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梅本はロータリー内にバイクを着け、コンクリートの壁の裏へ入った。
広いウォーキングクローゼットのような空間には、背広姿の男が一人だけいた。その男の背を通って、真ん中よりちょっと左寄りに立つ。鍵を二つとも取り出し、ナンバーを確認する。タヌキはこっちの鍵ということだ。
もう一つの鍵のナンバーを見て、スーッと右へ歩いていった。中サイズの箱を通りすぎ、小サイズ群の一番左の列。場所は確認できた。このロッカーで間違いないのかは、鍵を差してみないと断定できない。振り返ると、先ほどの男は用事を済ませて、梅本を気にすることなく出ていくところだった。
今がチャンスか、と鍵を差し込もうとしたとき、また反対側から利用客がやってきた。梅本は、どのロッカーだったかなぁ、と一人芝居を打ち、タヌキへ戻った。
鍵を差し込んで回そうとしたが、ほんの少しだけしか回らなかった。扉に付いている小さなデジタル画面が二度点滅して、300と表示した。追加料金か。
財布を取り出し小銭をあさる。ふと顔を上げると、コンクリートの壁に操作方法を記した看板が貼ってあった。そこに料金表もあって、十二時間経過で追加料金が発生すると明記してあった。延滞料はボックスの大小にかかわらず三百円、四日以上は保管庫行き、だそうだ。
梅本は鼻白んで、百円玉を三枚投入し扉を開けた。中から四百円+三百円もしたタヌキを引っ張りだした。
そこへ衣服のこすれる音がして、梅本は何気にそちらへ目をやった。
制服の警官があきらかに梅本の顔を見ながら近づいてくる。出入り口には確かに(警察官立ち寄り所)の細長いプレートが掲げられているが、本当に巡回しているとは思っていなかったので、些か狼狽した。
「表のバイクは、おたくの? あそこは駄目だよ」
「あ、すんません。すぐに出ます」駐車違反のことか。
近年、小さなバイクでも駐車違反に対して四輪なみに罰金が科せられるようになっている。有無を言わせず切符をきっていく駐車監視員よりは、この警官は良心的な人だと思った。あの、俗にいう緑のおじさんは、みなし公務員とされていて、納得がいかないからといってしつこく食ってかかると、公務執行妨害罪が適用されてしまうのだ。特に財政難の梅本にとっては恐ろしい人たちである。
「あれ、確かおたく昨日の……」
梅本は昨日、この警官の手からスマホを受け取っていた。警官は今気づいたようだ。
「はい。スマホを受け取りに行きました。交番に届いていて助かりました」
「落し物の中じゃ、携帯電話は財布の次に多いんだよね。もう失くさないように気をつけてよ」
警官は口元だけで笑みを見せた。視線はずっと梅本が小脇に抱えている物に釘づけだ。
「ところで、何それ?」
「タヌキです」
そんなことを訊かれているのではないとわかるので、梅本はへりくだって続けた。
「お客さんに貰ってくれと言われて、無理やり渡されたんですけど、歩いて持って帰るには重かったし、一旦ここへ入れておいたんです」
ふ~ん、と警官は素っ気ない。「ちょっとそれ見せてくれる?」
「へ? べつに構いませんけど」
首を傾げタヌキを床へ置いた。
警官はしゃがんで、わざわざライトをあててまで見ていた。特には徳利の中を重点的に覗きこんでいる。じっくりと観察した後「それじゃ、すぐにバイクを移動させてよ」と言って立ち上がった。警官はそのまま行き違い、反対の出入り口へ歩いていった。
何かマズい物を隠すのなら、徳利ではなくてタヌキの体内に隠すのでは、と思ったが、こちらからわざわざ指摘することはない。
ふと梅本は、近くに警官がいる今が、逆にチャンスなんじゃないか、と閃いた。今ここにいるのは梅本ただ一人。タヌキを片手でぞんざいに持ち、もう一方の手に鍵を握った。
先ほど視認したロッカーへ急ぎ、鍵を差し込む。すんなりと入った。これで間違いない。そして回してみた。が、少ししか回らなかった。タヌキのロッカーと同じだ。電話ボックスで見つけて持ち帰っていたのだから、当然といえば当然。追加は三百か六百か、九百は勘弁してほしい、と願った。
そして表示された数字は600。……小銭が足りない。
小銭しか受け付けないのなら、近くに両替機を置いておけよ、とロッカーを罵った。コイン洗車機やコインパーキングでよくある事象だった。それはそうと、ここで立ち尽くしていても解決する物事はない。他に誰かが来る前に、梅本はその場を離れた。
すぐにでも発進したかったので、タヌキをタンデムシートにちょんと載せ、自転車ロープで簡潔に体へと巻きつけた。
途中で指差す人はいただろうし、信号待ちでは後ろに停まった車の車内で話題くらいにされただろう。梅本は、ともすればずり落ちていくタヌキを何度も直しながら、無事帰宅した。
そうしてタヌキから解放された梅本は、部屋の小銭入れから百円玉九枚を数えてつまみ出し、いつものリュックを背負った。こうしている間にも、追加料金がまた上がるやもしれない。アパートに着く直前、やっぱり気になりだしたので、すぐに引き返そうと決意したのだ。
昨日遠くに感じた駅までの道のりを行くのに、十分とかからないのだから、やはりバイクは最高だ。
梅本は再びロータリー内へ進入すると、先ほどよりも、より出入り口に近い位置へ駐車した。エンジンはかけたままだ。
リュックの口を目一杯広げながら、ロッカーへ急ぎ、同じ手順で扉を開けた。
中には贈答品であるかのような包装の四角い箱が入っていた。――何だろう?
こんな所で中身を確認するわけにもいかないので、とりあえずリュックへ落とし入れた。それは想像していたよりもずっと重い手応えがあり、薬事法に抵触するような物ではないな、と感じた。梅本はリュックを背負いつつ足早に戻って、すぐにバイクを発進させた。
重さから想像するに、パッと思い浮かんだのは缶詰の詰め合わせ。鍵の発見状況からいってありえないと思う。
――まさか、爆発物じゃないよな。
梅本はアパートを通りすぎ、零細企業が立ち並ぶ工業団地へと向かった。
会社から出てくる人や、これから夜勤へ向かう人が往来している。フォークリフトが堂々と公道を行き交い、梅本のバイクとすれ違った。
ときにカンネスサービスはこの工業団地を得意先としており、梅本もこの中の数社でお世話になっていた。人の流れをだいたい把握していて、時間的に誰も来ない廃材置き場などを知っている。
どこにしようかと走りながら思案し、決めた。
舗装されてない駐車場の砂利を踏み、一番奥へと向かう。地下水の汲みあげポンプの小屋の脇へバイクを停める。この一角を覗いていくのは、昼間の点検業者以外にないはずだ。
梅本はリュックから箱を出して地べたに置いた。
ペン型のLEDライトを口にくわえて、包装紙をはがした。
それで出てきたのは幾何学模様のスチール箱。クッキーの容れ物そのままの缶箱だった。蓋の縁にビニールテープは貼られていない。蓋は難なく開いた。
油紙で包まれたそれの形は、まさに拳銃だった。一緒に入っている箱は弾丸の束か……。
梅本は慄然として蓋を閉めリュックに戻した。