りだす人は世の中にいっぱいいる。以前の梅本なら反論してかかっていったかもしれないが、今はどことなく当事者でないという思いからか、あまり腹も立たない。藤本が「いやぁ申し訳ありません」などと、ヘラヘラ笑っているせいでもある。
納入品が単純な椅子だっただけに、寝坊したオバサンのところで長居することはなかった。
「あんな言い方をしなくてもいいですよね」
「まぁな。この業界、業者に厳しいオーナーは多いよ。それぞれが一国一城の主みたいなもんだからな。――おいおい、梅本くんはあれくらいでムカついているのか?」
梅本は怒ってなどいない。藤本の忙しない煙草の吸い方を見て、彼の心情を口にしただけだ。誰かが憤懣を吐けば、宥める役の者が現れる。トチ狂った奴を見て、よけい平静を保てる、みたいなことだ。
「まぁ、怒ってはいませんけどね」
藤本はフッと笑って言った。
「さっきの店が、今日の配達で一番遠い所だしよ。ここから会社に戻りながら、その伝票の順番通りにこなしていくんだ」
煙草の吸い方が緩やかになっている。
「なるほど」
「客の都合で、そんな順調にイケた試しはないけどよ。まぁだいたいそんな感じだ」
梅本はバインダーを手に取り、パラパラと捲った。
ずっとこういう商品の配達だけで一日が終わるなら、補助などいらない。それこそドライバーひとりで充分だ。
だが次に控えるのが百六十キロの大物、六十五万円也のバーバーチェアだった。梅本のバイクよりずっと重い。これを納入回収するために、梅本が呼ばれたといっても過言ではない。「最近、腰がヨヨヨ~」という藤本の弱音を前もって聞かされている。
梅本も散髪屋は普通に利用しているが、椅子のことなんて考えるのは初めてのことだった。




