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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 この地区に、洒落た店や若者が遊ぶような所はないが、生活するうえで不便を感じるほどではない。とはいえ、やはり都会とは違う。不定の仕事現場へ行かなければならない今の梅本には、楽な移動手段が必要だった。駅やバス停が、いつも仕事場の近くにあるとは限らないので、通勤時間が読めないのだ。


 そこらへんを補っていたエイプのことについては、たぶん戻ってこないだろうと思っていた。しかし、戻ってくるかもしれない、という期待も少しだけあったことは確かで、だから歩いて仕事へ行った。新しい移動手段の購入に、待ったをかけていたわけだ。


 軽トラで帰る道すがら、二人の口から(廃車)という言葉は一度も出なかった。だが藤木は、修理の見積もりを上げるとは言わなかった。

 梅本は明日、藤木モータースへ行くつもりでいる。

 細部にまで入り込んだ田んぼの泥を落としてから、もう一度じっくりと見て……そう、未練を断ち切る儀式をするのだ。

 そして、すぐにでも次のバイクを購入する。

――自分は冷たい奴なのだろうか?


 藤木は、部屋の玄関ドアまで約二メートルという、ぎりぎりの所に軽トラを着けた。


「それじゃ、近いうちに店に寄ってよ。どうするかは、そのときにでも相談しようよ」

 梅本は虚ろな目でうなずいた。無言で助手席のドアに手をかけて降りた。

「盗った奴が捕まったら、損害を請求できるから、ひと通り書類を揃えておくよ」

 藤木をチラリと振り返る。「あ、そうか……。はい、頼んます」

「はいよ」

 藤木はクラクションをプッと鳴らすと、バックで来た道を戻っていった。



 梅本は部屋着に着替えて、冷蔵庫からいつ煮出したか覚えていない麦茶を取った。

 今夜はもう何もする気が起こらない。

 ごろりと横になってテレビを点ける。これ以上ないくらいダラけた恰好でいると、二十一時ちょうどに奴が来た。

 立ち上がるのも億劫(おっくう)で、梅本は窓まで転がっていった。精一杯体を伸ばして網戸を開けてやると、にゃーと挨拶がある。

 しかし入ってこようとはせず、訝しげな眼つきで室内を観察している様子。首と耳の動きが忙しない。

 あぁと得心がいって、テレビを消してやると、ようやく入ってきて、すぐに全身をぶりぶりと震わせた。


「ちょ、ちょっと待て」

 今度は立ち上がって、タオルを取りにいく。

「おい~もぉ。――なぁ、まだ雨降ってんの?」

 ふと、猫に喋りかけていることに気づいて、梅本は一人自嘲した。

 自分で拭けよ、とタオルを投げてやると、猫はそれをさっと避けた。

――通じないところが、また憎々しい。

 それで、太腿に乗ってくるタイミングで拭いてやると、その最中に噛まれる始末。野生の感とやらで、今の梅本の心情を察することはないようだ。首輪がついているのだから、野生は薄れて久しいのだろうか……。とにかく、今夜のコイツは可愛くない。


 いつものウインナーは切らしていたので、梅本は深めの皿に生卵を割ってやった。舐めているのか吸っているのか、よくわからない音を立ててさっそく食っている。

 外に目をやると、雨は若干弱まってきているようだった。風がないようなので、網戸を開け放していても、雨は降り込んでこなかった。


 そこへ電話がかかってきた。テーブルの上でブルブルと震えている。

 驚いた猫が身を低くして、吐き出し窓から逃げていった。飼い猫のくせに、人間の生活音に耐性が低い奴だった。


 上から覗くようにして見ると、画面にはカンネスサービスと表示されている。この時間の電話には極力出たくない、と思った。

 雨、ドタキャン、とくれば容易に想像がつくというものだ。力仕事に合羽をトッピングして、蒸し暑さ増し増し、脱水との戦いになるはずだ。


 梅本は電話を無視して、皿を流しに運んだ。

 食い残しの卵はもったいないので、スクランブルエッグにしてラップをかけておくつもりだ。どうせ奴は明日も来るだろうから。

 電話の呼び出し音が、ほどなくして止んだ。


 冷蔵庫へ入れるために卵の粗熱を取っていると、スマホがまた鳴り出した。

――しつこいな。欠員は何人くらいなのだろうか?

 なかなか交代要員が見つからずに苦労しているようだ。

 ただ、出たくはないが、出なければお金が貰えない。新しいバイク購入の件もある。

 梅本は一度暗い外に目をやり、ため息をついてから応答した。


(もぉ! やっと繋がった。梅本さん、明日暇でしょ?)

 その声は花川。いきなり、何て言い草だ……。


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