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帰宅した梅本は不審者そのもので、幾度も周囲を見回してドアを開け、中に入ってからもドアスコープからしばらく外の様子を窺っていた。
そうしてようやく靴を脱いで部屋に上がると、壁際に置いたタヌキと正対し、あぐらをかいた。閉めきっていた室内は、それなりにムッとしている。それでも窓を網戸にする気にはなれず、粘度の高い汗がじわじわと衣服へ染みていく。
どれくらいそうしていたのか、梅本はハッと我に返って座ったまま背中からリュックを降ろした。
缶箱を出して蓋を開く。油紙に包まれた物を取り出してそれをはがすと、黒々としたまぎれもない拳銃が現れた。十中八九、拳銃だろうと思っていても、実際に見ると息を飲んだ。
やがて諦めたようにうなずいて、片手でタヌキに銃口を向けた。
それなりに重量がある。梅本は撃った経験どころか触ったことすらなかったので、これが本物なのかどうか、まだ判断がつかないでいる。とはいえ、プラスティックケースに並べて収められている五×五発の弾が、どう見ても本物に見える。この銃をモデルガンだと思うほうが困難だった。
とりあえずは、拳銃のことを知ろうと思い、梅本はスマホに手を伸ばした。そこでやっと手がヌルヌルしていることに気づいた。
台所へ立って、手の匂いを嗅いでは洗う。自動車部品搬出の仕事をしたときに覚えた匂いが、なかなか消えてくれなかった。拳銃じたいは丸洗いして良いのだろうか? それすらもわからない。
梅本は、首回りがヨレヨレになったTシャツを一着潰し、それで機械油を丁寧に拭っていった。
スマホで銃の画像を検索して、似たような物と照らし合わせてみる。まずこれで間違いないだろうと思ったのが、ノリンコ五四式というやつで、中国製だった。
詳細を読むと、ロシア製のトカレフを参考にして製造されたもので、グリップの星マークから、俗に黒星と呼ばれているらしいことがわかった。
近年、警察によく押収されるマカロフよりも古い型で、弾がよく詰まるだとか暴発という解説文に、ゴクリと喉仏を鳴らした。構造の簡略化で安全装置がついていないという箇所を読んで、拳銃を畳にそっと置く。安全の反対は危険、と単純に考えたからだ。
こんな物を所持していてはろくなことにならない。近くどこかへ捨ててこよう、というのが梅本の出した結論だ。
すると途端に気は楽になり、今一度拳銃を持ちあげ洗面所へいった。
鏡の前で銃を構えてみる。渋く使い古したようなホルスターが欲しいところだ。
数パターンのポーズをとっているところへ、ニャーと呼ぶ声がして、ナルシストタイムは二分弱で終了した。
吐き出し窓を網戸ごと開けた。奴が通れるだけの隙間を確保してやる。
吹きこんでくる涼風と一緒に、猫が何食わぬ顔で入ってきて、梅本に一瞥をくれてからペタッと尻を降ろした。前足のほうが近いのに、後ろ足で耳を掻き始める。それから、畳にバリバリと爪を立てた。
「おい、それをやめろっつうの……」
猫の胴の下に足の甲を差しいれて、ひっくり返してやった。
ベッカムは不服そうにゴロンと横になっても、すぐに立ち上がる。ニャッと一声あって、梅本の膝へ頭をこすりつけてくる。が、その刹那、ビヨーンと飛びすさった。
なかなかの跳躍力に、梅本は「おぉ」と感嘆の声を上げた。こっちのほうが驚かされる。
――やっと気づいたのか?
ベッカムは耳を寝かせ、体を弓なりにして斜め歩き……タヌキを威嚇し始めた。
梅本はこぶしでコンコンッとタヌキを叩いた。硬いし動かない。置物なんだぞ、とわからせたかった。だが、彼のそんな気遣いが猫に通じることはなかった。ベッカムは嫌そうな顔で猫パンチをくりだしている。
もう好きなだけ戦ってくれと言わんばかりに、梅本は膝に片肘をついてあくびをする。馬鹿の行動を傍から見ているのは面白い。
ベッカムはちょっとの間、運動すると今度は鼻をヒクヒクときかせた。それから、降伏宣言なのか、それとも友情でも芽生えたのかわからないが、タヌキに額をこすりつけだした。
猫の生態には詳しくないので、それがどういう行動なのか理解できない。ただ、その光景を見ていると、胸の内にあった不安が解消されていくようだった。これが癒し効果というものか。片口を歪めて梅本は薄く笑った。今夜は何を食わせてやろうか、と冷蔵庫へ立っていった。
午前中にスーパーへ行ってきたので、猫が好みそうな物が数種類ある。猫といえば魚と考えがちだが、じつは鳥のほうが好き、という話を聞いたことがあるので、今夜は鶏のササミをわけてやることにする。
ラップをはがしてフライパンへ滑らせる。猫には生のままでいいように思ったが、自分の分のついでなので焼くことにする。
皿に盛ってから特別にスライスチーズを一枚サービスしてやった。熱でトロリとしなるチーズが何とも贅沢だ。猫舌なんていうくらいだから、すぐには食べられないだろうが、そんなのは知ったことじゃない。フーフーして食べればいいのだ。
梅本は台所で立食。米だけは実家から送ってくるので、炊き放題で食べ放題だ。
するとベッカムが梅本の足にすり寄ってきた。もう食ったのかと、部屋の中央に置いた皿を見ると、手付かずだった。やはりまだ熱すぎるのか、こっちのほうが美味そうに見えたのかは定かでない。
梅本は自分の食事を終えると、ベッカムを抱えて皿の前に連れていった。ベッカムの胴がビローンと伸びて、コイツは何ら抵抗を示さない。
「明日は早いんだから、それ食ったら帰ってくれよ」
そう言いつけて、自分は衣服を脱いだ。洗濯機へ放り込む。今になって足腰が怠いと感じている。シャワーを浴びて、すぐにでも横になるつもりだ。
そうして、梅本が浴室から出てくると、部屋にベッカムの姿はなかった。吐き出し窓からの隙間風にカーテンが揺れている。梅本はスンと鼻を鳴らした。何やらとてつもなくクサい。
匂いをたどると、畳に置いた拳銃の上に、かりんとうのようなウンチが一本重なっていた。
「ウソだろう……ピンポイントでそこかよ……」
梅本は膝から崩れ落ちた。




