第1話 始まりの邂逅――オモテ
新連載始めました。
ガラスケースの割れる音。僕はこの音が大嫌いだ。理由は単純で、スマートさに欠けるからだ。
僕はスマートに挑戦状を叩きつける、現代の怪盗。
<ヴェネツィアのクリスタルピアス を 頂きに参上する 怪盗ベイル>
「貴殿のお宝、確かに頂戴した。それでは皆さん、”ベール”の彼方にごきげんよう」
警察の叫びと、けたたましいサイレンが響く美術館を、巻き取り音と共に立ち去る。その際当たったスポットライトが、目に染みる。
これは世間に存在を印象づけると同時に、逃走に失敗するリスクもはらんでいる。
これも”ウラの顔”でしか味わえない極上のスパイスだ。
当然かもしれないが、用が済めば怪盗でいる必要はなくなる。
安全な闇の中で仮面と青髪のウィッグを外したとき、僕は“日常”に戻るんだ。
※ ※ ※
〈翌日……アンファンス・ピリオド0012年 4月 電車内〉
新学期。“オモテの顔”の僕は、新東京の都立高校2年生、霜凪トウマだ。
茶髪だが、これは高校デビューってやつ。
それはともかく……巣鴨駅の桜並木を見ながら朝食のおにぎりを頬張るのも、いいものだ……
「グゥ~ッ」
……隣の席でお腹が鳴った。
「グゥ~ッ」
まただ。
気になるので横を向くと、オレンジのうさ耳リボンを付けた女子の顔があった。うちの制服、同じ学年……。でも、知らない顔だ。
ただ、僕のおにぎりをじっと見てはそっぽを向き、再びじっと見てはそっぽを向く。
「あ、あの~?よかったらおにぎり2個あるので、食べます?」
そういって、弁当袋からサラピンのおにぎりを取り出し、彼女に渡した。
「ひぇ!?く、くれるの!?」
チラリと、彼女は警戒するような目をする。
「み、見返りに変なこととか、しないよね……?」
「邪推はやめてもらえるかな?」
周りの様子を見ろとサインを送る。
「心配はいらないぜ」の意を込めて、アデューのポーズ……いかん、これはダメだ。
さっきから冷ややかな視線が、皮膚を刺してくる。
い、いっておくが。これは情けなどではない。ただ、“オモテの顔”では平穏に暮らそうと決めているからだ。
彼女は周りをきょろきょろした後、一息ついておにぎりを頬ばり始めた。
「いっただっきま~す!!……ん~~!!おいしい~!!」
事情は分からないが、よほど空腹だったのだろう。幸せそうに食べる姿を見て、なぜか心底安堵した。
その時、降車駅に着くアナウンスが始まった。
次は~新原宿~新原宿~
うちの生徒たちが扉付近に集まる中、僕も荷物をまとめて準備をする。
一瞬、空腹女子の方を見る。まあ、後は自分で何とかするだろう。
「じゃあな」
「あ……」
彼女は何か言おうとしたが、その前に僕はさっさと降車した。
※ ※ ※
都立蒼霞高校。ここには少々、特異な部活がある。
2年Aクラスになったのだが、クラス替えという制度が存在しない。
これも12年前の出来事が原因らしい。
扉を開けると、でかい声と共に、サムズアップが飛んできた。
「おはよう、トウマ!久しぶりだな!」
コイツはムードメーカーの金井。
僕が平穏な日常を実感できる、数少ない友達だ。
久しぶりといって自分の席を探すと、凛とした黒髪美少女が足で隣の席を叩くのが聞こえた。彼女の名は伊佐波 花梨。特異な部活のリーダーを務めている。
僕が席に座ると、彼女は読んでいた本からしおりのような札を取り出した。
「あら霜凪くん、これが気になるの?」
「いや?」
「素直じゃないわね」
そういって口角を上げて見せた。周りから嗚咽が漏れるのを感じた。
「これはね……」
伊佐波が口を切ったが、タイミング悪く朝のホームルームが始まった。
――気になるも何も、その札は今夜始める怪盗ベイルの挑戦状。
つまり“ウラの僕”が宛てたものなのだから。
「さて、皆さんおはようございます!」
先生とにこやか~な挨拶をするのは、“オモテの顔”の基本だと思っている。
「連絡事項の前に、今日からこのクラスに新しいお友達が来ました!さ、音上さん!」
「は、はいっ!」
緊張した声と同時に、そそくさと教室の前に現れたその姿に、僕は思わず舌を噛んでしまった。
「ほっ、今日からみんなと一緒になります!2年Aクラス、音重蜜柑です!よろしくお願しますっ!」
直後、歓迎の拍手が沸き起こる。
「転校生イベじゃん!燃える~!」
「よろしくね、音重さん!」
そんな中、伊佐波は不自然な程にフラットだった。
「伊佐波、音重のこと知ってたのか?」
僕の質問に、彼女は口を開かなかった。
ただ、先の挑戦状を指さし、笑みを浮かべるだけだった。
〈今夜開かれる、蒼霞高校アイドル部“リフレッシュの新メンバー”歓迎ライブにおいて、式典の鏡を頂きに参上する 怪盗ベイル〉
なっ――!?
「音重が、アイドルの新メンバー……!?」
この瞬間、僕の“オモテの顔”が崩れ始めた。
誤字・脱字報告受付けております!




