表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
就業ルイン  作者: ゆぞぅ
35/96

 35


 帰宅した梅本は不審者そのもので、幾度も周囲を見回してドアを開け、中に入ってからもドアスコープからしばらく外の様子を窺っていた。

 そうしてようやく靴を脱いで部屋に上がると、壁際に置いたタヌキと正対し、あぐらをかいた。閉めきっていた室内は、それなりにムッとしている。それでも窓を網戸にする気にはなれず、粘度の高い汗がじわじわと衣服へ染みていく。


 どれくらいそうしていたのか、梅本はハッと我に返って座ったまま背中からリュックを降ろした。

 缶箱を出して蓋を開く。油紙に包まれた物を取り出してそれをはがすと、黒々としたまぎれもない拳銃が現れた。十中八九、拳銃だろうと思っていても、実際に見ると息を飲んだ。

 やがて諦めたようにうなずいて、片手でタヌキに銃口を向けた。

 それなりに重量がある。梅本は撃った経験どころか触ったことすらなかったので、これが本物なのかどうか、まだ判断がつかないでいる。とはいえ、プラスティックケースに並べて収められている五×五発の弾が、どう見ても本物に見える。この銃をモデルガンだと思うほうが困難だった。


 とりあえずは、拳銃のことを知ろうと思い、梅本はスマホに手を伸ばした。そこでやっと手がヌルヌルしていることに気づいた。

 台所へ立って、手の匂いを嗅いでは洗う。自動車部品搬出の仕事をしたときに覚えた匂いが、なかなか消えてくれなかった。拳銃じたいは丸洗いして良いのだろうか? それすらもわからない。

 梅本は、首回りがヨレヨレになったTシャツを一着潰し、それで機械油を丁寧に拭っていった。


 スマホで銃の画像を検索して、似たような物と照らし合わせてみる。まずこれで間違いないだろうと思ったのが、ノリンコ五四式というやつで、中国製だった。

 詳細を読むと、ロシア製のトカレフを参考にして製造されたもので、グリップの星マークから、俗に黒星(ヘイシン)と呼ばれているらしいことがわかった。

 近年、警察によく押収されるマカロフよりも古い型で、弾がよく詰まるだとか暴発という解説文に、ゴクリと喉仏を鳴らした。構造の簡略化で安全装置がついていないという箇所を読んで、拳銃を畳にそっと置く。安全の反対は危険、と単純に考えたからだ。

 こんな物を所持していてはろくなことにならない。近くどこかへ捨ててこよう、というのが梅本の出した結論だ。

 すると途端に気は楽になり、今一度拳銃を持ちあげ洗面所へいった。

 鏡の前で銃を構えてみる。渋く使い古したようなホルスターが欲しいところだ。

 数パターンのポーズをとっているところへ、ニャーと呼ぶ声がして、ナルシストタイムは二分弱で終了した。


 吐き出し窓を網戸ごと開けた。奴が通れるだけの隙間を確保してやる。

 吹きこんでくる涼風と一緒に、猫が何食わぬ顔で入ってきて、梅本に一瞥をくれてからペタッと尻を降ろした。前足のほうが近いのに、後ろ足で耳を掻き始める。それから、畳にバリバリと爪を立てた。


「おい、それをやめろっつうの……」

 猫の胴の下に足の甲を差しいれて、ひっくり返してやった。

 ベッカムは不服そうにゴロンと横になっても、すぐに立ち上がる。ニャッと一声あって、梅本の膝へ頭をこすりつけてくる。が、その刹那、ビヨーンと飛びすさった。

 なかなかの跳躍力に、梅本は「おぉ」と感嘆の声を上げた。こっちのほうが驚かされる。

――やっと気づいたのか?

 ベッカムは耳を寝かせ、体を弓なりにして斜め歩き……タヌキを威嚇し始めた。


 梅本はこぶしでコンコンッとタヌキを叩いた。硬いし動かない。置物なんだぞ、とわからせたかった。だが、彼のそんな気遣いが猫に通じることはなかった。ベッカムは嫌そうな顔で猫パンチをくりだしている。

 もう好きなだけ戦ってくれと言わんばかりに、梅本は膝に片肘をついてあくびをする。馬鹿の行動を傍から見ているのは面白い。

 ベッカムはちょっとの間、運動すると今度は鼻をヒクヒクときかせた。それから、降伏宣言なのか、それとも友情でも芽生えたのかわからないが、タヌキに額をこすりつけだした。

 猫の生態には詳しくないので、それがどういう行動なのか理解できない。ただ、その光景を見ていると、胸の内にあった不安が解消されていくようだった。これが癒し効果というものか。片口を歪めて梅本は薄く笑った。今夜は何を食わせてやろうか、と冷蔵庫へ立っていった。


 午前中にスーパーへ行ってきたので、猫が好みそうな物が数種類ある。猫といえば魚と考えがちだが、じつは鳥のほうが好き、という話を聞いたことがあるので、今夜は鶏のササミをわけてやることにする。

 ラップをはがしてフライパンへ滑らせる。猫には生のままでいいように思ったが、自分の分のついでなので焼くことにする。

 皿に盛ってから特別にスライスチーズを一枚サービスしてやった。熱でトロリとしなるチーズが何とも贅沢だ。猫舌なんていうくらいだから、すぐには食べられないだろうが、そんなのは知ったことじゃない。フーフーして食べればいいのだ。

 梅本は台所で立食。米だけは実家から送ってくるので、炊き放題で食べ放題だ。

 するとベッカムが梅本の足にすり寄ってきた。もう食ったのかと、部屋の中央に置いた皿を見ると、手付かずだった。やはりまだ熱すぎるのか、こっちのほうが美味そうに見えたのかは定かでない。


 梅本は自分の食事を終えると、ベッカムを抱えて皿の前に連れていった。ベッカムの胴がビローンと伸びて、コイツは何ら抵抗を示さない。

「明日は早いんだから、それ食ったら帰ってくれよ」

 そう言いつけて、自分は衣服を脱いだ。洗濯機へ放り込む。今になって足腰が怠いと感じている。シャワーを浴びて、すぐにでも横になるつもりだ。


 そうして、梅本が浴室から出てくると、部屋にベッカムの姿はなかった。吐き出し窓からの隙間風にカーテンが揺れている。梅本はスンと鼻を鳴らした。何やらとてつもなくクサい。

 匂いをたどると、畳に置いた拳銃の上に、かりんとうのようなウンチが一本重なっていた。


「ウソだろう……ピンポイントでそこかよ……」

 梅本は膝から崩れ落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ